第13話 ヒロインは治癒の賢者に師事する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
わたしは名門貴族家の先代当主にして2代前の宮廷魔術師長を務めておられたレオンハルト・フォン・バインツ閣下にヒーラーとしての素養を認めて頂き、閣下に治癒魔法を指南して頂けることとなった。
まぁ、そのためのテストはマヂで今のわたしにとっては難易度ルナティックだったんだけどな…目下の目標としている治癒が必要な患者を治癒させるか普通?
現在閣下は王立魔法病院の名誉院長を務めておられるため、毎日わたしを指導して下さるわけにはいかない。そこで、週一で冒険者ギルドにおいで頂き、わたしを指導して下さるのだ。そして、次回の指導日までに、ほとんど無茶振りに近い、えげつない課題を出される。毎回、ほうほうの体でついていっている有様だ。
今回出された課題は『A級治癒魔法の高速発動の機序を理解せよ』である。
え?こないだまで、C級治癒魔法の通常発動までしかマスターしてなかったのに、いきなりA級治癒魔法の、それも高速発動なんか出来っこないだろって?もちろんわたしもそう思って、閣下に質問したさ。
そしたら、閣下はこう仰った。
『あなたはこの間、盗賊の毒矢を受けた冒険者を治癒した時に、自分が持っているよりも多くの魔力を必要とする魔法を、魔力が枯渇しかけるたびにポーションで強引に魔力を回復して使い続けた。これは、心身に非常に負担をかけるが、最も効率的な魔力の増強方法なのだよ。あれで、あなたの魔力は飛躍的に増強された筈だ』
そういうもんなのか。でも、正直あんなことは二度とやりたくない。魔法を発動するたんびに意識は飛びそうになるわ、ポーションは糞まずいわ、めちゃくちゃ心身ともに消耗するわ、酷すぎる形相をしてるところを見られるわ、挙句の果てには鼻血ブーになって気絶したんだぞ。一応この世界のヒロインであるわたしが受けていい仕打ちじゃねぇよ。
『今のあなたであれば、B級高速を使いこなせるだけの魔力はついているはずだ。そういうわけなので、次に私がここに来るまでに、B級高速の発動機序を理解しておきたまえ。いいね』
…これが、初めてわたしが閣下のご指導を頂いた後の課題だった。何とかできたんだけどね。
そんなわけでわたしの日課に、「暇な時間ができたら難易度が糞高い治癒魔法の内容を勉強する」ことが追加されたのだった。
◇◆◇
「ふむ。何とかできたようだね」
わたしがA級治癒魔法の高速発動の機序を閣下に説明すると、閣下は頷かれた。
ほんとに苦労した。A級治癒魔法の高速発動って、めちゃくちゃ複雑だったんだぞ。同じA級治癒魔法であっても、通常発動とは全く違う発動機序を使うのだ。B級までは、同じクラスであれば通常発動と高速発動の発動機序は大体似通っているのに、である。今回参照した論文に、『A級高速以降は別物である』との論述があった理由がよく判った。
「閣下、一つお教え頂きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ふむ。何なりと聞きたまえ」
わたしは、かつてより気になっていたことを聞いてみた。
「わたしの魔力って、もう魔石を体内に取り込んでも問題ないくらい増強されてるんですよね?」
それを聞いた閣下は、わたしの質問を先回りされた。
「…魔石を取り込むことによって、魔力を増強したいのかね?」
普段の閣下とは違う、どこか不気味な笑いを嚙み殺したような表情。それに、わたしは怯まされた。
「くくっ…興味があるなら、試してみるかね?」
◇◆◇
閣下は冒険者ギルドの受付でゴブリンから摘出された魔石を買うと、ギルドの魔石加工室に行かれた。そこで特殊なやすりで魔石を砕いて粉末にすると、それを水に溶かしてわたしの前に差し出される。何やら不気味な笑いを表情に湛えながら。
「ふふっ…エイミー嬢、飲んでみたまえ」
閣下に促されて、わたしは魔石の粉末が溶けた水を一口飲んだ。
…毒ッ!!!くぁwせdrftgyふじこlpッッ!!!
臭い!!苦い!!渋い!!まずいいいぃぃぃぃッ!!!
「ぶべっ!がはっ!ごほごほっ!!」
たまらず吐き出し、咳き込む私に閣下は説明された。それこそ堪え切れなかった笑いを発しながら。
「ぷっ…くくっ…はっははは…!判ったかね、エイミー嬢。魔石は不味いのだよ。この世のものとも思えないほどにね」
涙目になったわたしに、漸く笑いを収めて閣下は説明を続けられる。
「魔物由来の材料を体内に取り込むわけだから、猛烈な不快感を催すのだ。私も、これを注射器で静脈注射したことがある。あのときは、身体の内側からひっくり返されるような感覚を味わわされた」
閣下は魔石の粉末が溶けた水が入ったコップを手に取り、魔石加工室の流しに水を捨てられた。…それにしても、何なさってるんですか閣下。
漸く咳の発作が治まったわたしに、モノクルの奥から鋭い視線が向けられる。
「おまけに、この凄惨な不快感に耐えて魔石を体内に取り込むことができたとしても、それによって得られる魔力は大変少ない。同じ不快感に耐えるのであれば―」
閣下は一旦言葉を切られた。モノクルが魔石加工室の灯りに反射して光る。
「先日あなたが実践したように、自分の魔力の分を超えた魔法を延々と使い続け、魔力が枯渇しかけるたびにポーションで強引に魔力を回復する―これを繰り返す方が遥かに効率的だ」
…確かに。あれはめちゃくちゃしんどかったけど、魔石水を口に含んだときのあの地獄よりも地獄的な味に比べたら遥かにマシだ。あの味に比べれば、ポーションの味は極上の甘露だ。
ゲームの中では魔石は課金して得られるチートアイテムだったが、現実になるとチートは消えてしまう。つくづく、現実とは不便なものだ。
そこで、閣下は一瞬表情を和らげられた。
「さて、これであなたはA級までの治癒魔法については、通常、高速、ともに発動機序をマスターしたわけだ。だが、まだそれらをすべて発動させるための魔力がまだ足りていない。そこで、これからは魔力の増強に努めてもらう」
え?A級治癒魔法の高速発動の機序まで覚えたんだから、次はS級治癒魔法の通常発動の機序じゃないの?
わたしがそう質問すると、閣下は首を横に振られた。
「そうではない。A級までとS級は全く異なる。A級までは、魔力が足りていなくても発動機序を理解することができるが、S級はそうはいかない。S級通常の発動機序を構築するためには、A級高速までを完璧に自家薬籠中の物とする必要がある」
つまり、A級治癒魔法の高速発動を使いこなせなかったら、S級治癒魔法の通常発動機序の構築、つまりS級治癒魔法マスターの入り口にすら立てないってことか。
「エイミー嬢、あなたはA級高速の発動機序がA級通常までとは全く違うことに気が付いたかね?」
「はい。正直、驚きました。A級の通常発動機序の延長と考えていたため、非常に手こずったことは確かです。今回参照した文献に、『A級高速以降は別物だ』と書かれていた理由がよく判りました」
「別物か…私の意見は少し違うな。私に言わせれば、A級高速は…『入口』だ」
◇◆◇
「入口?それはどういうことですか?」
わたしのその質問には答えず、閣下は別な話をされた。
「治癒魔法に限らず、魔法に携わる者たちは全て自分の力で自分なりの魔法を確立するべきだと私は考えている。人が確立したものをなぞっているだけの者は、真の魔術師でもヒーラーでもない。私に言わせれば、彼らは魔術師もどき、ヒーラーもどきでしかない」
きっつぅ!
「さっきエイミー嬢は、次はS級通常の発動機序を理解するのか、と私に聞いたね。だが、通常であれ高速であれそもそもS級には発動機序はないのだよ」
その閣下のお言葉に、わたしは驚愕させられた。
「S級に発動機序はない!?それはどういうことですか!?」
「S級治癒魔法と呼ばれているものは、A級高速を原材料にして編み出された、より治癒能力の高い治癒魔法だ。…こう言えば、S級の発動機序を理解するためにはA級高速を自家薬籠中の物にする必要がある理由も、S級に発動機序はないという理由も、エイミー嬢には理解できるだろう」
つまり、原爆を起爆剤にして水爆を作ったようなものか。あんな『悪魔の兵器』と同類にしたら、S級治癒魔法にもA級治癒魔法にも失礼だが…
「はい。判ります。A級の高速発動にさらに手を加えて、より治癒力の高い魔法を編み出す、というのがS級の通常発動機序なんですね」
閣下は満足そうに頷いて下さった。
「その通り。そして、S級通常を自家薬籠中の物とし得たら、S級高速の機序は馬鹿みたいに簡単だ。ただ単にS級を高速発動できるように機序を構築すればいいだけだからね。あとは、魔力の量だけの問題だ」
◇◆◇
魔石加工室で、凄まじく知的好奇心を刺激される会話が繰り広げられている。
「だから、S級には決まった形はない。過去にもS級の使い手はおられたが、私自身も含めてそれらの発動機序は全く異なる。S級治癒魔法というのは、いわば使い手のオリジナルスペルなのだよ。こう言えば、A級高速が『入口』という理由が、エイミー嬢には判るだろう」
おぼろげながら判る。A級治癒魔法の高速発動は、S級治癒魔法という名のオリジナルスペルを生み出すための、即ち閣下のお言葉を借りれば「真のヒーラーとなるための」入口ということなのだろう。
「あなたがさらに魔力の増強に努める必要がある、といった理由もこれで判ったと思う。それでは、さっそく今のエイミー嬢の魔力を拝見させて頂こうか」
そして、その後の魔力の測定のあと、わたしは驚愕と悲嘆のどん底に突き落とされることになる。
治癒魔法について、独自の設定を構築してみました。
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