第124話 (アレン視点) 町人Aは後顧の憂いを絶つ
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
「黙って聞きおれば、耳が腐る様なおぞましい話ばかり…!カールハインツ、お前が斯様な、ならず者の如き穢らわしい所業を為そうと致しおったとは…!!」
王妃陛下は何時しか立ち上がり、滂沱の涙を拭こうともせずにバカクズ太子に対し、糾弾の言葉を叩きつけていた。
「今から8年前、アナスタシア嬢とお前との婚約の儀が成立した際に、妾はこれでセントラーレン王国も安泰だと心から安堵したのですよ!?その時のアナスタシア嬢の姿には、将来の王太子妃、王妃、国母たるの重圧を痛い程知覚しながら、それに押し潰されることなく己の責務を果たさんとの決意が漲っていました!!」
あぁ…今更ながらに思い出した。アナとバカクズ太子の婚約が成立した時、俺はルールデンの貧民街に住む一介のガキンチョだったのだ。前世の記憶を取り戻した直後に母さんに買い物を頼まれて、その時にルールデンの大通りを通っていた、アナの乗っていた馬車を見たことがある。
その馬車の窓から見えたアナの可憐な風貌は、将来の王太子妃、王妃、国母たるべき決意と重圧に蒼ざめていた。当時齢8つの童女にとって、その決意と重圧が如何程過酷なものだっただろうか?…今の俺にも、想像もつかない。
「その覚悟と決意に留まらず、アナスタシア嬢の淑女の尊厳までも最悪の形で踏み躙ろうとするとは…視界に入れることすら穢らわしい!!…誰かある!」
王妃陛下の呼ばわる声に、屈強な騎士様が数人大広間に入ってきた。
「そなたたち!この穢らわしい愚か者を、妾の視界に入らぬ場所に連れて行ってたもれ!斯様な愚物、顔も見とうない!!」「は、母上!お待ち下さい!!」
「黙りゃれ!妾は、そなたのような愚劣な子を持った覚えはない!!」
王妃陛下の声に、がっくりと項垂れたバカクズ太子はその後抵抗らしい抵抗も見せずに騎士様たちに連行されて行った。その姿を、悲しい激怒の視線と共に見送った王妃陛下は国王陛下に向き直り。
「…陛下、妾に死をお賜り下さいませ」
◇◆◇
賜死を願い出た王妃陛下の言葉に、大広間が凍りついた。
「カールハインツがあれほどの愚物となり果てましたるは、偏に妾が教育を誤ったためでございます。陛下より大切な嫡男をお預かりしながら、国王たるに相応しくない人品に育ててしまいました罪、到底赦されるべきものではございませぬ。この大罪、妾の身命にて贖わせて頂きたく、伏してお願い申し上げます」
誰も声を発することができない。王妃陛下の発言には、説得力がありすぎる。
だが、俺は王妃陛下の発言を諾うことはできなかった。元々俺は連座刑が否定されている世界の住人である。この世界では連座刑があるが、どうも連座とか連帯責任とかそういうものは性に合わない。
元々この世界は、中世ヨーロッパに準えて構成されている、乙女ゲーの世界だ。俺が転生前に過ごしていた日本とは比較にならないくらい人命が軽い。ならばなおのこと、生きるべき人間は死んではならないのではないか?
両陛下も、バインツ伯爵閣下も、ジュークス子爵様も、俺に言わせれば真っ当な感覚を持った、『生きるべき人間』だ。彼らの嫡男が、何故ああもクズ揃いの『死んでもいい、というか死んだ方がいい』人間ばっかりなのか理解に苦しむが。
「国王陛下、王妃陛下、ラムズレット公爵閣下、ウィムレット侯爵閣下、バインツ伯爵閣下、発言をお許し頂けましょうか?」
貴顕の方々の視線が、臣下の礼を執った俺に集中した。
◇◆◇
国王陛下が、徐に口を開いた。
「そなたは、ラムズレット公の家中の者であったな。名は、アレンと申したか」
「国王陛下には、親しくお声がけを頂き恐悦至極に存じます。ラムズレット公爵家家中、平民アレンと申します。何卒、卑賎の身の発言をお許し下されたく、お願い申し上げます」「さし許す。申してみよ」
臣下の礼を解かぬまま、頭を上げることなく俺は口を開いた。
「国王陛下には、卑賎の者の発言をお許し頂き、誠にありがたくお礼申し上げます。王妃陛下のお志の崇高なること、卑賎の身の心を打ちました。なれど、王妃陛下には国母として、国王陛下と共に私ども民草を護り導いて頂きたい、私は左様に愚考仕る次第にございます」
その言葉を受け、王妃陛下は俺に声を向けた。
「アレン卿、と申されましたね。そなたは、妾の罪は贖うことすら叶わぬほどに重い、と申されるのですか?」
「王妃陛下には卑賎の身の言葉をお聞き頂き、誠にありがたくお礼申し上げます。王妃陛下の気高きお志、私の如き身分卑き者にはただただ眩く見えるばかりにございます。王妃陛下には、身命にて罪を贖われるのではなく、生きて私どもを護り導くの道をお選び下されたく、伏してお願い申し上げます」
それに、と俺は続けた。
「王妃陛下が身罷られては、次期王太子となられるルートヴィッヒ殿下を教え育てる方がおられなくなってしまいます。かの反面教師を糧に、よき王太子殿下、よき次期国王陛下をお育て下されたく、お願い申し上げます」
「臣も、アレン卿の意見に賛同致します」
俺の意見に賛同してくれたのは、ウィムレット侯爵閣下だ。
「ルートヴィッヒ殿下は未だ齢13、その歳で父親が母親に死を賜ったなど、情操に大きな悪影響を及ぼします。次期国王陛下の心身に斯くも過酷な負担を強いるは、望ましからざること甚だしいと、臣は愚考致します」
「臣も同感です。国王陛下、どうか王妃陛下に死を賜るはお止まり下さい」
「臣が家中の者の申すこと、理に適っていると臣は愚考致します。何卒、王妃陛下には生きて臣どもを導くの道をお選び下さい」
ウィムレット侯爵閣下に続いて、バインツ伯爵閣下、そしてラムズレット公爵閣下が俺の意見に賛同してくれた。…って、国王陛下の御前で使う一人称って、『臣』だったんだっけ?『私』じゃまずかったっけ?
◇◆◇
最終的な判断を、国王陛下が下してくれた。
「…ラムズレット公やウィムレット候、バインツ伯が賛同するなら、予に異論はない。ラムズレット公家中たる平民アレンよ。予は、そなたの上奏を嘉する。王妃クラリスよ、身命を以て罪を贖うは、これを許さず。生きて、罪を償うがよい」
「陛下…あ、ありがとうございます!」
これまでとは明らかに質の違う涙が、王妃陛下の目から溢れ出た。それを優しい目で見ていた国王陛下が、俺に向き直った視線は鋭くも暖かい。
「平民アレンよ、そなたの進言でクラリスの命が助かった。礼を申す。予も、クラリスを喪いたくはなかったのだ」
「卑賎の身でありながら貴顕の皆様に語りかけたる非礼をお許し下さったのみならず、お礼の言葉まで賜りましたる光栄、恐懼の極みに存じます」
「カールハインツもそなたのように育ってくれたら、予も心安んじておられたのだがな…ラムズレット公よ、頼みがあるのだが…」
「その儀はお許し下さいませ。アレンは、臣が家中の者にございます。それに、娘の大切な『友人』でございましてな」
何か、国王陛下と公爵閣下が意味深な会話してる。そんなところに、王妃陛下から俺にお声がけを賜った。
「アレン卿、ありがとうございました。事ここに至っては、妾の身命を以て陛下にお詫びせねばならぬと思いおりました。ですが、情けないことながら…妾は死にたくなかったのです。そなたは、妾の命の恩人です」
「王妃陛下におかれましては、卑賎の身に分に過ぎたるお礼まで賜り、光栄至極に存じます。…卑賎の者が、賢しらなことを申し上げるをお許し下さい」
そこで俺は、俺の手でこの件の始末をつけることを王妃陛下に上奏した。このままバカクズ太子を生かしておくわけにはいかない。だが、国王陛下や王妃陛下が自ら手を下すなどと…親が子を自らの手にかけるなんて、そんな辛くて苦しくて悲しいことを、この人たちにさせたくない。
…考えてみれば、糞クズメガネと腐れクズ脳筋も、俺が手にかけるべきだった。…きっと、バインツ伯爵閣下もジュークス子爵様も、後悔し悲しむことだろう。
「故に、どうか私をお使い下さい。私は冒険者の端くれとして、些か荒事も経験致しおります。やむなき仕儀にて、手を血に染めたことも一再ならずございます」
王妃陛下は、三度目の涙を流した。一度目はバカクズ太子の醜態に対する怒りの涙、二度目は国王陛下から死を賜わらずに済んだことへの安堵の涙、そして今度は…長子との永訣への悲しみの涙…他にも、理由があるやもしれない。
「アレン卿…お願い致します」「アレン、頼む」
いつしか、国王陛下まで俺に依頼の言葉をかけていた。
「依頼のお言葉など、ご無用に願います。ただ一言、お命じ下さいませ」
その後、部屋を辞した俺は数人の騎士様と共に、バカクズ太子が幽閉されている部屋に拳銃を携えて向かった。
◇◆◇
王城の北の塔、その最上階の部屋。俺はドアをノックした。答えるは、力ない声。
「…誰だ」「廃太子殿下、後顧の憂いを絶たせて頂きます」
「…あの平民か。アレンと言ったな、入れ」
月明かりに照らされたバカクズ太子は、白いローブを身につけていた。これは、セントラーレンにおける伝統的な死装束である。
湯浴みはできたようだが、魔法封じの効果があるという手枷は嵌められたままである。両の素足には、足枷も嵌められていた。足枷には鎖がつけられ、その鎖は壁に据え付けられている。これでは、抵抗したくてもできないだろう。
「話は判っている。こうなっては助からんこともな。だが、一つ頼みがある」
頼み?何を、頼むと言うんだ?
「アナスタシア嬢とエイミー嬢に、伝えてくれ。申し訳なかったと」
…おい!何を、悪いものを食ったんだ!?それとも、本来だったら死の恐怖で正気を失うところが、マイマイがプラの数理でまともになったのか!?
「まぁそんなところだ。全く、エイミー嬢の言う通りだ。俺が全部悪いのに、アナスタシア嬢を逆恨みして、幾らでも後戻りすることはできたのに結局行き着くところまで行き着いてしまった。つくづく、エイミー嬢の言う通りだ。まさに、クソバカアホンダラの匂いフェチのド変態のバカクズ太子だよ」
…匂いフェチの自覚あったんかい!
「叶うことなら直接会って詫びたかったが、もうそれは叶わぬ夢だ。故に、お前に伝言を頼みたい。彼女たちに、済まなかったと伝えてくれ」
「…承知致しました。確かに、お伝え致します」
「感謝する。あと、できればでいいのだがエイミー嬢に伝えて欲しいことがある」
…その依頼を、俺は聞かなかったことにした。…エイミーの着用済み靴下、着用済み女性用胸当て、着用済み下着を墓前に手向けて欲しいとか、伝えられるわけねぇだろうがこのクソバカアホンダラの匂いフェチのド変態のバカクズ廃太子が!!
「…殿下の名誉のためにも、聞かなかったことに致します。お戯れは、ほどほどになさいませ…そろそろ、宜しゅうございましょうか?」
「…一発で殺ってくれ。痛いのも苦しいのも嫌だ。…後、俺は本気だ」
「承知致しました…それから、本気言うなボケ」
その数秒後、銃声が一発響いた。
シリアスなシーンが、一発でブチ壊しになっちゃいました。
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