第12話 ヒロインは治癒の賢者に弟子入りを許される
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
「エイミー嬢、おあつらえのケースだ。あなたが治してみなさい」
レオンハルト・フォン・バインツ閣下は、護衛のクエストの際に盗賊の毒矢を受けた患者を診察されたと思ったら、わたしに向き直ってそう仰った。周囲の驚愕の視線を物ともせず、閣下はわたしに向けて言葉を繋がれる。
「この患者をあなたの力で治癒することができたら、あなたの素養は本物だ。ヨハネス卿の依頼を受けて、私があなたに治癒魔法の手ほどきをしよう。…無理ならそう言いなさい。代わりに私が治癒しよう」
…つまりこれが、わたしが閣下の下で治癒魔法を鍛錬する資格があるか否かを判断するためのテストということだな。
わたしは閣下の視線を眼鏡越しに受け止めた。上等だ。やってやる!
「…やります。やらせて下さい!…ヨハネスさん、わたしはこれまで他の人を治癒していて、魔力が万全ではありません。魔力を満タンにしてから取りかかりたいので、魔力回復用のポーションを持ってきて下さい。ポーションの代金は、後でお支払い致します」
「へ、へい。おめぇら、魔力回復用のポーションを持ってこい!ありったけだ!」
冒険者が倉庫に走り出したのに目もくれず、閣下はわたしに言葉を向けられた。
「痛覚遮断はやってある。診断もしたが、その結果はあなたには教えない。あなたが診断して、あなたの手で治してみるんだ」
◇◆◇
わたしはすぐさま患者の顔に手を翳し、診断魔法を発動した。
幸いにして、毒の強さは大したことはない。C級治癒魔法で充分に対処できる程度だ。だが、毒を受けてから長い時間経ってしまっているため、急速に解毒しないと毒が心ノ臓に回ってしまう。そうなってしまえば、ゲームオーバーだ。
つまり、この治癒にはC級治癒魔法の高速発動が必要なのだ。わたしが目下の目標としているレベルである。
毒矢を受けた太腿の傷は、更に重い。毒によって筋肉組織が壊死し、そこから放出された代謝産物によって周囲の組織までダメージを受けているのだ。おまけに、傷口がかなり汚れており、感染のリスクすらある。これを後遺症なしに治癒するためには、B級治癒魔法の通常発動が必要だ。高速発動の必要がないのが、せめてもの救いである。
つまり、目下わたしが目標としているレベルが2つ重なっている状態である。「ぐうぅ…」と、思わず口から呻き声が漏れた。
「無理ならすぐに言いなさい。私が代わろう」
閣下のお言葉を受け、わたしは即答した。
「大丈夫です。やります!」
わたしは答えるが早いか、太腿の傷口に浄化魔法と消毒魔法を施した。これらはいずれもE級治癒魔法、つまり治癒魔法としては初歩の範疇に属する。大して魔力も消費せず、しかも浄化や消毒の効果も高い。ついでに言えば、これらも痛覚遮断や診断と同様、呪文無詠唱で発動できる。
あっという間に、感染のリスクは消失した。これで、傷口の応急処置は完了だ。
さあ、ここからが本番だ。わたしは患者の心ノ臓の辺りに手を翳し、この患者の命を脅かしている毒を解毒するため、C級治癒魔法の高速発動を行った。…瞬間!
凄まじい勢いで体から力が抜けていくのを知覚した。C級治癒魔法の高速発動により、魔力が急速に消費されているのだ。うっかり気を抜けば、たちまち意識を手放してしまうだろう。
そこに、魔力回復用のポーションを持った冒険者がやってきた。渡りに船だ。
「エイミー様、ポーションを持ってきました!」
「あ…りが…とう…ござ…います…手が…離せな…いので…飲…ませて…下さい」
「は、はい!」
その冒険者の人が、わたしの口にポーションの吸い口を近づけてくれた。途切れそうになる意識を懸命に保って吸い口を咥え、一気に吸い込む。まずい。
C級治癒魔法の高速発動を続けながら1本飲み切るときには、魔力は7割ほどまで回復していた。
「ありがとうございます!また合図したら、飲ませて下さい!」
引き続きC級治癒魔法の高速発動を続ける。回復させた魔力が、凄まじい勢いで溶かされていく。瞬く間に、魔力は枯渇に瀕した。
「す…いませ…ん…ポー…ションを…おね…が…いし…ます…」
「はい!エイミー様、どうぞ!」
口元にポーションの吸い口を持ってきてもらい、吸い口を咥えて一気に吸い込む。青臭い。
◇◆◇
C級治癒魔法の高速発動を続けながら魔力が枯渇しかけるつどポーションで回復することを繰り返しているうちに、患者の血色が回復してきた。上手くいった。もう一回C級治癒魔法を発動すれば、完全に解毒できる。本来なら高速発動する必要はないかもしれないが、毒矢を受けた部位の治癒にちゃっちゃと取り掛かりたいので、解毒を早めに済ませておきたかったのだ。
惜しむらくは、わたしの魔力が貧弱で、C級治癒魔法の高速発動に耐えられないことだ。…畜生の糞ったれが!
「す…いま…せん…ポーショ…ンを…おねが…いし…ます…」
「はっ…はい!エイミー様、どうぞ!」
口元にポーションの吸い口を持ってきてもらい、吸い口を咥えて一気に飲み込む。苦い。
◇◆◇
わたしがC級治癒魔法を執拗に高速発動し続けた結果かどうかは判然としないが、とにかく患者の血色は劇的に改善された。少なくとも、もう患者の命に別状はない。もう解毒の治療は必要ない。
改めて、わたしは患者が毒矢を受けた部位の治療に取り掛かった。疲労困憊しているが、ポーションを恒常的に飲んでいるため魔力の量に問題は無い。
傷口とその周辺にB級治癒魔法を発動する。その途端!
…意識が飛びそうになった。魔力の消費量がC級治癒魔法の高速発動のそれよりも遥かに大きく、一瞬で魔力が枯渇に瀕したのだ。
「うぎッ…!」
唇の端を強く噛み、その痛みによって辛うじて意識を保つ。唇の端が切れたとみえ、わたしの舌は血の味を知覚した。
「す…いま…せん…ポー…ショ…ンを…おね…がいし…ます…」
冒険者の人が口元にポーションの吸い口を持ってきてくれる。吸い口を咥えて一気に飲み干した。本当にまずい。誰か、ポーションの味を改善してくれ!
ポーションの吸い口を吐きつけ、わたしは「はぁっ、はぁっ…!」と大きく肩で息をした。苦しい。魔力の枯渇とポーションによる強引な回復の繰り返しは、わたしの心身に大きな負荷を与えていたのだ。
「え、エイミー様、大丈夫ですか!?」
ポーションの供給係を受け持ってくれている人に、わたしはぎっ、と睨みつけるような眼鏡越しの視線を送った。この人も百戦錬磨の冒険者だったはずだが、わたしの形相に怯んだような色を見せている。…わたし、そんなに怖い顔をしとったか?
「大丈夫ですっ…これから、魔力の消費量が、これまでよりも、遥かに大きくなります…わたしの口元に、常に、ポーションの吸い口を、置いといて下さいッ…!」
「は、はいっ!」
◇◆◇
ポーションを絶え間なく摂取しながらB級治癒魔法を発動し続けるうちに、患者の容体は徐々に回復してきた。傷口の壊死組織は完全に除去され、周囲組織のダメージも回復されている。このダメージを完治させ、壊死によって失われた部位の回復を促す魔法を施せば、後遺症もなく完治するだろう。わたしの心身は限界に至っていたが、もう一息だ。
後で聞いたのだが、このときのわたしは見開いた眼は血走り、こめかみに血管を浮き出させ、歯をむき出しにして食いしばり、頬は引き攣らせ、この世の者とも思えない凄惨極まりない形相だったそうだ。ヒロインのする顔じゃねぇよ。
つぅ、とわたしの鼻から垂れてくるものがあった。魔法発動を止めることなく、口の端に垂れたそれを思わず舐め取る。血の味がした。
「え、エイミー様!」
ヨハネスさんが驚愕の声を上げた。
「だい…じょ…ぶ…です…あと…も…ひ…とい…き…」
そこで、わたしの身体から完全に力が抜けた。魔力が完全に尽き、心身が限界を超えたのだ。姿勢を保つこともできず、身体がよろめく。あともう一息なのに、畜生の糞ったれが…!…本当に、忌々しい…!!
だが、わたしは地面に倒れ込まずに済んだ。バインツ閣下が、わたしを抱きかかえて下さったのだ。
「エイミー嬢、よく頑張った。あとは私が引き継ごう」
その頼もしいお言葉を聞いた途端、わたしは意識を手放した。
◇◆◇
目を覚ましたとき、わたしはギルドの医務室でベッドに寝かされていた。意識は回復したが、立ち上がることができない。
「お、目を覚ましなさいやしたか」
ヨハネスさんの声が聞こえた。眼鏡を外していたとみえて、視界がぼやぼやだ。よろよろと手を伸ばして、枕元に置かれた眼鏡をとってかける。
「エイミー様、ありがとうごぜぇやした。おかげさまで、あいつは助かりやした。もう命に別状はござんせん」
「…助かったん…ですね…よかった…」
掠れた声で、ようやくそれだけの言葉を発することができた。
「エイミー嬢、よく頑張ったね」
バインツ閣下が、優しく声をかけて下さる。
「あなたの素養は本物だ。ぜひ、私にあなたを指導させてくれたまえ」
え?合格なの?最後まで治癒し切れなかったけど?
「でも…最後まで…治癒し切れませんでした…閣下に…後を…」
閣下は穏やかな笑みを、その端正な顔に浮かべられた。
「あれだけおいしいところをやれたのだ。あなたは、充分私の指導を受ける資格がある。私がしたことは、あなたの後始末だけだよ」
おいしい?閣下、今おいしいって仰いましたよね?わたしは、あんなにしんどかったんですけど?
「なかなかやり甲斐のありそうな治癒だったな。あなたに譲らず、私が治癒に当たっても面白そうだった」
やだこの人感覚おかしい。
「エイミー嬢は根性もあるし、なかなか鍛え甲斐がありそうだ。ヨハネス卿、あなたの依頼、謹んでお受けしよう」「閣下、ありがとうごぜぇやす」
ヨハネスさんのお礼に頷くと、閣下は私に視線を向けられた。
「エイミー・フォン・ブレイエス嬢、これからよろしく」
閣下はそういってにやりと笑った。閣下ほどのヒーラーにご指南頂けるのはとても嬉しいし、光栄だけど…すっげぇ怖い。
ヒーラーにとっての戦いの場、ということで
気合を入れて書きました。
迫力を感じて頂けたら幸いです。
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