第11話 ヒロインは治癒の賢者を紹介される
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
目下の目標とする、B級治癒魔法の通常発動とC級治癒魔法の高速発動の修得のため、わたしは冒険者ギルドで魔力の増強のためにひたすら治癒魔法を使いまくり、魔力が尽きかけたら休憩がてら瞑想する日々を送っていた。
冒険者ギルドでは、ケガ人には事欠かない。魔物退治や護衛のクエストに伴う戦闘をはじめとして、身体や場合には命の危機すらある依頼を冒険者はこなしているため、しょっちゅうケガ人が出ているのだ。そのうち、C〜E級治癒魔法で治癒を済ませることができる軽傷の人の治療をわたしが担当している。
「嬢ちゃん、ありがとよ。本当にスーッと傷が塞がって痛みが消えるのな」
わたしが治療した冒険者の人がお礼を言ってくれた。人にお礼を言ってもらえるのは、素直に嬉しい。
「お役に立てて何よりです」
にっこり笑ってみせて返事を返すと、患者の鼻の下が伸びた。
「お礼っちゃ何だけどよ、昼飯を奢らせてくれや。安くて美味い店があるんだ」
そう言った患者の頭に、ヨハネスさんの拳骨が落ちた。
「いってぇ!何しやが…あ、ギルド長」
「おめぇは、何考えて自分の娘みてぇな歳の女の子をナンパしてやがる。それに、このお方はブレイエス男爵家のご令嬢だぞ」
頭を抑えて抗議の視線をヨハネスさんに送っていた患者は、それを聞いて途端に背筋を伸ばした。
「えっ!お貴族様のお嬢様!?し、失礼しました!」
ペコペコと頭を下げられると、こちらが恐縮してしまう。
「そ、そんなこと、お気になさらないで下さい。わたしは最近このギルドに登録したばっかりなんです。皆さんの後輩です」
そう言ってもペコペコ頭を下げ続けている患者を宥めるわたしに、ヨハネスさんが一瞥をくれた後に声をかけた。
「そろそろ潮時だな…エイミー様、ご紹介したいお方がいるんでさ。ちょいとお顔をお貸し下さい」
◇◆◇
ヨハネスさんに呼ばれてギルド長室に入ったわたしは、ギルド長室に先客がいるのを確認した。ファッションに全く興味がない人間でもはっきりと判るくらい高価な、仕立てのいいスーツを身につけたその人物はこちらを見て軽く会釈する。わたしはちっとも様にならないカーテシーでそれに応えた。
ずーっとギルドでケガ人の治癒に勤しんでいたため、気力や体力、そして魔力も相当消耗している。そのため、わたしはヨハネスさんが紹介してくれた言葉を、ぼーっとして聞き流してしまった。
「エイミー様、ご紹介致しやす。こちら、レオンハルト・フォン・バインツ閣下。2代前の宮廷魔術師長で、今では王立魔法病院の名誉院長をなさっておられやす。閣下、こちらはエイミー・フォン・ブレイエス様です。ブレイエス男爵家のご令嬢で、閣下とご同様に ”癒し” の加護を授けられておられやす」
ソファに腰掛けていたバインツ閣下は、典雅に立ち上がられた。歳の頃は60代後半、真っ白になった総髪をうなじで束ねておられる。右目にモノクルを付けたその風貌は鋭い知性を感じさせ、長身痩躯の端正な姿勢はガチムチマッチョのヨハネスさんとは対照的だ。
「エイミー嬢、お初にお目にかかる。レオンハルト・フォン・バインツです」
バインツ閣下は、そう言うと優雅な仕草でわたしの手を取りその甲に口づけを落とされた。所作が一々洗練されている。わたしの、ちっとも上達しないカーテシーとは大違いだ。
「バインツ閣下は、先代のバインツ伯爵家の当主でいらっしゃいやした。今では、ご長男様に家督を譲られて隠居の御身でいらっしゃいやす」
ヨハネスさんのその言葉を聞いた途端、ぼーっとしていたわたしの意識が的然と覚醒した。
…マヂかよ!?バインツ伯爵家って言ったら、セントラーレン王国開闢以来の名家の一つだぞ!ブレイエス男爵家のような新興貴族とは格がまるで違うんだぞ!
っていうか、レオンハルト・フォン・バインツ閣下っていったら、セントラーレン王国随一のヒーラーとして、”治癒の賢者” って呼ばれてるくらいの超大物じゃねぇか!この国で唯一、S級治癒魔法の高速発動ができるくらいの強大な魔力を持っておられるんだぞ!その絶大な魔力で、並居る “賢者” 、”炎魔法” 、”氷魔法” 、”風魔法” などの魔法系の加護持ちを差し置いて、宮廷魔術師長になられたほどの大傑物じゃねぇか!
ヨハネスさんが閣下の姓名を紹介してくれた時点で気付けよ!もう本当、マヂであほかわたしはあぁぁぁっ!!
「あっ、あっ、あのっ、エイミー・フォン・ブレイエスですっ。閣下に、お目にかかれて光栄ですっ。ブレイエスの家は、当代で2代目の新興貴族、礼儀を弁えず、ご無礼があるかもしれませんっ。そのときには、どうかご容赦下さいッ!」
だ、だ、大丈夫だよな!?わたし、ちゃんとした挨拶を言えたよな!?変なこと言ってないよな!?失礼なこと言ってないよな!?
テンパりまくっているわたしの様子を見て、閣下はおかしそうに笑われた。
「エイミー嬢、そのように畏まらなくても構わないよ。今の私は、隠居の身に過ぎないからね。それに、私もあなたと同様に “癒し” の加護を授かっている、言わば仲間だ。” 癒し” の加護を授かっている者にはなかなか会えなかったからね、私は嬉しいのだよ」
そうなの?そう言えば、”癒し” の加護はかなりレアなものだってヨハネスさんが言っていたな。治癒魔法のエキスパート候補なんだから、もっとたくさん出てきてもいいような気がするんだけど…
◇◆◇
閣下とヨハネスさんは席につき、わたしも勧められてヨハネスさんの隣に座った。
「閣下には、むさ苦しいところにご足労頂きやして恐縮です。今日、閣下とエイミー様をお引き合わせ致しやしたのは、閣下にエイミー様を指導して差し上げて頂きてぇからでして」
閣下は訝しげな返答を返された。
「指導?」
「へい。エイミー様が、”癒し” の加護をお持ちだと聞いて、治癒魔法の初歩はあっしが手ほどき致しやした。ですが、もうあっしの手に余るレベルまでエイミー様は上達なさいやした」
素直に嬉しい。ヨハネスさんが認めてくれたのだ。だが、まさか飛び跳ねて喜ぶわけにも行かない。閣下が同席しておられるのだ。
その閣下は、一言も発せずわたしにモノクル越しの鋭い視線を向けておられる。わたしの眼鏡をものともせずその視線がわたしの目を突き刺したように思えて、わたしは思わず目を瞬かせた。
「それに、あっしは本職のヒーラーではござんせん。本職でねぇ者が、初歩ならともかく中級以上の指導を行うと、必ず指導を受ける者に歪みが生じやす。そこで、この王国最高のヒーラーでいらっしゃる閣下に、エイミー様を指導して差し上げて頂きたいんでさ」
鋭い視線のまま、閣下は口を開かれた。
「エイミー嬢は、どれほどのレベルまで達しているのかな?」
鋭い視線と口調を向けられ、わたしの背が伸びる。
「はっ…はいっ。C級の通常発動までは、自由自在に使えるようになりました。現在では、B級の通常発動とC級の高速発動の機序を身につけ、それを発動できるだけの魔力を身につけるべく鍛錬致しおるところでございます」
「ヨハネス卿がエイミー嬢の指導を始めてから、如何程の期間が経ったのかね?」
ヨハネスさんがそれに応えた。
「へい。8ヶ月ほどでごぜぇやす」
ほう、と閣下の口から息が漏れた。
「8ヶ月でC級通常まで自家薬籠中の物にしたか。…加護持ちにしても速いな」
C級治癒魔法の通常発動は、”癒し” の加護持ちであれば大体1年半ほどの鍛錬で身につけることができる。これが加護なしとなると、酷いときには治癒魔法の鍛錬ばかりを続けていても10年以上かかることがある。
ちなみに、「あっしは治癒魔法ばっかり鍛錬するわけにいかなかったもんで、C級治癒魔法の通常発動を身につけるのに治癒魔法の鍛錬を始めてから15年かかりやした」とは、ヨハネスさんの言葉だ。
そんなときであった。
激しくドアをノックする音が聞こえ、わたしはビクッと身を竦ませた。
「うるせぇっ!今は来客中だぞ!やかましくするんじゃねえッ!!」
ドアを開けた冒険者が、恐縮しつつもそれに対して大声で返す。
「す、すいません、ですが、商人団の護衛に当たっていたやつが、盗賊の毒矢を受けちまったんです!」
その場にいた、治癒魔法のスキルを持つ3人が同時に立ち上がった。
◇◆◇
毒矢を受けたという冒険者の容体は、一目でわかるほどに悪かった。苦しげに歪められた顔の色は病的にどす黒く、毒矢を受けたという左の太ももの傷口はぐじゃぐじゃに化膿して無惨な様相を示している。
その傷口を見たギルドの受付員のおねいさんが、顔色を悪くして呻き声を上げながら口を押さえた。どうやらグロ耐性がないようだが、やっぱりきょぬーさんだ。
「おめぇら、何でこうなる前に解毒しなかった!?」
ヨハネスさんが、患者と一緒にクエストに当たっていた冒険者を怒鳴りつけた。
「そ、それが…解毒のスキルを持つ奴がいなかったもんで…」
「バカ野郎!!パーティーの中に、治癒全般のスキルを持つ奴を入れるのは基本中の基本、イロハのイだろうが!!」
そこに、バインツ閣下が入って行かれた。
「ヨハネス卿、喚いていてもしょうがない。まずは彼を治癒することだ」
そう言って、閣下は患者が横たわる傍らに膝をつき、顔に手を翳された。すぐに「ふむ…」と呟いて、なぜか立ち上がられる。
「閣下!?」
ヨハネスさんが驚いた顔を見せるのにも構わず、閣下はわたしに向き直られた。
「エイミー嬢、おあつらえのケースだ。あなたが治してみなさい」
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