第1話 おっさんは乙女ゲーのヒロインに転生する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
「ぶぅうえぇーっくしょい!!」
品位のヒの字もないクソデカくしゃみを飛ばした衝撃のせいかどうかは判らないが、その瞬間俺は自分がどこにいる何者の中身に憑依したかを理解した。今俺がいる場所はセントラーレン王国の王都ルールデンの平民街、そして俺の名前は…
「ダメよ、エイミー。女の子がそんなはしたないくしゃみをしたら」
嗜める声が聞こえる。これは、この世界の俺、『エイミー』の母親の声だ。その声に、俺の謝罪する声が答える。
「はーい、お母さん、ごめんなさい」
鈴を鳴らすような、涼やかで清らかな声。本来の、アラフィフのジジイ一歩手前のおっさんである俺には、逆立ちしたって出すことができないような、お手本のようなヒロインボイスだ。
人間という代物を50年前後もやっていれば、とんでもない、想像もつかないことが起きる可能性があることはよく判っている。しかしながら、まさか自身に『異世界への転生』という空想世界ではメジャーでありながら現実にはありうべからざる事態が起こるとは思っても見なかった。
◇◆◇
さっき俺は異世界と言った。そう、この世界はかつてかなりの人気を博した乙女ゲーム、『マジカル☆ファンタジー〜恋のドキドキ♡スクールライフ〜 (通称マジコイ) 』の世界である。このゲームは、もともとスマホ向けに配信されていたが、所謂前世では5年ほど前にリメイクされてPC向けにも配信されていたのだ。
そして、この『マジコイ (今後はこの通称を使わせて頂く。本タイトルが長いというのもあるし、何度もこの痛いタイトルを連呼できるほど俺の感性は磨滅していない) 』の主人公、ヒロインの名前はエイミー・フォン・ブレイエス。他国との戦争で大功を上げて男爵に封ぜられ、新興貴族となったブレイエス男爵家の二代目当主が平民出のメイドに手を付けたことによって産まれた非嫡出子である。
彼女の父親はかつて正妻を憚って非嫡出子である彼女とその母親に援助を与える (といってもその援助は中流平民以上の生活を送るに足るものであった) に留まっていたが、正妻が急逝したため、母親ともどもエイミーを引き取ったのだ。
さて、先にも申し上げたが俺のこの世界での名前は『エイミー』、これは決して偶然の符合ではない。
先に出てきたエイミーの母親はこのゲームの中にも出てくる。そして俺が確認したところ、彼女の顔はゲーム内でのエイミーの母親を実写化したら確実にこうなるな、というくらいに同じ雰囲気を纏っていた。
つまり、俺は男だってのに乙女ゲーのヒロインなんぞに転生しちまったのである。
なんでやねん、とは思ったが、混乱はあるものの違和感は全くない。エイミーとしての記憶も少女としての感性も健在である。混乱は、いきなり俺の人格がエイミーの中に入り込んだことに起因するものだろう。
そして、なぜ違和感がないかというと、俺は男の分際でこの乙女ゲーのPC版にハマっていたのだ。
…「乙女ゲーのタイトルよりも、40オーバーのおっさんの分際で乙女ゲーにハマるお前の方が痛いわ」という批判は甘んじて受ける。
無論、俺がこの乙女ゲーにハマっていたのには理由がある。以下、いささかならず長いがアラフィフオヤジが見苦しい言い訳を垂れるのをお許し頂きたい。
◇◆◇
その頃、俺はブラック企業に勤めていて心身共に疲弊し切っていた。そしてある日、いつものように糞上司に叱声という名の罵声を浴びせられていたとき、いきなり血を吐いた。
結構大量の吐血だった。俺の血ゲロをモロに浴びた糞上司は、それまでの居丈高な剣幕が嘘のように「あ、あ、ひいいぃっ!!」と無様な悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
微妙にアンモニア臭もしていた気がする。正直ざまぁだ。
診断は極度のストレスによる重度の胃潰瘍。しかも初期ながらガンも発見された。
ちょうどブラック企業に対する世間の目が厳しかったこともあり、俺は『ブラック企業のせいで胃ガンを発症した悲劇の男』ということで世間の注目を浴びた。
俺が勤めていたブラック企業と糞上司は世間から非難の集中砲火を浴び、俺というわかりやすい悲劇の主人公に金と売名チャンスの匂いを嗅ぎ取った共産党系の弁護士たちが一大弁護士団を構築して俺を原告、ブラック企業と糞上司を被告とした裁判を起こした。
弁護士団の先生たちは相当頑張ってくれたらしい。おかげで俺は贅沢しなければ死ぬまで働かずに暮らせる損害賠償金をゲットし、ブラック企業は途端に潰れて糞上司は路頭に迷った。つくづくざまぁだ。
そんなわけで経済的に一息つくことはできたのだが、俺は肉体のみならず精神までもボロボロになっていた。
今でも怒鳴り声を聞いたり、机などを殴るような激しい物音を聞くとトラウマで体が硬直し、身動きが取れなくなってしまう。
その後、心身ともにボロボロになってしまった俺は、精神の救済の道を今にして思えば最低としか言いようのない、クズ丸出しな行為に求めたのである。
曰く、俺の嫌いなタイプの女性 (容姿端麗、頭脳明晰、身体能力抜群、血統高貴、しかしてそれらの長所を全部ぶち壊しにするほどどうしようもなく性格が悪い) がありとあらゆる形でいじめられ、なぶりものにされ、悲惨極まる破滅を迎えるという手の施しようのないほど救いのない内容の小説を書き散らしてweb上で公表するという、人としてアレすぎると言われてもしょうがない行為に。
これらの小説はオリジナルもあったが、いわゆる二次創作もあった。主に俺が二次創作として標的にしたキャラは、惣○・○スカ・ラング○ーや薬○寺涼○である。まぁ、他にもムカつくキャラがいたら標的にしてたんだけどね。
やがて、それらを書き散らすのにも飽きてきた俺は、同様の内容の小説や漫画、ゲームで俺のこの歪みまくった嗜好を満足させてくれるような作品がないかどうか、俺の小説 (笑) を読んでくれる人たち (これが結構いたんだ。みんな歪んでるなぁ) にオンラインで聞いてみた。
そこである人が教えてくれたのが、先述の『マジコイ』だったのである。
◇◆◇
『マジコイ』は、当時の俺の狂いに狂った嗜好を遺憾なく、最高の形で満足させてくれた。
この乙女ゲーは、前半ではセントラーレン王国において名門貴族の子女が学問や身体の鍛錬、また魔法の修練に励む王立高等学園を舞台とした恋愛シミュレーションの体を取っており、後半では王国に侵攻してきた敵国・エスト帝国の侵略を前半の攻略対象キャラとともに退ける、ロールプレイング・シミュレーションの形を取っている。
前半部分での攻略対象キャラは五人。いずれも名家の貴公子ばかりで、イケメンオーラをバリバリ出している超絶イケメンばっかりだ。これらについてはおいおい説明していく。
そして、ラブリー (笑) でポップ (笑) なタイトルとは裏腹に、そのシナリオはかなりえぐい。流血に代表される残酷シーンもどぎつい性的描写もばんばん出てくる。R-15指定で留まっているのが不思議なほどで、R-18指定が妥当な気すらする。
おまけに乙女ゲーとしては難易度エクストラ、完全に超上級者向けであり、とどめには男であるはずの俺が男の好感度を上げて攻略するという主観的にも客観的にもキモすぎる状況を思い知らされて何度も心が折れかけたが、その精神的負担を差し引いても悪役令嬢として位置付けられたアナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットの破滅っぷりは当時の、病みまくっていた俺に言わせれば素晴らしいものだった。
何を言っても言い訳にしかならんが、その当時の俺は “坂道を転げ落ちるというよりも、垂直の滝を落下する” 勢いで破滅していくアナスタシアを見て、「悪役令嬢ざまぁww」なぞとほざいていたくらいに病んでいた。
弁解も弁明もしない。最低である。クズである。病んでいたからと言って、それを理由にしていいわけがない。
◇◆◇
今にしてそう思うようになった理由はいろいろとあるが、第一にはガン治療のために入院していた病院でカウンセリングを受け、精神的に立ち直ったことがある。
その後、幸いにしてガンも寛解し、何とか働くことができるようになった俺は “グロ耐性とスカ耐性が天元突破している” というあまり表には出せない取り柄を仕事に生かそうとして行動した結果、その当時職員を募集していた近所の大学の動物実験施設にてパート職員として就職することができた。
とにかくその動物実験施設で居場所をゲットし、心身共に落ち着いた状態で『マジコイ』 を「ああ、こんなもんやってたな」くらいの感覚で久々にプレイしてゲットしたスチルを何の気なしに確認していて、つくづく思い知らされたのである。
(このゲームのシナリオ、こんなに胸ッ糞悪い代物だったのか…?)
パワハラやいじめは、人の人生を破壊する犯罪です。ダメ、ゼッタイ。
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