099 これは料理じゃない。ちょうごーってやつだ!
「キッテ、それそれ、その緑の草を頼む」
「はーい、かみさま」
俺の耳が遠くにいるキッテの声を拾う。
なぜキッテが遠くにいるのかと言うと、俺が空中を飛んでいるからだ。
なんで俺が空中を飛んでいるかと言うと、俺が地面を歩くと巨体で木々をなぎ倒してしまうからだ。
はい。俺はぐえ衛藤。この事象世界のキッテからかみさまと呼ばれる、金色の巨大竜型ロボットです。
俺は眼下の地面を目を凝らして見る。
すると視界がズームインしてとある岩石に向かい、そこにターゲットマークが出て【チリル銀】と表示される。
「キッテ、ちょい前の大きな岩あるだろ。そいつを割ってみてくれ」
ご近所さんがいたら迷惑になるほどの音量を出す。だけどそれくらい出さないと地上にいるキッテには届かない。もちろん全周囲に放ってるわけじゃなくて、音波に指向性を持たせてキッテに向けて放出しているため、適性勢力に見つかるほどではない。
「おっ、これだね! はっ!」
キッテがスラリと長い褐色の足を振り上げ、かかと落としで大岩を割る。流れるような一撃で大岩が割れて、中にチリル銀の成分があることが確認できる。
「かみさまー、これを持って帰るのー?」
「そうだ。重いから俺が持って帰る。今から紐を下ろすから、それに括り付けてくれ」
俺は指から戦闘用の捕獲ネットを射出する。
この体も慣れると便利なものだ。人間の体では考えられないが、いろいろなところに仕掛けがある。
「かみさまに運んでもらわなくても、あたし持って帰れるんだけどー。力持ちだから!」
どうやら自分が役立つところを俺に見せたいようだ。大人の体つきをしていても、まだまだ子供だな。
キッテの願いとはいえ、俺の方が力がある。適材適所で行くべきなので、それを説明して岩をネットの中に入れてもらうことにした。
かみさまはやさしいなぁ、などと小さく呟いた音も俺の耳はきちんと拾う。
ニコニコ顔で砕いた岩をネットに入れていくキッテ。
そんなキッテを見ていると、AIさんから聞かされた衝撃の事実を思い出した。
それは元々の世界のことだ。
キッテのご先祖様だと思っていたテレッサは、実はキッテの子孫で、未来から250年前の過去にやってきて、超神級守護結界機構を作ったこと。俺は竜のアギトで触手女の手にかかって死んでしまったこと。本来ならキッテと俺の子が生まれるはずだったのに、そこで俺が死んだことで、シャルルベルン家の血筋が途絶えてしまったこと。それによって未来からやってくるはずのテレッサがやってこず、事象が変わったこと。
そして250年前にマグナ・ヴィンエッタができなかったことが、この世界の歴史となったこと。マグナ・ヴィンエッタが無いため、リヴニス王国は滅び、この地が暗黒の地となったこと。テレッサがやってこなかったこの世界では、キッテの生まれは錬金術師の家系ではなくなったこと、などなど。
正直スケールがでかすぎで何も言えない。そしてそうなった原因のすべてが俺にあることもまた何とも言えない。
そもそも、キッテと子供を作るってなんだよ!
「……みさまー」
キッテは相棒だぞ。幼いころから一緒に育った娘みたいな子だ。娘と子作りする家族がどこにいるってんだ。あのまま俺が死ななかったらそうなってたってことだろ? ぐえちゃんの倫理観どうなの!?
「かみさまー」
うおっと、キッテが呼んでる。
長考に入ってたところを呼ばれた俺は慌てて視界をキッテに合わせる。
ぶーっ!
反射的に火炎を吹き出してしまった。
なぜなら視界がキッテの胸をクローズアップしてしまい、でかでかとその大きな胸が表示されたからだ。
ズームアウト、ズームアウト!
落ち着け俺。キッテは娘、キッテは娘! 見た目が全く違っても娘。大きく成長して美人になったけど娘! でも、あんな大きな娘がいる年でもないし。いや、おれはぐえちゃん! 今までだって一緒に寝てたし、風呂も入ってた。そうだ、健全な関係!
大体、人間と竜が子供を作れるわけがない! ボディサイズ的なものもあるけど、俺、ロボットだから!
『できますよ。子供』
へっ?
『あ、もしかして作り方をご存じない? DTの方でしたか申し訳ございません。そうしたら手短に、女性のかはんし――』
あーーーー、なに言ってんだAIさん! おしまい、おしまい! このお話はおしまい!
大事故につながりかねないから今後この話はやめてね! 俺はDTじゃないから!
『その反応をする個体の9割がDTだという統計が出ています』
はいはい、おしまいおしまい。俺とキッテは相棒。キッテは娘。そうです。
「もーーーーーっ、かーーーーみーーーーさーーーまーーーーっ!」
うわっ、すまんキッテ!
俺が長考で無視し続けた形になり、キッテはぷんぷんと怒った顔をしている。
せっかく二人きりなのに! とぷりぷりしていた所を、ごめんごめんと謝って機嫌を直してもらった。
◆◆◆
「じゃあキッテ、お湯を沸かしてその中に、さっき採取したナズ菜とモノケルタケを入れてゆでてくれ」
「はーい」
リヴニスの翼の野営地に帰ってきた俺たち。
邪魔にならないように広場でキッテに指示を出す。
「おぉ、あのヘレンが料理をしてるぞ?」
「大丈夫なのか……?」
「味見はカリノスにやらせようぜ」
取り囲むようにリヴニスの翼メンバーのギャラリーができている。
「これは料理じゃない。ちょうごーってやつだ! ねー、かみさま」
そう。俺は今キッテに調合をやらせてみている。
先ほど集めていたものはその素材だ。
なぜ調合をやらせているのかと言うと理由は二つある。
一つは彼らリヴニスの翼メンバーを強くするためだ。
記憶の秘宝によってキッテの記憶を戻したいと伝えたあの日、キッテはやることがあると言った。
その時の事を思い出す……
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「あたしはこのリヴニスの地を平和にしたい」
キッテはそう言った。
「みんなが恐怖に怯えずに笑顔で過ごせて、お腹いっぱいご飯を食べれて笑顔で過ごせて、大好きな人と一緒に笑顔でいれるように」
俺だけではなく、周囲のリヴニスの翼メンバーの目を強く見つめてそう言った。
「俺だってそう思うぞ!」
「俺もだ!」
そうだそうだ、とメンバーがキッテの想いに同調してくれる。
「だ、だけどさ、そんなのどうやって……」
弱気なことを言っているのは確かリックという青年だ。
「死にかけたところなのに……」
一気に場のテンションが下がる。
連合軍にやられた惨状を思い出したのか、誰もが下を向いてしまっている。
「そのさ……神様にアースザインを滅ぼしてもらうとか……?」
「馬鹿! それじゃああいつらと同じだろ!」
弱気なリックの発言に、キッテが強く反論する。
「そ、それもそうだな……。でも守ってもらうくらいは……」
「馬鹿! このおバカ! いつからそんな弱気になったんだ! リヴニスの翼の心を忘れたのか? それに平和は自分たちの力でやり遂げないとだめだ!」
「だ、だってよ、そうは言うけど、無理だろ……。確かにヘレンは強いよ? でも俺たちはそんなに強くないんだ。あんな大軍で来られたら次こそおしまいだ」
「じゃあ、あたしみたいに強かったらいいってことだな?」
僅かに返答に怒気が含まれている。
「あ……ああ……だったら俺もやってやるかー、ってなる。多分。なあ、スマールドもそう思うよな?」
「そうだな。俺はたとえ今のままでもやってやると思ってるけどな」
「よーし、さすがはスマールドだ。グモン、ラベ、マル、ダール、リーカ、ニーヤ、それにリック、みんなも同じだな?」
もちろんだと、リヴニスの翼メンバーはうなづく。
いい傾向だ。俺が無理やり何かを成したとしてもそれは他力本願。自らの強い意志によって行動を起こさなければ、いずれは元に戻ってしまう。
その点彼ら彼女らは強い思いを持って各氏族からリヴニスの翼へと集まったメンバーだ。元来、強い思いを持っている。
「よーし、じゃあ修行だ!」
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なんていう事があった。
幸いメンバーたちは栄養不足で力が出ていないだけで、魔力量も高そうだ。しっかりと鍛えたら強くなる。
そういうわけで今、彼らの栄養不足を補って、ちょこーーーーっとのドーピングをするために調合を行っているというわけだ。
そしてそれ以上に大切な事。先ほど言ったもう一つの目的。
それはもちろん、調合をさせることでキッテの記憶が戻ってほしいという俺の願いだ!
「か、かみさま! 真っ黒になった!」
えっ!? ちょっとまって、今の要素でどうやったら真っ黒になるの!?
水の中に葉もの野菜とキノコを入れただけだよね!?
どうやら調合は前途多難のようだ。
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