097 名は体を表す
ぐえちゃん視点にもどります。
俺の名前は衛藤鷹取。だが、ぐえちゃんでもある。
そして俺の横にぴったりとくっついて眠っている褐色の少女が呼ぶように、「かみさま」という名前でもある。
夜の風が、草原に伏せた俺の巨大な体を撫でて通り過ぎていく。
キーティアナ・ヘレン・シャルルベルン。
それがこの少女の名前……だった。俺がまだ小さな体のぐえちゃんだったころ、立派なご先祖様にあこがれて錬金術師となった少女。
周りの子よりもちょっと背が低いのを気にしていた、明るく活発で勉強熱心な女の子。
俺はそんなキッテを助けるためにこの世界に舞い戻ったのだ。
俺の心に呼びかけてきた女神様の言う通り、キッテは大ピンチだった。
俺が来るのがあと一瞬でも遅ければ、仲間と共に全滅していたかもしれない。
危なげながらもキッテを救うことができてよかったのだが……。
だけど彼女、ヘレンは自分はキッテではないと言ったのだ。
あの時。
俺が大ピンチの時に駆けつけて、周囲の戦力を無力化した後のこと……
◆◆◆
――ずぅぅぅん
『着地シークエンスのキャンセルを確認。ナンバー4~6はカットしないでください。周囲に影響が出ます』
どうやら何かを間違えたようだ。
俺はただ早くキッテの傍に行きたかったから地上に降りただけなのだが、思った以上にこの体は重いらしく、辺りに地響きが発生したというわけだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
「キッテ……」
俺はキラキラとした目で俺の方を見ている銀髪褐色肌の女の子に呼びかけた。
呼びかけたのは無意識だ。いつもなら「ぐええ」という鳴き声に変わって表現されるものの、この体は違っていた。
なんと、そのまま声が出たのだ。
「……」
俺の呼びかけにキッテは答えない。
先ほどと同じく、地面にぺたりと座り込んだまま、目を見開いて瞬きもせずに俺を見ているだけ。
「キッテ……」
状況が状況だ。展開についてこれていないのかもしれない。
「キッテ、怪我してるな。ごめんな」
よく見ると全身が切り傷だらけだ。よっぽど激しい戦いだったのだろう。
もう少し早く俺が来ていれば、もう少し早く俺がキッテの事を思い出していれば……。そういう後悔の念が押し寄せてくる。
謝罪を込めた視線。それに気づいたのか、キッテが反応した。
「あの……キッテって、あたしのことですか?」
ようやく返事があったが、それはあまり聞きたい類のものではなかった。
「人違いじゃないでしょうか。あたしはヘレン。トルナ氏族のヘレン」
確かに俺の知るキッテと目の前にいるキッテは似ても似つかない。
キッテは銀髪じゃなかったし、褐色肌でもなかったし、こんなに背が高くて女性的な体つきでもなかった。
だけど俺の目には彼女はキッテの姿とダブって映っている。目を凝らすとキッテが見えるのだ。視界の中の文字にもこう表示されている。
【キッテ:事象ナンバー6b63305730444e16754cの姿】
意味は分からないが、この少女はキッテという事で間違いない。
『事象ナンバーは現在世界に割り振られた番号を意味します。いくつもの事象が発生することにより世界は分岐、変更、修正、破壊され、事象ナンバーが変更となります』
AIさんが何かを伝えてくれたがさっぱり理解できない。
「あの……かみさま。かみさまのお名前は……」
俺が黙っていることに耐えられなくなったのか、キッテが俺の名前を聞いてくる。
以前とは姿がまったく違うから俺だということが分からないに違いない。
「俺は、ぐえ……」
とそこまで言って――
「衛藤………」
そう答えた。
俺は本当にぐえなのか。ぐえだった時、俺は本当にぐえだと思っていた。だけど今それは違っていたことを知っている。俺は今、衛藤鷹取という人間の記憶も持っているのだから。
「ぐえ……えど? グエード様!」
「いや、違う! 衛藤、衛藤だよ!」
「グエード様! グエード様! すてきな名前」
ぐえぐえと連呼された。まあ、半分はあってるからそれでいいか。
それよりも彼女だ。彼女自身はヘレンだと言うが、ヘレンと呼ぶのは違和感がある。
確かにキッテのセカンドネームはヘレンだった。
だけどずっとキッテと呼んできたのだ。いまさらヘレンに変えるのもなぁ…。
「あの、かみさま。かみさまが、あたしのことをキッテって呼びたいのなら、いいですよ」
「キッテ……」
「でもかみさま様だけだからね。そう呼んでもいいのは」
そういった経緯で俺は彼女のことをキッテと呼び続けることになったのだ。
ちなみにキッテは俺の名前をグエードと認識したものの、「かみさま」と呼ぶほうが気に入っているそうなので、そのままにしている。
キッテがそうしたいのならそうさせてやるのが相棒ってもんだ。
お読みいただきありがとうございます。




