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096 カリノス・ビエンゾーンの見た光景

今話はカリノス視点で始まります。

 目が覚めることはその時点から世界を認識することと同義と言える。朝焼けの光、鳥のさえずり、それらを認識することが起床であり、それよりも前は認識できない世界でもある。


 目覚めから頭を回すのはこの俺、カリノスの日課でもある。

 まあもっぱら昨日のヘレンはどんな風に素敵だったのか……ヘレンが言った事、ヘレンがやったことを思い出すことに使われているのだが何の問題も無い。


 さてさて、と日課のとおり昨日のヘレンの姿を思い出そうとして――


「はうあっ!」


 俺は戦いの状況(全滅間近)を思い出して飛び起きた。


「……ここは……」


 おかしい……。

 確か俺の記憶だとアースザイン、シーヴル、魔物の連合軍に包囲されて絶体絶命だったはず。


 だがそんな様子は微塵も無く、周囲には敵兵の姿も魔物の姿も見えない。

 俺たちが追っていた馬車も、追い込まれていた崖も無く、なんなら目の前に()()()()()()()が見えるだけだ。


 ん、……山?


「って、なんだこれは!」


 なんだこの山は! よく見たら鱗? 生き物なのか!?


「おっ、気が付いたようだね。かみさま、カリノスが気が付いたよ!」


 そんな謎の大きな山の横にいる褐色の女性。

 見間違えるはずもない。俺が愛してやまないヘレンだ。


 俺よりも背が高く……無論、俺以外のやつよりも高いのだが、今は横の山との対比がおかしくて彼女が小さくすら見える。


「ん? かみさま?」


 ヘレンは何を言ってるんだ? と頭に疑問符を浮かべたところで、大山の頂上付近がぐいっと動き――


「おわぁぁぁぁ!」


 さすがの知将である俺も声を出すというものだ。

 山の頂上付近は大きな化け物の頭部。鋭い牙と頑強な目を持つ巨大な魔物。

 見ただけで邪悪な存在だと分かる、心の奥底に刻まれた恐怖を呼び起こさせる存在が目を見開いてこちらを睨みつけている。


「カリノス、ビビりすぎじゃない?」


「な、何を悠長に言ってるんだヘレン! は、はやくそいつから離れろ! おい、貴様、な、何が望みだ!」


 後々冷静になって考えたら俺はなぜこいつに話しかけたのか、という疑問が残る。

 我々人間を圧倒するスケールの存在であれば、当然人語を操ることなど造作もないと、考えるのもやぶさかではない。そうだ。激しく回転する頭の中でもそのような当然の判断が行われていた天才的な俺の脳に賞賛を送りたい。


 ◆◆◆


 さて、どうやらこの邪悪な見た目の生き物はドラゴンと言うらしい。

 完全に包囲されて全滅間近だった俺たちを救ってくれたのだという。

 そんな突飛押しもない事信じられるか!


「そんな事いってもなぁ。あたしがこの目でしっかりと見たんだし。ね、かみさま」


 ニコリというレベルではない。あふれんばかりの笑顔をドラゴンに向けるヘレン。


 おいおいおい、そんな笑顔は初めて見たぞ? 俺たちにだって向けてくれたことはないのに。


「あ、おい、むやみに触ったら……」


 ヘレンが山のような邪悪な存在の体に手を当てて触り始めたのだ。まるで撫でるかのように優しい手つきで。

 あのガサツで食べ物と種以外には特に興味を示さなかったあのヘレンが、生き物は食べれるか食べれないかだけで判断していたあのヘレンが、だ。


 なんだ? どういうことなんだ? 一体何が起こったんだ?

 この生き物はなんなんだ? ヘレンの距離感がおかしくないか?


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「おい、ヘレン!」


 俺はヘレンの腕をつかんで、この邪悪な生き物から引っぺがそうとしたが――


「なに?」


 まだ俺の体は完全に傷が治っていないので力が入らず、ヘレンの体はびくともしなかった。

 決して俺の力が弱いわけではない。そもそもヘレンが馬鹿力なだけで、俺はそんなに力が弱いわけでもない。


「……いや、なんでもない」


 俺はすんなりとヘレンから手を離した。


 力で負けたからではない。

 力の強さ云々よりも、ヘレンの表情が()()()()()()()から俺は尻ごみしたのだ。


「……そうだ、腹が減ってないか? まずは飯にしよう」


 この場の雰囲気を打開すべく、知将として新たな策を実行する。この策は俺の常設の策であり、ことヘレンに対しては効果が高いことを知っている。 


「ごはん! そうだ、ご飯にしよう。ねえ、かみさまも食べるでしょ! あたし、持ってくるね!」


 効果は抜群だった。

 だが、想定していた効果と異なり、ヘレンは俺の事はそっちのけでルンルンと走っていってしまった……。


 どういうことなんだ……。


 そこで俺はこの場の現状を理解する。

 ヘレンがいなくなった今、この場には俺と、そしてこの邪悪と狂気を体現した存在しかいないということを。


「……」


 よし、俺もヘレンを手伝おう。


 決して尻尾を撒いて逃げるだとか、一飲みで食われてしまいそうで恐ろしいとかそういうことじゃない。夫婦(予定)で助け合うのは当然だからだ。


「ヘレン、まて、俺も行く!」


 横を見ずに、後ろを振り返らずに。俺は力の限り、ヘレンを追った。

お読みいただきありがとうございます。

Xではお伝えしましたが、現在の第9話で完結する予定です。

最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

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