094 第8.5話 間話 衛藤鷹取は思い出す
「ふいーっ、やっとできたぜ」
最近よくこの言葉を言っている気がする。
俺、衛藤鷹取は一仕事を終えて大きく背伸びをした。すでに夕方を過ぎていて定時後の時間になっている。
今日は金曜日。休みの前の日である金曜日には飲みに行くために仕事を切り上げて早めに帰る人もいて、席はまばらになっている。
そんな中、まだ自席に座っている後輩、蔵元の姿を見つけた。
「お前、何してんだ? スポーツ観戦か?」
パソコンの電源も落ちており、カバンも用意してあり、帰る間際だというのに蔵元はスマホを横向きにして見ていたのだ。
「ゲームですよ、ゲーム。アトリエもののゲーム」
「おー、アトリエか。懐かしいな」
「えっ? 先輩、ゲームしない人でしたよね」
「あ、そうだな。なんでだろ、どうしてだかやったことある気がして……」
「おっ、興味あります? 空き時間にプレイできるから僕たちみたいに忙しくても大丈夫ですよ」
と、職場で後輩とそんな会話をしていた。
◆◆◆
その日の夕食どき。
「そういえば、あいつが言ってたアトリエ、やってみるか」
スーパーで買った総菜を口に運び、炊いたご飯をもぐもぐと租借している中、ふと先ほど後輩が言っていた言葉を思い出したのだ。
行儀は悪いが早速スマホを起動してアプリをダウンロードし始める。
ダウンロードゲージが進んでいくのを見ながら、ご飯を平らげていき――
ダウンロードが完了したのでアイコンをタップ!
『ブリーフマルケのアトリエっ!』
開始一番、元気で明るい女の子の声が誰もいない部屋に響き渡った。
人のいる場所でプレイするときは音量に気を付けないといけないな。
チュートリアルを始める。
へぇ、見習いの錬金術師を見守って育てていくのか。
そのあと飯を食うのも忘れてのめり込むようにプレイした。
資格取得、アトリエ開設、世界転覆を狙う悪役。
女の子と一緒に冒険し、ピンチになりながらも勝利する。
まるで俺が本当に女の子の相棒になったように感じるし、このゲームを初めてプレイしたにも関わらず、どういった風に攻略すればいいのかが閃くように次々と頭の中に浮かんでくるのだ。
どこかでプレイしたことがある? いやゲームはそもそもやらない。
ネットで記事を見たことがある? いや、生憎そんな記憶は無い。
じゃあなんで……。
いや……、実際に……。
まてよ……。
そうだ……、俺は……、思い出した……。
『……きこえますか……。きこえますか……』
この声は……。
幻聴とは思えないほどリアルな女性の声。
『あぁ、ようやくつながりましたね……』
「だ、だれだ?」
『私は女神ティメシア』
いつもの俺なら幻聴で済ますところだ。だが今は違う。
あの不思議な記憶を思い出した今は。
『あなたに再び私の世界に赴いてほしいのです』
「世界に……赴く?」
『こうしている間にも世界は悪い方向へと向かっています』
「どういうことだ?」
『初めは平和な世界を維持するためにあなたを呼びました。あの子の願い。お友達。それこそが小さな竜の体。平和な世界に相応な体。
……ですがその体では今の世界を生き抜くことはできません。今の世界に必要な、強くて強靭な体。形式番号DRNX3358-13。ドラグライナー型13番機シュバルドバイト』
「何を言っているのか全然分からない。もっと詳しく頼む」
『あなたの半身だったキッテ。いえ、ヘレンに危機が迫っています。無理を承知でお願いいたします。ヘレンを救って、世界を守ってください』
キッテに!?
思い出したとはいえ朧気な記憶。それが今、キッテの名前を聞かされて鮮明によみがえった。
「キッテは相棒です。キッテを救えるならどこにだって行きますよ!」
無理だなんて、そんなことあるわけない。
俺はキッテの相棒。キッテが危ない目に合ってるのなら助けに行くのが相棒ってもんだ!
『ありがとうございます……。お願いします。私の代わりに世界を……』
そこで意識が飛んだ。
気づいた時には、俺の精神だけが抜け出した感じで宇宙空間のような場所に浮いていた。
瞬く星々の光が暗く広大な宇宙に広がっていて、ぬるま湯に浸かっているようなフワフワとした夢を見ているかのような感覚。
ふと場面が変わる。
先ほどまでとは違い鋼鉄の建造物の中。目の前には巨大な金色の竜の姿。
いったいなんなんだ、と思う間も無く、俺はその竜に引き寄せられ、一体化するように乗り移った。
すぐさま、銀河を飛び越えるような、高速で星々が流れていくようなイメージが流れ……最後には何も見えないほどの光に飲み込まれた。
そして、光が収まり……
見えた! キッテ!
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