092 終焉へのカウントダウン その2
「リヴニスの翼、行くぞ! 狙いは左の端だ! 一点突破で抜け切る!」
知将カリノスが号令をかける。
同時にヘレンとダールが駆けだして突破作戦が開始される。
まだ包囲が完成していないため、アースザインの左端には大型の盾を構える盾兵がいない。しかしながら、突破はさせまいとリヴニスの翼の進行を阻もうとする先頭の部隊が、剣を抜き放つ。
「あいさつ代わりのクルムをくらいなっ!」
まるでフリスビーのように赤いクルムを投擲するヘレン。
先ほど輸送車を襲った際の隊長や先日の家族を襲っていたアースザイン兵と同じく、その赤いクルムが敵兵を打ち倒す。そんな予定だった。
だが――
――どずぅぅぅん
突如降ってきた大岩が赤い一撃を防いだのだ。
「なんだっ!?」
岩は背後の崖上から落ちてきた。
何が起こったのかを確認する暇もなく――
「あ、あれは!」
崖の上にはおびただしい数の魔物がいた。
ゴブリンやオーク、そしてヘレンがいつぞや見かけた蛇の頭を持つ魔物。そしてその中でも一際大きく、巨大な4本腕を持つ魔物が。
「ちいっ、こんな時に! いや、考えようによっては好機ともとれる。行くぞみんな! やつらが現れたことで場が荒れる! 作戦に変更はない! 全軍突撃だ!」
頭上という致命的な場所を取られたとはいえ、相手は魔物。その行動原理は人間を殲滅して魔物の領域を増やす事だ。リヴニスの地の民も長年ひどい被害を出してきた。だが、それは人間の国であるアースザインとシーヴルも同じ。
ヘレンが見た戦場跡がそれを物語っている。
つまり、魔物の登場で手詰まりだった盤面に光が差したのだ。うまく魔物と奴らをぶつけることによって混乱が生じ、リヴニスの翼の生還率が上がるということだ。
「急いで!」
先頭を行くヘレンが唯一の抜け道を閉じられまいとアースザイン兵の前に立ちふさがり、後衛メンバーを先に行かせようとする。
だが――
――どずぅぅぅん、どずぅぅぅん、どずぅぅぅん
逃げ伸びる唯一の場所であった崖との隙間が、連続で落ちてきたいくつもの大岩で埋められる。
「ばかな! 奴らにそんな知能が」
逃走経路を塞ぐという行為。魔物たちにはこれまでそのような知的な行為は確認されていなかった。
「げぎゃっ、げぎゃっ!」
知能のかけらもなさそうな声を発する魔物たち。
それを象徴するかのように、積み上げた岩を伝って完全に有利なはずの崖上から地上に降りてくる奴らがいる。
木製の棍棒、石斧。魔物たちは原始的な武器を使う。人間の作った高性能な武器を奪って使ったりはしない。魔物にとっては武器や住居を含めた人間の痕跡自体が気に入らないものであり、この世から根絶するものなのだ。
魔物の領域では人間の痕跡は全くない。全て彼らに根絶されて自然のままに戻されたのだ。
それを自然と言うか歪と言うかは分からない。
そんな魔物達が敵意を持って襲い掛かってくる。
「応戦だ!」
逃げ道を塞がれたリヴニスの翼は、次の策を考えるにしろ目の前の魔物に対処せざるを得ない。
だが次の策の立案も簡単だろうとカリノスは考えた。
逃げ道を塞がれたとはいえ、崖から降りてきた魔物がアースザインに混乱をもたらす。その間を強行突破すればいいと。
だがカリノスの策は脆くも崩れ去った。
「な、なんなんだこいつら! なんで俺たちの方にばっかり来るんだ!」
岩を伝って降りてきた魔物どもはアースザインには襲い掛からずに、リヴニスの翼に向かって攻め込んできたのだ。
たちまち目の前が魔物の一団で覆いつくされる。
「おい、おいおいおいおいおい! どういう事なんだこれはよっ!!」
カリノスが声を荒らげる。
魔物と人間は相いれない。それが世界の理だった。
だが目の前の光景は違った。まるでお互いが仲間であるかのように振舞っている。
「もしかしてこいつらとも!」
「そうさ、野蛮人の頭よ。俺たちアースザイン帝国、そして海洋宗教国家シーヴル、そこの魔物たちは同盟を結んだのだ。目ざわりなお前らを皆殺しにした後、リヴニスの地を三分割するという盟約の元にな」
「ばっ! ばかなっ! 250年も争ってるんだぞ? 今更そんなことができるはずがないっ! ましてや魔物に話が通じるはずがあるわけないっ!」
「目の前の光景を信じることができないとは、しょせんは蛮族か。お前たちは知らんだろうが、魔物は知性のない集団ではない。背後には魔物を束ねるカリスマの存在がある。知恵ある存在、魔将が統率するれっきとした軍団なのだ」
「そ、そんな……」
「さて、今まで手を煩わされてきたがそれも今日でおしまいだ。誰一人として生かしておかん。ここにいるお前らも、そして、まだこそこそと隠れている山猿どももだ!」
「それは困るな。我々が欲しているのは命ある生贄。こやつらの武器や食料、財産はそなたらに渡すが、身柄は我々シーヴルいただく。そういう約束だ。それは三分割後も同じ」
「ふははは、そうであったなシーヴルの。一つ教えてやろう蛮族よ。三分割した後の魔物の地では何人も存在することは許されん。俺たちとて財産が無に帰るのは惜しいというもの。俺たちが支配する領域に逃げてくれば有効活用してやるぞ。おっとお前たちはここから生きては帰れないんだったな。仲間に伝えられなくて残念だったな。クハハハハ!」
「そこまでにしておくんだな。我々も暇ではない。早急に殲滅して計画を進めようではないか。シーヴル軍、攻撃開始だ!」
「坊主というのはせっかちなものだな。アースザイン軍、攻撃開始!」
号令によって何重にもからなる分厚い壁が前進してくる。
前も、横も、背後も、頭上ですら逃げ場はない。
「も、もうだめだ……」
リックが弱音を吐く。元々弱気な彼だが、この光景を見ては無理もない。
彼だけではない。豪快でいつも逆境を笑い飛ばしているダールでさえ、顔が引きつっているのだ。
「諦めるな!」
戦場の喧騒の中、鋭く通った女性の声。
「みんな諦めるな! 諦めたら何もできない! たとえかなわなくても最後まであがくんだ。あがいて、あがいて、あがいて。そうることで開ける道だってある!」
戦場の戦乙女。
皆を鼓舞するヘレンの姿はまさしくその通りだった。
お読みいただきありがとうございます。
今回のお話は次のその3で終わりとなります。
果たしてヘレン達リヴニスの翼はどうなってしまうのか。
次回をお楽しみに。




