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091 終焉へのカウントダウン その1

「カリノス! アースザインの補給部隊を見つけたぞ!」


 偵察に出ていたグモンは開口一番、興奮気味にそう言った。


 捕らわれたムスコー氏族の人たちを助けてから数日が経っている。

 ムスコー氏族の人たちはシーヴルに襲われた元々野営していた場所に戻るための食料を必要としていた。

 シーヴルは金品に興味を示さないので、そこに戻りつきさえすればクルムや生活用品がそのままの状態で残っているため生活再建は簡単であり、それまでの繋ぎとしてリヴニスの翼が保管している食料を分け与えていた。


 リヴニスの翼の食料事情は自給自足によるところも大きいが、それだけで賄えるわけでもなく、ちょくちょく見つけるアースザインの補給部隊を襲って賄っていた。

 それなりの頻度で補給部隊を襲っていたのが原因か、最近では警戒されてほとんど補給部隊をみかけることは無くなり、今のが久しぶりの発見報告だったのだ。


 食料不足の時に渡りに船。補給部隊の規模はいつも通りだが、護衛の数が増えているとのことだ。さすがにリヴニスの翼への警戒から警備を増員したのだろう。

 それゆえに後方待機の人員を除いてほぼすべての戦力を投入せざるを得ない状況だったが、皆の体調も万全。問題は空腹のみという状況で、するすると補給部隊を襲うことが決まった。


 ◆◆◆


「突撃ぃーっ!」


 カリノスの号令がかかる。

 軍容を整えて出発したリヴニスの翼は補給部隊の後方へと追いついていた。補給部隊の行先は分かっているが、待ち伏せするには時間が足りなかったため一気に襲い掛かることにしたのだ。


「来たぞ、野蛮人どもだ! 守備隊、後方へ! 馬車は先へ急がせろ!」


 補給部隊の指揮官が展開を伝える。

 そんな彼の頭部には高速で突っ込んできた赤色のクルムがぶち当たって、早々に戦線を離脱することになった。


「おりゃぁぁ! どうだ! 俺もヘレンに負けてらんないぜ!」


 血気盛んなラベ。ムスコー氏族の人たちを助けることができて心のつっかえもとれて絶好調のようだ。


「ふふふ、包丁も刃物なんですよ」


 おっとりした口調のニーヤ。料理当番であるが、前線にも出てくる女性だ。


「くそっ! 急げ!」


 補給車を引く馬に激しく鞭を入れて加速させる兵士。蛮族どもに貴重な物資を奪われるわけにはいかないと、なりふり構わず速度を上げる。


 逃げる補給部隊、追うリヴニスの翼。

 戦端が開かれて間もないが、早々に補給車を護衛する兵の大部分は倒れていて、残った兵が殿(しんがり)となって逃走を助けている。


「しまった!」


 先頭をひた走っていた補給車がカーブを曲がり切れずに道を外れてしまう。


 道なき道を進むのに馬車は適してはいない。そのため、無理やりにいくらか進んだところで車輪が破損して停止してしまった。


「もう逃げられんぞ。後ろは高い崖。前は俺たち。詰みだ」


「くっ!」


 カリノスの宣告に苦々しい表情を浮かべるアースザイン兵。

 馬車は壊れている。仮に移動できたとしても、彼らの背後は壁のように山が立ちはだかっている。


「隊長!」


 撤退か玉砕か、部下から選択を迫られる隊長。


 無駄な戦いをしてリヴニスの翼の戦力を減らしたくないカリノスは敵補給部隊の完全包囲は行わず、撤退が可能なように一部を開けている。

 優秀な指揮官であればこの段階で速やかな撤退に入るはずだ。


 だがこの隊長はそうではないらしい。

 明確な判断をせず、無言のまま武器を構えている。


 これまで襲った輸送隊の隊長は多勢に無勢だと判断すればすぐにでも荷物を放って逃走していった。その失態で隊長たちが次々と降格したことによって、能力の低い者が隊長へと昇格したのだろうか。


 (いや……違う。これは……)


 カリノスは違和感を覚える。

 そしてその変化を感じ取ったのか、隊長がニヤリと笑みを浮かべた。


「まさか! みんな!」


「今頃気づいてももう遅い」


 背後を振り返ったカリノスが見た光景。

 地平を埋め尽くすかのような黒い集団。

 横に長く縦に何重にも人の層が連なった分厚い壁のような行軍。


 そこにはアースザインの大部隊が向かってくる姿があったのだ。


「罠にはめられただと!?」


 (あれだけの大軍が近づいて来ればすぐに気づいたはずだ。気づかなかったということは、すでに近くに伏せてあったという事。つまりは俺たちを潰すために用意周到に準備された罠!)


「カリノス! どうするんだ!?」


「一点突破する! ヘレン、ダールを先頭に隊列を組みなおせ!」


 まだ完全に包囲されたわけではない。開いている方角にクルムで一点突破を図れば逃走は図れる。そう判断したのだ。


 リヴニスの翼は統制のとれた組織。指揮官であるカリノスの指示により、速やかに撤退の準備が完了する。


「行くぞっ!」


「待ってカリノス! あれを見てくれ! あそこ!」


 今にも突撃しようとした時の事だった。

 目のいいグモンがアースザインの兵のさらに奥に何かを見つけた。


 カリノスは双眼鏡でその正体を探る。


「あれは、シーヴルか! 天は俺たちに味方した! 突撃は中止だ、隊列は維持したまま待機だ!」


 後方からやってきたのはシーヴルの僧兵、それもアースザインと同じくらいの大規模部隊だ。リヴニスの地の覇を争うアースザインとシーヴル。その二つがぶつかれば、間違いなく包囲にほころびが生じる。そこを突いて突破すれば簡単に包囲を抜けることができるだろう。


 アースザインの大部隊がシーヴルの大部隊に気づく。

 背後から襲撃を受ければひとたまりもないため、隊列を逆転させて後方に守備の強い兵を配置しなくてはならない。

 カリノスは突撃のタイミングを計るため、その動きを見極めようとする。


「いいな、タイミングを見計らう。俺の指示を聞き逃すなよ!」


 リヴニスの翼メンバーはいつでも動ける体勢でカリノスの指示を待つ。

 混戦になった段階で逃走してもいいし、アースザインを攻めてもいい。アースザインはリヴニスの翼とシーヴルに挟まれた形になっている。つまりは挟み撃ちができる。

 戦場の混乱は取れる戦術の幅を広げてくれる。そういうわけでシーヴルの登場は願ってもない好都合なのだ。


 だが――


「カリノス、あれ、どういう事なんだ!?」


 ヘレンが声を上げる。


 一触即発。大規模な戦闘が始まる直前のはずだったのだが、アースザインは反転して後方の防御力を上げることをしなかった。

 それどころか――


「向かってくる!?」


 シーヴルの行軍を妨げないように、アースザインが部隊を横移動させたのだ。


「ばっ、馬鹿な!」


 水と油。混ざり合わないはずの両軍は争うことなく横並びとなり、一糸乱れぬ行軍でリヴニスの翼の目の前までやってきたのだ。


「アースザインとシーヴルが手を組んだだと!?」


 もはや疑う余地もない。仲良く並んだ両軍は、リヴニスの翼に向けて武器を向けているのだ。


 (アースザインだけでも余裕で俺たちを殲滅できる軍用だというのに、そこにシーヴルが加わるだと!? ふざけるな!)


「カリノス! まだだ。まだ包囲は完成してない! あそこ!」


 ヘレンが包囲のほころびを見つける。

 アースザインは正面やや左よりに位置しており、その右側を隙間なく詰めているのがシーヴルの軍。だがその逆、アースザイン軍のさらに左側、リヴニスの翼が背後に背負う崖ぞいの先はまだ包囲が完成していなかった。

お読みいただきありがとうございます。

皆さまきっと思ってるはずです。アトリエできゃっきゃウフフする錬金術師のお話だったのでは、と。

作者も思っています。

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