009 第1話 今より少しだけ未来の話 その9
「ご先祖様の本が光ってる! まさか!」
幼いころ、キッテはご両親からこの本と共に偉大なご先祖様、テレッサの功績を伝えられた。
『有名じゃなかったけど、あまり表舞台には立たなかったけど、ご先祖様は沢山の人を笑顔にしてきたんだ』
キッテはいつもそう言っていた。
テレッサの名前は公の資料にほとんど出てこない。
現在の錬金術をはるかに超えた技術と知識を持つ錬金術師だったにもかかわらずだ。
その理由は、自らの錬金術を歴史に影響力のあるお金持ちではなく、お金を持たないがゆえに困っている多くの人々のために使い続けたからだ。
そんな偉大な錬金術師だった彼女みたいになりたいと、キッテも錬金術師の道を進み始めたのだ。
「ぐえちゃん、これ見て!」
キッテは淡く光る本の中でも一際輝きの強いページを開く。
そのページには、これまで記載されていなかった内容が浮かび上がっていたのだ。
「すごい……これ……」
キッテが文字に目を通していく。
その目は真剣そのもの。錬金術を学ぶときのキッテの目だ。
世界はその上だけにしかない。それほどの集中力を見せるキッテ。
「これなら……これならやれるよ!」
「ぐえ!」
キラキラとしていて、それでいて力強い目。
そんな目をしたキッテに俺は返事を返した。
テレッサ大百科。ご先祖様の本はそう呼ばれてきた。
偉大なる錬金術師テレッサ・シャルルベルンが生涯の研究を記したとされる本。
シャルルベルンの錬金術師たちは何世代にも渡りこの本に隠された謎を解こうとしてきた。
なぜならこの本は最初の数ページしか記載が無かったのだ。
あとは真っ白なページが続いているが、執筆途中とは到底思えない。何か仕掛けがあるはずだとして。
今、その白いページに浮かび上がった内容。それは紛れもなくテレッサの功績の一部。
どういう原理かは分からないが、ご先祖様の英知の一つがキッテに受け継がれたのだ。
「そうとなったら、行くよ、ぐえちゃん!」
◆◆◆
――トッテーモアーク商事、ゼノシュレーゲン本店 悪趣味な社長室
「社長、定期報告です。キーティアナはチュラカランの鱗を手に入れるため、冒険者を雇って旅立ちました」
髪の毛を短めに刈り上げたサングラスの黒服の男。
何人もいる同じような風貌の男の一人が社長室にやってくると、淀みない所作で報告を行った。
「チュラカランの鱗ぉ~? なんでそんなものを。いや、そうかそうか、ポーション作成を諦めて違う依頼をこなそうというのか。あっはっは、見切りが早いな、若いのにあっぱれな奴よ。泣いて許しを請いにこなかったのは残念だが、まあよいわ。買い占めたポーションと素材で市場ではポーションの値が上がるだろう。そこで売りつければわが社の利益はがっぽがっぽよ。
おい、集めた素材でのポーション作成を忘れるなよ。金の生る木なんだから大切にな、がっはっは!」
いつになく下品な笑顔で社長は高らかに笑い続けていた。