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089 ムスコー氏族を救え! VS海洋宗教国家シーヴル(前編)

「シーヴルのやつらは30人程度か……」


 1級河川並みの大きな川。そのほとりの河原。

 そこには捕らわれたムスコー氏族と、彼らを移送するシーヴルの一団が陣取っている。


 カリノスらリヴニスの翼はそこから離れた森の中に潜み、状況を探っているのだ。


「俺たちにやれるのかな……」


 リックが弱気な発言をする。


「馬鹿野郎、そんな弱気でどうする。俺たちが救わねえといけねえんだ。リヴニスの地は俺たちが守るって決めただろ!」


 血気盛んなダール。


「ダール、静かにしろ。気づかれる」


「す、すまんカリノス」


「いいかリック。勝つためには作戦が必要だ。作戦には情報が必要だ。だから今俺はここにいる。俺を信じてじっと待て」


「わ、分かったよカリノス」


「カリノス、あたしにも見せて」


 草むらの中から望遠鏡で敵の配置を探るカリノスに、次は自分だぞと言うヘレン。


「ちょっと待てヘレン。あまり揺らすな、気づかれる。あれは……アースザインの兵も何人か捕まってる。それに……魔物も捕まってやがる」


「生き物なら何でもありか! 俺たちを人だと思ってやがらねえ!」


 憤りを隠せないメンバーたち。


 ムスコー氏族の人、アースザイン兵、魔物、と別々に分けて檻に捕らえているのは、せっかくの生贄の数が殺し合いによって減らないようにする理由からだ。シーヴルにとっては皆等しく生贄なのである。


「カリノス!」


 早く見せろ、と言うヘレンに、カリノスは渋々持っていた望遠鏡を手渡す。


 がさりと外側の茂みに顔を突っ込んで望遠鏡を見るヘレン。

 茂みからは尻だけが出ていて、これから大戦(おおいくさ)だというのに、男たちの視線はそこに集まる。


「いた。ムスコー氏族の人たち。……奥にあるのがアースザインのやつらが捕まってる檻か。どうする?」


「え、あ、ああ」


 一点に集中していたためにカリノスの返事はおざなりとなってしまうが、すぐさま意識を作戦に戻す。


「シーヴルの奴らがアースザインと敵対しているように、俺たちもアースザインと敵対している。答えるまでもなかろうよ」


 そもそもムスコー氏族の人たちを助けるだけでも手いっぱいだ。それに、うまく救出が成功した後、生贄として魔物やアースザインが残っていればこちらへの追撃が弱まるのではないかという算段もカリノスの中にはあった。


「カリノス、30人くらいなら奇襲すればなんとかならないか?」


 後ろからの声。


「奇襲といっても闇雲に攻めるのは悪手だぞダール。シーヴルの奴らが人を殺さないとはいえ、人質にされることは考えられる」


「どういうことだ?」


()()()()()()()()生贄として使い物になるってことだよ。

 さて、俺たちは15人。一人が二人を倒せばいい計算だが……作戦を伝える」


 ◆◆◆


 ターゲットは川を背にした河原に陣取っている。河原は広くて見通しがよいが、森とつながっていて、森にはここまで人々を運んできた道が通っている。

 捕まった人たちは車輪付きの金属の檻に捕まっていて、カギを開けなければ救出はできない。


 カリノスの作戦は、まず風上から起こした煙で河原の視界を悪くし、突撃と同時にヘレンが何人かを石で狙撃。その後、混乱に乗じて指揮官を倒し、カギを奪ってみんなを脱出させて逃走するというものだ。


「煙と言っても、濃霧と変わらないものを作り出せる。このカリノスならな!」


 大仰なことを言っているが、使うのは森でとれるヴィーハンの枯れ葉と光石と呼ばれているコルクト硬岩の砕片、それにニワの木の樹液。

 燃えると通常の木の葉よりも高温となるヴィーハンの枯れ葉を使って樹液と混合したコルクト硬岩をを熱することで、融点の下がったコルクト硬岩が解けて樹液と反応した結果、霧のような煙を発生させるのだ。


 他のメンバーと違ってカリノスはビエンゾーンという家名を名乗っている。彼の家は250年前から続くクルム製造技術を受け継ぐクルム技師一家で、この地と鉄と暴力の蔓延るリヴニスの地に残る数少ないリヴニス王国滅亡前の知識を伝える集団だ。

 とはいえ、多くの伝承は失われていて今やクルムを作れるほどの人材はいなかった。だがそこにこのカリノスが生まれたのだ。


 カリノスはクルムに精通しているだけではなく、失われた技術である錬金術についても聞きかじっている。素材収集が不可能になったものが多い中、日常的に採取できる素材なら彼の頭脳で生かすことができるというわけだ。


 有言実行により、河原が煙に包まれる。

 ここからは静かに。皆が無言で目で合図しあい、うなづく。


「霧か?」


 事情を知らないシーヴルの僧兵。彼は気づかぬ間に地面に倒れていた。

 ヘレンの石をくらったのだ。


「おい、どうした、何があった?」


 倒れた僧兵に気づいた他の僧兵。だが、そこはもう戦場だ。


「うおおおおお!」


 なだれ込んできたリヴニスの翼メンバーによって、強力な一撃を身に受けた。


 ◆◆◆


「このっ! リヴニスの野蛮人どもめ! シビレイア神の供物となれ!」


 煙による混乱に乗じた奇襲は成果を上げたが、それも一時のもの。広い場所であり風も吹きこむため、煙の効果は時間と共に薄れてくる。そうなれば後は地力の勝負となる。


 運よく不意打ちを逃れた僧兵の持つ金属の棒が、太陽からの光に照らされてギラリと鈍く光る。


「ひぃぃぃぃ!」


 ちょうどターゲットとして見つかったへっぴり腰のリック。剣は持っているものの、および腰で今から殺し合いをしようと言う姿ではない。


「ちぇあぁぁぁぁっ!」


 僧兵は昆を握る手に力を入れると、渾身の突きを繰り出す。刃物ではないとはいえ防具のない場所に当たれば肉は千切れ飛び、防具があったとしてもすさまじい衝撃で十日は立てなくなるだろう。


「ぐあっ!」


 悲鳴はリックのものではない。


「大丈夫かリック!」


「あ、ああ。ありがとうスマールド」


 昆がリックの胸を突く寸前。背後からリヴニスの翼メンバーであるスマールドが僧兵の背を撃ったのだ。


「一人で戦おうとするな。二人で挟み込んでやるぞ」


「ああ!」


 あちこちで乱戦が始まる。

 最初の奇襲で倒せたのは10名ほど。あとの敵は力技で何とかするしかない。

 だけどリヴニスの翼にはこの人がいる。


「ぎゃっ!」


「そらよっ!」


「ぐふっ!」


 あえて目立つように正面から戦いに参加したヘレン。目論見通り、複数人の僧兵に囲まれたのだが、突きを繰り出してきた僧兵の昆に足を合わせ先端を豪快に蹴り込むと、威力に負けた僧兵の昆は手から抜け、逆に主を穿ってまず一人。こっ、このっ! と言って向かってきた僧兵の昆を、バク転で回避し、地面に手を突くと、腕をばねのようにして跳ね、僧兵の顔面に蹴りを入れて二人目。


「ほらほら、どうしたんだい? 生きのいい生贄だよ? あんたらの神、なんだっけ、痺れるさん? に捧げるんじゃなかったのかい?」


 ちょいちょいと、指でかかってきなポーズをして挑発すると――


「我らが神を、シビレイア神を馬鹿にするなぁぁぁぁっ!」


 簡単に釣れた僧兵が解説の間もなく倒れて三人目となった。


「ほう。野蛮人の割にはなかなか使うではないか」


 倒れた僧兵たちの後ろから新手がやってくる。倒れた雑魚たちの僧服は白。だがこの男、手練れ感を漂わせる男の僧服は水色。おそらく指揮官級だとヘレンも感じ取った。


「次はアンタが相手かい? 悪いが時間が無くてね。今からここの一番偉いサンを倒さないといけなくてね」


「なら手間が省けてよかったな。私がここの指揮官、すなわち司祭であるシャラダーリンだ」


「へぇ。ほんと手間が省けたよ。鍛えてはいそうだけど、大したことはなさそうだ。さっさと無力化して降伏してもらおうかねぇ」


「野蛮人にしてはいい見立てだ。鍛え上げた俺の神拳技もお前には通じなさそうだ」


「なんだ、負けを認めるのかい? じゃあさっさと降伏しな」


「降伏ぅ? 何か勘違いしているようだな。我々シーヴル教徒には神のご加護が与えられる。中でも司祭級には神術が授けられるのだ」


 シャラダーリンの後ろに付き従っていた僧兵がすっと前に出る。


「僧兵ナスターシバよ。神の自愛、神の恩寵を受け、魂となりて永遠に神に尽くすのだ」


「お役目拝命しました。神よ、今、天へと上ります。シビレイア・スム・サバレターニア!」


 何が行われるのかと見届けていたヘレンの目の前で、ナスターシバという僧兵の口の中から青白いもやのようなものが溢れ出す。

 それを司祭シャラダーリンが吸い込んでいく。

 今後に備えて相手の手の内を見ておこうと考えていたが、おぞましい雰囲気に考えを変え、すぐにでもその行為を止めようとしたが……すでに遅かった。


 青白いもやを吸い尽くされた僧兵ナスターシバはドサリと地面に倒れる。死んだのか気を失っているのか。それも気になったが今はそれどころではない。


「ふはははは、はーっはっははははは」


「うそ? なにそれ」


 ヘレンは目を疑った。目の前の男、シャラダーリンがぐぐっと大きくなっていき、拡大されたかのようにそのまま大きさが何倍にもなったのだ。

 筋肉が盛り上がるとか、異形の姿になるとか、そういった類の肥大化ではない。

 まさしく巨大化。そのままの姿で20mはあろうかという身長になったのだ。


「これぞシビレイア神の奇跡。さあ、蛮族よ、神にひれ伏せ!」


 大きな足が振り上げられると、巻き上げられた土が頭上から落ちてくる。そこからの攻撃は見え見えであるとはいえ、これだけの巨体だという事を加味すると回避一択となる。


 ――ズウゥゥン


 体に響くような重い振動。

 踏みつぶそうと下ろされた足を回避するために宙に跳んだヘレンだが、それでも地面からの強い反動を感じた。


 ズン、ズン、ズン、とアリでも踏みつぶすかのように連続して踏みつぶし攻撃が来る。

 巨大であるとはいえ、動きが鈍いわけではない。等身大の人間のように素早い踏みの前にヘレンは回避に手いっぱい。


「あたしは虫けらだってのかい! あったまきた!」


 ヘレンは振り下ろされた足の裏をキッとにらみつけると――


「でやああああっ!」


「ぬうっ!」


 力を込めた脚を振り上げ、落ちてくる巨像のような足を蹴り上げたのだ。

 そのまま踏みつぶせると高をくくっていたシャラダーリンは衝撃を感じてたたらを踏む。


「小癪な!」


 踏みつぶしでは効果が薄いと判断したシャラダーリンの次の手は、手で握りつぶすこと。

 巨大な手のひらがヘレンをつかもうと襲ってくる。


 ヘレンはちらりと周囲の様子をうかがう。指揮官であるシャラダーリンをヘレンが押さえているため、他の場所は優勢。あとはこのまま時間を稼いでいればいい。


 先ほどの足の裏のように蹴って回避ルートを作ろうとしたが、インパクトの瞬間スッと手を下げられたため、蹴りは空を切る。

 同時にもう片方の手が背中から迫るので、空に跳ねて回避すると、その動きの一部始終を上から見下ろしていたシャラダーリンは、宙を舞っているため動けないヘレンに巨大な平手打ちを放つ。


 ガードしたとはいえ、踏ん張るものも衝撃を逃がすものもない空中。物理法則には逆らえずに吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられた。


「こんんのおぉぉぉ!」


 それでやられるヘレンではない。地面と接触する際にうまく受け身を取り、有り余るほどの巨大な運動エネルギーを転がりながら逃がし続けて行った。


 ――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……


 転がりながら森の中へと消えて行ったヘレンの声が途切れる。


「さすがの暴力蛮族もシビレイア神の前に沈黙したか。さて、残りの掃除をするとするか」


 煙もすっかり晴れ、高所からでは戦況が丸見えとなっている。指揮官としてこの上ない状態。

 自身が率いるシーヴル狩贄隊は半ば壊滅していた。35人の隊員はすでに8人ほどとなっており、今にも全滅しそうになっている。


 ズシンと方向を変えて、ふがいない信徒たちを助けに向かおうとするが――


「!?」


 後方から得体のしれない恐怖を感じたため、反射的にその正体を探ろうと振り返る。


「でかくなっても急所は変わんないでしょ!」


「ぐばあっ!」


 視界に入ったのは先ほど遠くまで吹っ飛ばしたはずの小娘。なにやら赤いものに乗って自らの方へと飛んできたかと思った瞬間、みぞおちに衝撃を受けたのだ。


 運動エネルギーの衝撃を殺し終えたヘレンは、自らの赤いクルムを力いっぱいシャラダーリンへと投げ、そして高速で飛翔するそれ以上の跳躍力で投げたクルムの上に乗ったのだ。

 我々は同じようなものを目にしたことがある。石の柱を放り投げてその上に乗ることで移動する暗殺者、木兆・臼・臼を。


「それっ!」


 みぞおちに刺さったクルムから跳躍し、人間の急所の一つである顎を思いっきり蹴り上げる。巨大な的なので狙いすます必要もない。

 力いっぱい、全力で、蹴り上げるのみ!


 ――ドウッッッ


 戦場に響き渡るほどの大きな音。

 次いで、白目をむいたシャラダーリンが地面に倒れ込む音が聞こえたのだった。


「おおっ! ヘレンがやったぞ!」

「さすがはヘレンだ! 俺たちの女神!」

「さすがヘレンちゃん、結婚しよっ!」

「何言ってんだニーヤ、お前は女だろ、俺がヘレンと結婚するんだ!」


 喝采を浴びるヘレン。


「馬鹿言ってないで、早く捕まってるムスコー氏族の人たちを! って、あれは!」


「どうしたーヘレン?」


「みんな急いで! 船だ! 船が上がってくる!」


 勢いで宙にいたヘレンは川下から上ってくる敵の大型船の姿を見つけていた。

お読みいただきありがとうございます。

後半へ続きます。

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