083 生き延びるための力
「これが不死鳥の灰……」
灰色のサラサラした粉。羽の燃え残りも無く完全に燃え尽きていて綺麗な灰色だ。
キッテがそれを袋に詰めていき、袋の口を閉じようとした時の事。
ガサリと音を立てて、物陰から二人のハーピーの女の子が現れた。
「あなた……」
あまり見分けはつかないけど似ている二人。姉と妹なのだろうか。
でも、今それよりも重要なことは、小さなほうが血まみれだという事。
キッテの目もそれを捉えている。
「ぐええ……」
あの傷は刃物の傷じゃない。爪や牙なんかの鈍く尖ったものでできた傷だ。それと、よく見ると片方の羽がボロボロだ。ここまではなんとか空を飛んできたのだろうが、酷使したせいか、ハラハラと羽が抜け落ちている。
「ソレヲヨコセ」
大きな子のほうが口を開いた。
ハーピーは知能ある種族。会話もできるし意思疎通が可能なので、驚きはしない。
「それって? この灰のこと?」
キッテが手に持っている灰を詰めた袋を前に出すと、ハーピーの視線がそれに追従する。
「ソウダ。ソレガアレバ イモウトハ タスカル」
不死鳥の灰の事を知ってる? 俺たちには伝説級のアイテムだけど、地元民にとっては日常的なものなのかもしれない。傷を癒すための温泉の湯治的な。
でも、こちらもようやく不死鳥の灰を手に入れたところだ。簡単には渡せないし、それに、灰を使わなくてもキッテのポーションのほうがよく効くはずだ。
「いいよ。使って」
えっ!?
耳を疑うセリフが聞こえたと思ったら、相手を刺激しないように配慮したキッテは灰の入った袋をお互いの中間地点に置いたのだ。
「ぐえっ!」
キッテ、どういうことだよ、ポーションじゃないのか?
苦労してようやく手に入れた灰なんだぞ?
「……」
キッテは俺の問いには答えてくれない。ただじっと姉ハーピーの様子を見つめているだけ。
そんなキッテの様子を警戒しながら姉ハーピーはゆっくりと灰の袋に近寄ると、ぐいっとつかみ取って後ずさる。
そして血まみれの妹ハーピーの元に戻ると、空を舞うようにしながら灰を振りかけ始めた。
「ぐえ……」
キッテ……。
「いいんだよぐえちゃん。傷を治そうにも、あの子はたぶん私のポーションは受け付けてくれなかった。それにね、あの傷はきっと同族から受けたものだよ。仲間意識の強いはずのハーピーが仲間から受けた傷。だから傷を治してもまた同じことが起こる……」
だったら……どうして灰を……
「だからあの子には不死鳥の灰が必要なんだ。ほら、見て」
キッテの視線の先。きらきらと日の光を反射して煌めく灰と、それを浴びた小さなハーピー。
彼女の姿が虹色に輝いたかと思うと、瞬く間に傷が治っていき……それだけではなく羽の色が茶褐色から真紅へと変化していく。
まるでショーのような出来事が終わると、小さかった妹ハーピーは姉と同じくらいの背丈になっていたのだ。
「ぐええ?」
進化、した?
「うん。本で読んだことがあるんだ。ハーピーは不死鳥の灰でスカイピュアに進化するって。
彼女たちはもう群れには戻れなかったんだよ。だから二人で生きて行かなきゃならなかった……」
そうか。だからポーションじゃなくて灰を。生き延びられるだけの力をつけさせたんだな。
進化した妹の周りをクリクリと回っている姉。
そして、二人はそのまま飛び去っていく。
ふと隣にいるキッテの顔を見る。
その目は愛おしいものを見るように自愛を湛え、その顔は満足げな表情を浮かべていた。
困ってる人や悲しんでいる人、そんな人たちの助けになるのが錬金術で、私はそんな人たちを幸せにするために錬金術師になったんだから。とキッテはよく言っている。
こういう表情を浮かべている時はきっとそう言うはずなのを俺は知っている。
「ごめんねぐえちゃん。ぐえちゃんが苦労して手に入れた灰を渡しちゃって」
そんなことを俺が考えているのを知ってか知らぬか、キッテが口を開いた。
「でも、どうしても助けてあげたかったんだ。だってそれが私の目指す錬金術師の姿だから」
ニーっと口角を釣り上げた笑顔を見せてくれるキッテ。
改めて言葉にしてくれなくても分かってるよ。
大きくなったな。
そうして俺たちは再び、飛び去る二人の姿を見送った。
そんな後の事。
俺たちは一息つくために、崖上に鎮座する大きな岩の上にちょこんと座っていた。
「ふいーっ。灰はなくなっちゃったけど、でもまあ実物が存在するってことは分かったし、さっき転生したオス鳥がいるからまた取れるね」
またあのオスはフラれることになるのか……
今度は俺じゃなくて似たような鳥にやらせてくれよな。
さてさて。振り出しに戻る、なんだけど、リビルジェン・メタルジアを作るには【不死鳥の灰】の他にも【悟りの気配】と、さらには謎の素材が必要なんだよな。
仮に不死鳥の灰を手に入れていたとしても、謎の素材が何なのか分からないことには先に進むことはできない。
「私ね、なんとなくそれ、分かる気がするの。素材の正体っていうか、作り方っていうか……なんか、もうちょっとなんだけど……。こう……もうちょっとで出てきそうなんだけど……」
ひらめきってやつか?
今回の冒険でまた成長したのかもしれないな。テレッサ大百科の新しいページが読めるかどうか試してみようぜ?
「うむむむむーっ、むうむうむう」
開いたテレッサ大百科を頭の上に乗せて、うんうんと唸っているキッテ。
たぶん大百科に念を送っているつもりなんだろうが、大百科はうんともすんとも言わない。そうそう都合よくはいかないか。
「だめだーっ!」
テレッサ大百科を頭からどけて、うーん、と大きく手を振りあげて伸びをするキッテ。
――ヒュンッッ
風を切るような音が聞こえた。
そう思った瞬間――
「ぐええっ!!」
俺の体に何かが巻き付いていたのだ。
「ぐえちゃんっ!!」
キッテの姿が下へと下がっていく。
いったいなんなんだこれは!
俺の体に巻き付いているのは、まるで触手のようなもの。それは俺たちが座っていた岩の背後の崖から伸びていて、俺ともう一つ、キッテが持っていたテレッサ大百科を奪い取ってがんじがらめにしている。
ふらふらとうごめく触手。その揺れに合わせて俺の体も空で揺れる。
いざとなったら飛べるとはいえ、体が崖の上にあるのが落ち着かない。
「ようやく油断したわね」
俺とキッテ以外の声。
どこからだ!?
お読みいただきありがとうございます。
謎の声と触手。いったい何者なのか!
不死鳥の灰を巡る冒険は佳境へ!




