076 アルバイト募集中!
図書館から帰る途中のこと。
「あれ? なんの列だろう。新しいカフェでもオープンしたのかな」
アトリエに向かっている俺たちの前に、町人たちの長蛇の列が現れたのだ。
「ぐえぇ」
アトリエの近くにカフェか。これだけの集客力があればついでにアトリエにも寄ってくれるお客さんが増えるかもな。
「どんなカフェなのか見て行こうよ! 豆腐を使ったスイーツとかあったらダーニャが絶対喜ぶよ!」
タタタと駆け出すキッテ。
そんなに急ぐと危ないぞ。コケるかもしれないし。
先を進むキッテが列の並びに沿って角を曲がる。
そっちはアトリエのほうだな。そんなご近所にオープン予定のカフェなんかあったっけなぁ。
「ええーっ!」
角を曲がった先。そこからキッテの素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「みんな、うちのアトリエのお客さん!?」
あぁ、なるほどな。うちの客だったのか。
「お、キッテが帰ってきたぞ!」
「キッテちゃん、早く早く」
「わしゃ、この日を待ち望んどった。腰が痛くてのう」
キッテの姿を見つけた客たちが次々と語りかけてくる。
レグニアとの闘いのためアトリエはしばらく閉めていた。帰ってきてからも俺のための魔法道具作りのために閉めていたわけで、今日が久しぶりのオープン日なのだ。
つまりは、常連さんを含めたお客さんにとっては久しぶりのキッテのアトリエとなり、溜りに溜ったお客さんがこれだけ並んだのも説明が付く。
「ご、ごめんなさーい!」
開店時間までに戻ればいいだろうと思って余裕しゃくしゃくで図書館を後にしたけど、こりゃ急いで開けないといけないな。
そんなこんなで急いでアトリエを開店し、並んだお客さんの怒涛の列をさばききった夕方のこと。
「はふぅ、疲れたぁ」
休憩も取らずに働きづめだったキッテがカウンターに突っ伏した。
お疲れキッテ。
俺はふよふよと浮いてカウンター奥のドアから生活スペースに入ると、ものを冷やしておく魔法道具の中からヤカンを取り出して、両手でぐいっと持ち上げる。
よろよろと食器棚の近くまで飛び、ヤカンを置き、食器棚からキッテのコップを取り出すと取っ手を尻尾に通し、ふたたび両手でヤカンを持ってふよふよと、キッテのもとに戻って行く。
カウンターに突っ伏したまま無言のキッテの横に、尻尾を垂らして、ことりとコップを置き、手に持った重いヤカンから冷えたお茶をコップに注いでいく。
「ぐえっ」
「ううう、ありがとうぐえちゃん」
ぎぎぎと伸ばしたキッテの手がカップをつかみ、ぐいっと一気に中身を飲み干した。
「ぷはーっ! お茶美味しい!」
おっさんみたいなことを言ってるが、労働の後だし多めにみるとしよう。
「ぐえぐえ」
しっかし、久しぶりのオープンだとは言え結構な客が来たな。さすがに毎日こうだとは思わないけど、こんな状態じゃあ調べものとか材料の調達とかのために休業にできないんじゃないのか?
「うーん。そうだよねぇ。私とぐえちゃんだけじゃアトリエを開けてるだけで手いっぱいだもんね。開けてるってことは店に置く品物とか作らないといけないし。そうなってくるとリビルジェン・メタルジアを作るなんて夢のまた夢だぁ」
大きく腕を伸ばして体を逸らしたかと思うと、ふたたびバタリとカウンターに突っ伏してしまった。
ほら、留守中に溜ってたチラシ。いるものといらないものとわけないと。
「あともーちょっとだけきゅーけーしたいー」
先に終わらせてしまってゆっくりしようぜ。俺も手伝うからさ。
「あーい。なになに、チラキナ草、安く仕入れます。いらない。新米錬金術師強化合宿? えっと、回復薬取扱認可協会主催? これ詐欺チラシじゃない? これもいらない。 新聞配達アルバイト募集。って、チラシ入れるところまちがってるんじゃ?」
アルバイトか。なるほど。
俺たちだけではアトリエを回しきれない。それは嬉しい悲鳴ではあるものの、このままでは前に進めない。
となると、人を増やすしかないのではなかろうか。
「うーん。大人気アトリエの運営ってなると、ふつうは弟子にやらせるもんなんだよね。師匠は品物を作って、弟子が店番をする。だけど、私は新米錬金術師だから弟子なんていないし。となったら誰かを雇うしかないんだけど……」
だよなぁ。お客さんは結構来てくれるとはいえ、人を雇うとなると懐が火の車になりそうだ。
「そうそう。だからお給金はどうしても安くなっちゃうんだよね。そんなんで本当に働きに来てくれるのかなぁ」
まあダメもとでやってみるしかないんじゃないか? このままじゃあどうにもならないんだし。
「そうだね! そうと決まったらチラシ作るよ!」
◆◆◆
俺たちは作成したチラシを王都中に配った。回復薬取扱認可協会や冒険者ギルドの掲示板、町医者アードン先生の病院や、リタさんの酒場にもチラシを張ってもらい、広報活動を行った。
そして面接当日――
「ぶひひ、キッテちゃんのアトリエで働けるなんて夢のようぶひ」
「あー、面接ってかったるい。もう帰っていい?」
「あんじゃって? あたしゃ耳が遠くてのう。あぁ、あれかい、じいさんとの馴れ初めはのう」
髪はボサボサで見るからに太っていて不健康そうな男性。すごくやる気のなさそうな女子。耳が遠くてよぼよぼの老婆。
この3名が応募に応じたというわけだ。
初見で悪いが、全員アルバイトには向いてなさそう。
とはいえ、来てもらって面接もせずに落とすのは道理に反する。面接はやるぞ、キッテ。
「え、うん。そ、それでは採用面接を始めますね。おひとりづつ、お名前と志望動機、特技を教えてください。それではそちらの方から」
「ぶひっ! アナルド・ネッガイ、25歳だぶひ。可愛い可愛いキッテちゃんと一緒に働けると思ったら、いてもたってもいられなくってやってきたぶひ。特技は肺活量だぶひ」
「は、肺活量?」
「そうぶひ。こうやって、すーーーーーーーーーーーーーっ! とすごく吸えるぶひ。特技の肺活量でキッテちゃんの匂いを残さず吸い尽くすぶひ」
「ぐえええええっ!」
はい、結構です! そこまで! あなたは鼻にこれ詰めといてね。すごくツーンとするやつ塗ってあるから!
「つ、次のかた!」
「あーし? あーしはピナ。働くのってめんどくさいけど、親がうるさいから。特技なんてない。あの、もう帰っていい?」
一番まともそうに見えた女子はそもそも働く気が無かった。
「次の方?」
「え、なんじゃって?」
「自己紹介どうぞ」
「はぁ? 闇鍋じゃって?」
「じ、こ、しょ、う、か、い、ど、う、ぞっ!」
「ああ、お見合いね。あたしゃローバーっていうんじゃ。としは、いくつじゃったかいのう。そもそも乙女に年齢をきくもんじゃないぞな。あとなんじゃったかいな、そうそう、特技じゃったな。特技はとっておきのがあるねぇ」
「とっておき?」
「はぁ? なんじゃって? 味噌スープ?」
「と、って、おき、って、なんですかぁぁぁぁ!」
「おぉ、そうじゃった。あたしゃ、耳コピが得意でのう。この耳で聞いたものならどんな音楽じゃってほら貝で吹いてきたもんじゃ」
だめだこりゃ。いろいろだめだが、まず特技が成立していないよ!
「ぐえっ!」
不採用! はいみなさん不採用!
家に帰ってから不採用になった理由は考えてね!
お給金が低いという最大の待遇の悪さが影響したせいで、ろくな人材がこなかった。再募集しても同じ結果になるだろう。
問題は山詰みだ!
お読みいただきありがとうございます。
人を雇うのって大変なのだ!




