073 棺大戦
『どうして? あなたには分からないわ。テレッサの後継者となるべくして生まれたあなたにはね』
「ど、どういうこと?」
「バルザック、あなた、まさか!」
『ええ、マザー、私は知ってしまったの。あの日。
偉大なご先祖様のようになりたい。そう思って日々錬金術の勉強に打ち込んでいた私は才能があった。私のたぐいまれなる才能はシャルルベルンの歴史の中でも飛びぬけていて、テレッサ大百科を読める程のものだった。自分こそ偉大なご先祖様の再来だって思うくらいにね。
だから当主になるのも当然だと思っていたわ。だけど違った。
リヴニス歴235年蒼竜の月11日に生まれた一族の者、テレッサの再来なり。キーティアナと名付けるべし。
代々当主だけに受け継がれてきた情報の一つよね。おかあさん』
「何故それを……」
『テレッサ大百科が教えてくれたわ。
信じたくはなかった。だけど、妹が生まれた。そしてキーティアナと名付けられた。
早くに生まれた私は出来損ないだった。
そして……それを知った私は錬金術師をやめたの』
「だけど! あなたは私たちの大切な娘よ!」
『そうだとしても。私のプライドが許さないわ。私より劣った妹の……ただ、誕生日がその日だっただけでテレッサの再来と言われる妹の事がね!』
「おねえちゃん……」
『憎くて憎くてしかたがなかったわよ、キッテ!
あなたが何をしてるのか、逐一調べていたわ。あなたは気づかなかったでしょうが、漫遊のお土産と偽って送っていたスパイ魔法道具の数々でね。
そして私はレグニアと、リィンザーと出会った。この人に憎しみを晴らす方法を教えてもらったのよ。
それこそがシャルルベルン家の秘伝、マグナ・ヴィンエッタの破壊!
そしてそれはもうすぐ成就される。六芒星によって増幅された魔力がマグナ・ヴィンエッタの術式を書き換えて、人々の洗脳を解く。そして最後にはドカンと爆発して跡形もなくなるの。アハハハハハッ』
高らかと、まるで吹っ切れたかのように笑うバザーお姉ちゃん。
『まあそういうわけだ。スージェンの、いや、バルザックの知識はとても役に立った。こうなったのも全てシャルルベルン家の業。愚かな野望と共に滅び去るがいい』
勝手なことを言うな! リィンザー!
「させるもんですか!」
ママが棺のコンソールをいじり始める。
『無駄だ。もはや止められはしない。すでに術式はマグナ・ヴィンエッタ自体に食い込んでいるのだからな』
その言葉の真偽はコンソールをいじるママの表情を見れば分かる。
いつもの優しい表情を浮かべてはおらず、残念ながらその険しい表情がリィンザーの言う事が正しいのだという事を物語っている。
『そろそろ退散させてもらう。一緒に吹き飛ぶのはごめんだからな。それではシャルルベルン家の諸君、さらばだ。はーっは!』
『じゃあね、おかあさん、おとうさん、そして妹』
『転移陣を発動する』
ぼそりとレオニードが言ったかと思うと、3人の足元に円形の魔法陣が構成される。
ちくしょう! これで終わりなのか? みんなが傷ついて、棺を守るために戦ったっていうのに、これで終わりなのか?
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
俺も何かをしなくては! 何ができる?
今から風の棺に転移したとしても、あの3人を止めることはできない。
俺の力ではどうすることもできない。
この俺に何かができるのか?
この小さな体の貧弱な力しか出せないこの俺に。小さな魔力しか持たず、ただ浮いているだけのこの俺に……。
俺にできることは……ない。
俺は……無力だ……。
俯いて首を垂れる。
俺の心は自分の無力さを嘆くことすら、もはや諦めてしまったのだ。
『そうはいかないわ』
えっ?
どす黒い絶望が広がる心の内に、どこかから聞いたことのある声が聞こえた。
その声は懐かしくもあり、温かくもあり、そして心強くもあった。
誰の声だ?
辺りを見回すが声の主はいない。声の方向からしてこの棺の中からではなかった。
――ゴゴゴゴゴゴ
――ゴゴゴゴ
――ゴゴ
――……
なんだ? 振動が収まった?
これまでずっと鳴動していた音と振動が消え、当たりが静寂に包まれたのだ。
棺の中を再び見渡すが、爆発して崩壊する兆しもない。
『これは……どういうことだ? 何が起こった! 一体何者だ!』
リィンザーが慌てている。それはつまり、あいつにとって良くないことが起こったということだ。
いったい何が。
ブウンッと言う音と共に映像が現れる。その映像には見たことのある白く巨大な狼と、顔を奇抜な仮面で隠したエルフのお姉さんの姿が映っていた。
「お姉さん! クァルン!」
『はぁいキッテちゃん』
映像の中のエルフお姉さんがひらひらと手を振ってくれる。
『貴様、何者だ!』
リィンザーが叫んでいる。どうやらあちらの 棺にもお姉さんの映像が映っているようだな。
『あら知らないの? 私の名前はデルハイケ。テレッサの親友にして、彼女の子孫を見守るものよ』
デルハイケさんか。ようやくあのお姉さんの正体が分かった。
昔からいつもいつもピンチになったキッテを助けてくれたのは、そういうことだったからなのか。
『こっぴどくやられたものねテレッサ……。初めてじゃない? ほら、クァルン、浄化浄化』
『エエイ! ドウシテ我ガソンナコトヲ!』
『ハイハイ、愚痴は後で聞くわ』
クァルンの毛が青白く光り始める。そしてその光が地面へと吸い込まれて、四方へと散らばっていく。
どこだあそこ? デルハイケさんとクァルンがいるのは俺たちが戦っていた棺じゃない。
今いる炎の棺もリィンザー達がいる風の棺も石造りの外観をしているが、デルハイケさんのいる場所は、よりメカニカルな壁をしている。
もしかして、あそこが中央の棺ってやつか?
『コレデダイジョウブダ。タイシタコトノナイ呪ダッタナ』
『お疲れ様クァルン。さて、リィンザーとか言ったかしら。あなたの野望は潰えたわ』
『……確かに術式がかき消されているようだ。
中央の棺と管理者がそろっているとなると分が悪い。ここは素直に引くとしよう。
だが、壁にほころびは生じた。やがてそのほころびは壁を穿ち破壊する亀裂となろう。
さらばだ、シャルルベルンよ』
再び彼らの足元に転移のための魔法陣が展開される。
「ま、待って、お姉ちゃん!」
キッテがバザーお姉ちゃんに呼びかけたが……、バザーお姉ちゃんはギロリとこちらをにらみつけて……そうしてリィンザー達と一緒に消えてしまった。
モニタの映像には倒れているジウグンドの姿のみが映し出されている。
キッテの言葉に答える者は誰もいなくなってしまったのだった。
これで全てが終わったのか……。
レグニアは全員撤退してマグナ・ヴィンエッタの破壊も防いだはずだ。だけどもこの後味の悪さ。目的は達成されたはずなのに、ひどく気持ちが浮かない。
誰もがそんな重い雰囲気を感じている中、口を開いた者がいた。
『さあテレッサ。ちょっとだけ起きて。頑張った子孫たちにお褒めの言葉を』
それは危機回避の立役者であるデルハイケさんだった。
ん? 今、テレッサって言った?
もしかして? その、そこに寝ているのって。
中央の棺と思われる画面映像。
デルハイケさんとクァルンを映していた画面の視点が移動して、ベッドというかゴツゴツした石の台というか、そんな上に寝ている人物の姿が映しだされる。
白いローブを着た青髪の女性。足をきちんとそろえて胸のところで手のひらを組んで綺麗な姿で寝ている女性。
あえて女性と表現させてもらう。年齢についてはデリケートな話題だからな。ちなみに指や足は痩せこけて細く顔にもしわがあったりするから、お若いとは言い難い。
でも、俺もキッテもその女性が偉大なるご先祖様、テレッサ・シャルルベルンであることを感じ取っていた。
『ほら、テレッサ。宗主が寝てる場合じゃないわよ』
デルハイケさんが、ご先祖様の頬をピタピタとたたき始めたんだけど、ちょっと、そんなことしていいの!?
『……、あれ、今何時、えっ、キーティアナ様!?』
無理やりに起こされたテレッサ様は寝ぼけた顔で目を擦っていたが……こちらを見るとなぜか急に覚醒し、小学生のような素っ頓狂な声を上げ、驚きの表情を浮かべた。
『相変わらず寝起きが弱いのね。しっかりしなさい。状況は分かっているでしょ?』
『はっ! おほん。
此度はよくぞレグニアの侵攻を防ぎました。我が子孫たちの活躍に私も嬉しく思います。
ですが、もはや猶予はありません。レグニアは再び立ちふさがることになるでしょう。そして、次の侵攻を止められるだけの力がマグナ・ヴィンエッタには残されていません。
我が子孫にしてシャルルベルン家の当主、キーティアナよ』
「は、はひっ!」
急に名前を呼ばれたのもあるが、偉大なるご先祖様の前だという事もあって、ガッチガチに緊張しているキッテ。
俺はそんな様子のキッテの傍に寄って、そっと手を握ってあげる。
そうすると、幾分か心が落ち着いたのか、ありがとうという返事の代わりに優しく手を握り返してくれた。
『生ける金属、リビルジェン・メタルジアを作りなさい。
マグナ・ヴィンエッタの素材とも言えるリビルジェン・メタルジア。今ではその製法は失われてしまいました。だからあなたが復活させるのです。
あなたならできます。だって………………』
だって? 何?
『……ZZZZZZZ』
だがその次の言葉が紡がれることはなく、代わりに聞こえてきたのは寝息だった。
『あらら、これが限界ね。
じゃあお疲れ様。キッテちゃん。リビルジェン・メタルジアをよろしくね。詳しくはテレッサ大百科を見て。作成に至るヒントが書いてあるはずだから。それじゃ!』
こうして後世に残る、棺大戦は幕を閉じた。
だが、問題が山積みなのは間違いなかった。
再び攻めてくるであろうレグニア、消えたディクト、リビルジェン・メタルジア。そしてバルザックお姉ちゃん。
いつも明るいキッテも、今日ばかりは浮かない顔のままだった。
これにて第6話は終了です。ここまでお読みいただきありがとうございます!
第6話はこれまでの半分くらいの長さがあったので感謝感激です。
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次回は間話の予定です。風呂敷を閉じないといけません。
それでは引き続き、キッテのアトリエをお楽しみください!




