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070 ぐえちゃんという存在

いつものとおりぐえちゃん視点に戻ります。

「ぐええっ!」


 俺はヒモから脱出するとキッテの胸の中へと飛び込んだ。


 よくやったぞキッテ。小さいころからずっと苦手だった鏡のトラウマに打ち勝つなんて。本当に成長したよ。えらいぞキッテ!


 戻ってきた俺をぎゅっと抱きしめてくれるキッテ。でもまだその小さな体は少し震えている。

 俺を助けるために相当頑張ったのだろう。

 もう大丈夫だ。俺が隣にいるからな。二度と同じヘマはしないぜ。


「お……おのれ……、よくも、私の指に傷を!」

「ええっ!?」


 キッテが驚きの声を上げる。俺は驚きのあまり声が出なかった。

 深々と被っていたレオニードのフードがめくれていた。

 怒りをにじませる声だが、表情は冷たい人形のようだ。綺麗な銀色の髪の毛をポニーテールにした女性。それがレオニードの正体だったのだ。


「貴様……見たな?」


 見たな、という事は見られたくなかったのだろうか。確かに隠してはいたようだが、あれだけの美人なのに隠すのはもったいないと俺は思うな。いや、美人だからこそトラブルを避けるために見られたくなかったのかどうか。


「あなた、女の人だったのね!」


「違う! 俺は男だ!」


「ぐえっ!?」


 確かに声は男だけど、どう見ても女性の顔。体形はふんわりとしたローブによって隠されていて判断できないけど、もしかして男の娘ってやつ?


「えっと、まあ敵だから男の人でも女の人でもいいんだけど……」


「良い訳があるかっ!」


「ひえっ! すいません!」


 あまりの剣幕に反射的に謝ってるキッテ。


「私は男だ。たとえ体が女として生まれたとしても心は男。魂が男だという事はすなわち男なのだ!」


 あ、はい。体と心の性別が一致しないってやつね。

 特段、女性の体に憑依したとか、転生したら女性だったとか、変身魔法道具を使って性別を変えたとか、前の体を捨てて女性型のホムンクルスに記憶をコピーしたとかいうファンタジーな内容じゃなくって。


「わ、分かった。あなたは男。それじゃあ戦いの続きを……」


「戦いぃ? そんな生易しいものではない。今からお前たちを殺す。私のこの姿を見たものは全て殺す。コロスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」


 声のトーンが変わったレオニード。

 ウイングブーツを器用に操り、俺たちめがけて突進してくる。

 手には刃物。いつの間に取り出したのか、鹿の角のようにいくつも枝分かれしたような禍々しい黒い刃をした刃物を持って切り込んでくる。


「ぐえっ!」


 キッテ、避けるんだ!


「分かった!」


 俺はぽいっとキッテの胸から放り出されるが、それでいい。

 近接戦闘をする際に俺は邪魔にしかならない。

 刃がキッテをかすめるところで何とか回避に成功するが、すかさず次の攻撃が襲ってくる。

 キッテは錬金術師なのでもちろん前衛で戦う職ではなく、近づかれた段階ですでに後手に回っている。

 何とか距離を取って反撃したいところだが、あの猛攻の前にはそんな時間があるとは思えない。とにかく鬼気迫る勢いで刃を振るっている。

 いや、()()()()()()()


 レオニードが通常の前衛職だったのなら最初の一撃ですでにキッテはやられていた。だけど、奴の攻撃はそうではなかった。

 奴も錬金術師オンリーのようで、剣士やソードマスター職をかじってたりはしなかったようだ。


 でもそれを埋めて上回る執念というか怨念というか、そういうものが力を貸していて、その剣は血を求めるかのように執拗にキッテを狙っている。

 なんの役にも立たない俺だけど、危険なときは盾になってでもキッテを守る。そのため、剣の嵐の範囲から僅かばかりだけ外をキープして飛び続けている。


「つっ!」


 キッテ!


 レオニードが足元の鏡の破片に足を取られたせいで剣筋が乱れたため、予想しなかった軌道となりキッテの羽織が切り裂かれたのだ。

 だがそんなことはお構いなしにレオニードは目を血走らせて剣を振るう。いかにも格闘家フェイスの男ならそうは思わないんだけど、美女フェイスでそれをやられると恐れのほうが先立つ。


 キッテはというといまだ反撃に移ることはできていない。激しい猛攻をしのぐだけで精一杯のようだ。


 こうなったら俺が介入して僅かな隙を作るしかないか。

 そう思った時、今度はキッテが鏡の破片に足を滑らせてしまった!!


 キッテを守るっ!!


 俺はキッテと刃との間に体を滑り込ませる。

 もともと介入しようと機会をうかがっていたから不可能じゃない。あとはこの迫りくる刃をどうやって処理するかだ。

 歯か? 爪か? 爪は鋭くないけど、歯ならさっき噛んだように傷をつけることくらいできる。

 もちろん俺は素人。ドラゴンの体を10年ほどやってるけど、真剣白刃取りができたり、鋭い歯で刃を止めたりすることなんてできないほど、この体が動かないことを知っている。

 だから、迫る刃を処理することなんてできないわけで――


「ぐえちゃん!」


 俺はそのまま体を盾に使うしかなく、背後のキッテに刃が届かないように身を挺してレオニードの一撃を受けたのだった。


 衝撃が体を襲う。

 空中に浮く俺は地面からの反作用を受けることはなく、重く勢いのついた金属で切り殴られれば容易く吹っ飛んでしまう。

 例にたがわず、全身に走った衝撃が痛みという形で表れるのと同時に俺は吹っ飛び、弧を描いて床に落下したのだった。


 あれだけ深く切られたはずなのに、思ったほどの痛みはない。実は攻撃が浅かったのかと思い、衝撃を受けた腕の部分を見やる。


 !?


 俺は一瞬何がなんだかわからなかった。

 確かに攻撃は左腕で受けた。か弱い細腕だが、相手の技量が高くはなかったため切断されるまでには至らなかったようだ。だけど切断面は確かにある。確かにあるのだが……。


 そこは血が出ていたりしたわけではなかった。


 俺が目にした刀傷の部分は、鱗が切り裂かれ肉が露出しているわけじゃなく、肉の代わりに銀色のものが露出していた。


 金属の板、筒、糸のように細いものや球体の物体。


 俺は目を疑った。

 まるでそれは、この体が作り物であるかのようだったからだ。


「ぐえちゃん、ボーションだよっ!」


 その声に俺はハッとして、とっさにその傷を腕で隠すように動いた。

 声が聞こえて僅かの間もなく、俺に緑色の液体がぶっかけられた。


「傷はっ!? 見せて! どこ切られたの!?」


 キッテが心配した表情で俺の体を見てくる。

 だけど俺はその言葉に素直に従うことができなかった。


「腕のところだね! 痛いよね、もういっちょエクスポーションだよ!」


 キッテは当主羽織の腕のところに仕込んでおいた高級回復薬を俺が腕で押さえている場所にぶっかける。


「どう? まだ痛い? 腕、どけて?」


 傷が回復したのかどうかを見なければキッテが安心することはないだろうが、それでも俺はその腕をどける気にはなれず――


「だめだよ! 痛いけどごめんね!」


 キッテが俺の腕に手を当てて……傷口を見るために俺の手をどかした!


「ぐえっ?」


「よかった! さすがエクスポーション! 傷一つないよ!」


 先ほど切られた部分は完全につながっていて、何もなかったかのようになっていた。

 目の当たりにしたはずの金属も、筒も、球体関節も何もなく、 いつも見慣れた赤い鱗の腕そのもの。


 もしかして見間違えたのかもしれない。

 あの禍々しい剣が見せた幻覚、はたまた初めて剣で切られたショックによる幻覚……だったと思いたい。

 それに、ポーションは生物にしか効果が無い。もし俺が作られたロボットだったのなら傷は治らずに今だあのメカニカル機構をさらしていたはずだ。

 そうだ。うん。大丈夫。俺はドラゴン。人形なんかじゃない。


 それよりも、レオニードだ。


「はあっ、はあっ」


 俺がやられている間に何故追撃をしてこなかったかというと、どうやら息が上がっているからのようだ。

 錬金術師っていうのは肉体派ではない。それをあんななりふり構わず剣を振り回していたのなら息も上がろうというものだ。


「ぐえっ!」


 キッテ、今がチャンスだ!


「わかったよぐえちゃん!」


 キッテがカバンから花火玉のような拳二つ分くらいある大きさの弾を取り出すと、投げ捨てていた大砲を回収しそれに弾を詰める。

 この玉は敵に直接当てるものではなく、直前ではじけ飛び散弾のように小さな槍がばらまかれる仕組みだ。広範囲に広がるため殺傷能力は低く、相手を無力化するにはこの上ないものだ。


「これでとどめだから! 弾け散る幾千(ガ・ルー・ギルク)もの突状槍(・ラクバルト)!」


 大きな音を立てて大砲が火を噴く!


「殺す、殺す殺す殺す殺すっ!」


 突如、電池の切れた人形のようになっていたレオニードが、スイッチが入ったように急に動き出した。


「だめっ! 今こっちに来ちゃ!」


 剣を振りあげてもはや冷静さを失った顔で襲い掛かってくるレオニード。そしてその直前で玉が爆散する。


 突進してきたレオニードはそれを避けることもできずに……その体に至近距離ではじけ飛んだすべての槍が打ち刺さったのだ。


「お……お、おお……」


 体のいたるところに尖った槍が刺さったハリネズミのような姿になったレオニードは、うめき声にならない声を上げて、そのまま後ろ向きに倒れこんだ。


「治療を! ぐえちゃん、手伝って!」


 野郎、せっかくキッテが手加減してたのに台無しにしやがって。世話の焼けるやつだ。

 治療してやるから、治ったら企んでいる悪事を洗いざらい吐くんだぞ!


「えっ!?」


 キッテが驚きの声を上げた。


 死なせるわけにはいかないと倒れたレオニードの治療に向かった俺たちの目の前で、ヤツの体は霧のようになって、霧散し、消えてしまったのだった。


「ど、どういうこと!? 偽物?」


 分からん。アイツが本物のレオニードなのか、偽物なのか、幻なのか。そんなのは何もわからない。


「ぐえっ」


 ただ一つ分かることは、この炎の棺(フレイムコフィン)は守られたってことだ。


「そうだよね。うん。私は炎の棺(フレイムコフィン)を守った。当主としてはこの上ない快挙だよ!」


 ああ。

 キッテはまた一つ立派な当主として成長した。トラウマも乗り越えたしな。

 あとは……俺か。


 頭の中にさっきの傷の光景が浮かんだのだ。


 勝ったにもかかわらず、俺の心はどんよりと雲がかかったようにうすぐらい気持ちのままだった。

お読みいただきありがとうございます。

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