069 相棒
「ぐええっ!」
ぐえちゃんからの指示! 前転!
射出の反動の影響で前に動くのを嫌がる自分の体。それを無理やりに動かして、ぐるんと前に回転する。
すぐさま体の横をかすめるように何か殺気のようなものが通り過ぎていった。
おそらく私の放った初撃は回避されてしまったのだ。
「ぐええっ!」
二射目の準備。
カバンからさすまた弾を取り出して装填しなきゃだめなんだけど、目をつむったままだと難しい!
そんなことはお構いなしに、あちらからの攻撃はやってくる。
ぐえちゃんの指示でレオニードの攻撃を回避しながら、なんとか次弾をカバンから取り出そうと悪戦苦闘する。
「ぎゅえっ!?」
えっ!? どうしたのぐえちゃん!?
尋常じゃないぐえちゃんの声に、私は目を開けてしまった。
「なるほど。未熟な当主を陰から支えていたというわけか」
レオニードの手から伸びた何本もの紐のようなもの。それにがんじがらめにされて、ぐえちゃんが連れ去られていく様が私の目に飛び込んできた。
「ぐえちゃんを離してっ!」
「それはできん相談だな。おそらくこの子竜はお前のブレイン。今まで誰もがただのペットだと思っていたんだろうが、私の目はごまかせない。この子竜がいなければ、お前は二流の錬金術師に過ぎないと見た」
「馬鹿にしないで! ぐえちゃんがいなくても私は一流の錬金術師なんだから!」
「ほう。これまでお前を支えてきた子竜の手助けは無かったと? くくく、可哀そうなものよ、お前は飼い主にただのペットだと言われてるぞ?」
手元に来たぐえちゃんに視線を向けて意地悪く笑うレオニードの口元が見える。
「なーんにも分かってないのね。私は一流の錬金術師。
でも、ぐえちゃんがいたら、超一流の錬金術師なんだからっ!!」
「ぐえっ!」
「ほう。言うではないか。では一流錬金術師のキーティアナは、どんな戦い方をしてくれるんだ?」
目の前にか、鏡が! あ、ああああ、ああああああかがみ、かがみかがみ、たくさん、かがみが、私を映して、みつめてる!
「そら、鏡だ。お前の恐れる鏡だ。怖いか? 恐ろしいか?」
頭の中がパニックになる。
もう鏡の事しか考えられない。
「子竜よ。あれがお前が信じるご主人様の姿だ。どうだ? 愛想をつかしたか?」
「ぐえっ! ぐえっ!」
「じたばたするな。その拘束からは抜け出せん。たとえ、かじりついているその牙がツインヴァール鋼より硬かったとしてもな」
ぐ、ぐえちゃんっ!
「ぐ、ぐえちゃんを、かえしてっ!」
「返してほしければ降伏するのだ……などとは言わん。
人質、いや竜質か、を取ったとあれば俺の信義に反する。俺は目的のためには手段を選ばんが人質だけはごめんだ。人質を取ったとなればお前たちと同じに堕ちてしまうからな。
だから、こう言おう。
返してほしければ力づくで奪ってみろ。お前にできるものならな!」
今まで見ていたぐえちゃんとレオニードの姿が消え、私の姿へと変わる。
私の視界を鏡が覆ったのだ。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」
それだけで心臓がバクバクし汗が噴き出して息が荒くなる。
さっきまで助けてくれたぐえちゃんは傍にいない。自分で何とかしなくては。一人で対抗しなくては。ぐえちゃんはいない。あいつに捕まってる。取り返さないと。ぐえちゃんだって、寂しいって思ってる。悲しいって、つらいって思ってるに違いない。いままでぐえちゃんが私を助けてくれたみたいに、私がぐえちゃんを助けることを待ってるはずだ!
膝を踏ん張れ、手を動かせ。
何も考えるな、ただ、ぐえちゃんを助けることだけを考えるんだ。
鏡なんかこわくない。かがみなんか、かがみなんか……。
鏡の中に映る鏡。その奥にある無限の世界。
視界を逸らそうとしても全面鏡張りになっているため、どこを見ても無限の奥行きを思い起こさせる。それはつまり、あの日見た黒い物体が現れるんじゃないかっていう恐怖を思い起こさせるものであって。
体からガクッと力が抜ける。
そのまま膝から崩れ落ちそうになってしまう。
でも、踏ん張れ! 怖いのがなんだ! くろいもやがなんだ! ぐえちゃんは捕まってもっと怖がってるはずなんだ! 私がぐえちゃんを助けないと、だれが助けるんだ! 怖がってるのは私だけなんだ。ぐえちゃんは勇敢だから、鏡になんておびえない。だったら相棒の私がこわがってたら、こわがってたら……
「ぐえちゃんの相棒、失格だよね!」
カバンからこん棒を取り出す。そしてもう一つ。変哲もない金属の玉を取り出して――
「バリンバリンにわれちゃえーっ!」
その球をこん棒でフルスイングして打ち出した。
勢いよく進んだ玉が鏡にぶち当たると思惑通りバリンと割れる。
ガキンガキンとフルスイングを続ける。何も考えずに、ただフルスイング。
ぐえちゃん、ぐえちゃん、ぐえちゃん、ぐえちゃん!
「ぐえぇっ!」
「おい、後先考えずに行動するのはやめろ! 子竜に当たるところだったぞ」
えっ?
思いっきりフルスイングした後、その言葉で我に返った。
「っ! こいつ!」
我に返る直前に私が打った球は、鏡を破ってレオニードに当たるかっていうところだったみたい。
レオニードがその球を緊急回避しようとしたことでラッキーなことにぐえちゃんを捕まえていた紐がたわんで、そして少しだけ自由ができたぐえちゃんはその牙でレオニードの指に噛みついていたのだ。
そんな様子が我に返ってクリアになった頭脳に入ってきた。
ふんぶんと指を振って、ぐえちゃんを引きはがそうとするレオニード。
その行動が、ぐえちゃんを縛っていた紐をさらに緩ませて――
「ぐえちゃん!」
そこから脱出したぐえちゃんが私の胸の中へと戻ってきてくれた。
お帰りぐえちゃん!
怖い思いをさせたね。もう大丈夫だよ。
ぐえちゃんをぎゅっと抱きしめる。もうどこにもやらないから。という想いを込めて。ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ。
ぐえちゃん、ぐえちゃん、ぐえちゃん、ぐえちゃん!
ぐえちゃん、ぐえちゃん、ぐえちゃん、ぐえちゃん、ぐえちゃん、ぐえちゃん、ぐえちゃん、ぐえちゃん!
「お……おのれ……、よくも、私の指に傷を!」
そんなラブリーぐえちゃんへの溢れ出す思いを表現する行為は、ふとした言葉で中断させられる。
ぐえちゃん愛に我を忘れていた事もあって、反射的に声の主を見上げた。
「ええっ!?」
激しく暴れたせいでレオニードが深くかぶっていたローブがめくり上がっていて、今まで見えなかった顔があらわになっていたのだ。
だから私は思わず驚きの声を発したのだ。
なぜならその顔は女の人だったから。
白い肌と銀色の髪の美人。後ろで束ねてポニーテールにしているその姿は紛れもなく女性。
「貴様……見たな?」
でも口から出てくる言葉も、声色も男の人。
いったいどういうことなの~!?
お読みいただきありがとうございます。
ぐえちゃん大好きキッテちゃん。
この終わり方だったら次もキッテ視点が続くかも? って思われますが、次からはいつもどおりぐえちゃん視点に戻ります。
お楽しみに!




