068 鏡の中の黒い人
あ、あれ!! か、鏡!!
鏡、鏡、鏡、かがみかがみかがみかがみかがみ!! かがみーーーーーーーーっ!!
絶対に鏡!! レンズの光を反射させてこっちに打ち返してくる気だ!!
来る、来るよ、来る! ま、守らないと、ほら、鏡がこっちを向く。
だ、大丈夫だよキーティアナ、鏡はたったの一枚、そんなことよりも防御行動を、そ、そう、今は鏡の事は忘れて防御だよキーティアナ!
カバン、カバンカバン、カガミ、カバン、カバン! いそいであれを、出して、鏡がこっちを向く前に!
カバンから目的のものを取り出し、足元にたたきつける。
そこからぼわっと煙が上がって私とぐえちゃんを包み込むのと同時に、鏡に反射された光が襲ってきた。
「ぐえっ! ぐえぐえっ! ぐーえ、ぐえ、ぐえええ」
ぐえちゃんがこの魔法道具の説明をしてるみたい。
いつもなら大体言いたいことは分かるんだけど、今の心境じゃ半分くらいも分からない。
大丈夫かキッテ? でも道具はナイスチョイスだぞ、この守りの霧は霧の中に含まれる高密度の水滴がレンズや鏡のようになって、光を乱反射させて内側まで届かなくする効果があるからな。って言ってるのかな!? たぶん!?
って、鏡!!
鏡、鏡、鏡!!
に、にっくきかがみのせいで、防御一辺倒になっちゃったんだ。本当は間を置かずに攻撃につなげたかったのに、鏡のせいで1テンポ行動が遅くなっちゃったから……。
「ぐえっ?」
大丈夫かキッテ? ってぐえちゃんが心配してくれてる。
「だ、だいじょうぶだよ、ぐえちゃん」
声が震えちゃった。大丈夫じゃないことがまるわかりじゃないのさ。
「ぐえ、ぐえっ、ぐえぐえっ」
えっと、なになに。
落ち着いていこう。1枚だけなら何でもない。先に割ってしまおうって?
う、うん。そうだよね。落ち着いて。
たった1枚。うん、たった1枚じゃないのさ!
守りの霧が晴れていく。
視界がクリアになり、フードをかぶった謎の男、レオニードが空中に浮いている姿があらわになる。
その横では彼が作り出した疑似太陽に茂み丸の弦が飛び込むように突っ込んで、疑似太陽が消えていく。
これで光を利用した攻撃も終わって……鏡も意味をなさなくなるはずなんだけど……。
「なかなかやるではないか。仮にも現当主というわけか。どうした? 顔が引きつっているぞ。先ほどまでの何も考えてないような笑いはやめたのか?」
「そ、そんなことないよっ! えっへっへー……」
私が鏡が苦手なことを気づかれてはいけない。だから頑張って笑顔を作ってみたよ。
ちゃんと笑えてるかわかんないけど。
「ほう? なんだ、もしかして」
き、気づかれた!? もしかして気づかれた?
私が鏡が苦手なのに気づいちゃった!?
「お前、鏡が怖いのか?」
きゃーーーーっ! バレた、バレちゃった!
そう。私、キーティアナ・ヘレン・シャルルベルンは鏡が苦手なのです。
何故かというと、幼いころのトラウマが原因なの。
あれは小さいころの事。
小さなキッテちゃんは夜中に眠れずやたらハイになってしまって鏡で遊んでたの。
鏡の中を覗き込むと、そこには左右反対になった世界があって、浮いているぐえちゃんの姿があって。その先は何があるのか、鏡の中に入れたどうなるのかとかって、幼いころの好奇心はすごいよね。
そこでキッテちゃんはあることに気が付いたの。いや、気が付いてしまったのです。鏡の中に鏡があることを。
そして振り返って、その小さな鏡を手に取ってしまった。
鏡の中の鏡の中にはどんな世界があるのかって興味を持ってしまったの。
キッテちゃんが小さな鏡を覗き込むと、後ろの大きな鏡の中にまた小さな鏡があって。でもよく見えないから、もっと先の先の鏡の中を映るようにしようと思っちゃったんだよね。
そして、うまく映る位置に鏡を持ってきて、じーっとそれを覗き込んだ。
まるで別世界のようにいくつもの鏡が映っていてそれを持っているキッテちゃんが映っている。
でも、いくつものその世界の中で一つだけ……。
その一つだけに黒いもやのような人の姿があって、その手がキッテちゃんを抱きしめるように動いて……あああああああああああああああああああああああああっ!
「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ!」
「ぐえっ、ぐえっ!」
「だ、だいじょうぶだよ、ぐえちゃん。ちょっと、思い出しただけだから」
「ぐえええ」
「だいじょうぶ。いちまいなら大丈夫。にまいじゃなければ」
「ぐえっ!?」
えっ!? 口に出したらダメだって? あ、あああああ!
うっかり言っちゃった! 一枚だけなら何とか大丈夫なのに、合わせ鏡を思い出させる枚数はだめなんだって言っちゃった!
あ、でも、ぼそぼそって言ったから、今からフォローすればなんとかなるかも。
「に、にじゅうまいじゃなければ、だいじょうぶ、だよ?」
そーっと、レオニードのほうに視線を向ける。ばれてないかな、どうかなって。
でも、フードを深く被ってて表情は分からないんだった。
口元は無表情。笑ってもいない。
だけど――
ふっとレオニードが手を振ると……
私は現れたそれを見て、ぺたりと床に座り込んでしまったのだ。
「面白い。ただの鏡に恐怖するか、キーティアナ」
あわ、あわわ、あわわわわ、かがみ、かがみかがみかがみかがみかがみかがみ――
「そら、これはどうだ」
かがみかがみかがみかがみ、かがみがいっぱい、いっぱいいっぱい、みぎも、ひだりもうしろも、あっちも、こっちもかがみかがみかがみかがみ――
不意に目の前が真っ赤になった。
「ぐえっ!」
――ぱんっ
頬が痛い。
そこで目の前の真っ赤が何なのか分かった。
それは赤一色じゃなくって、細かなグラデーションがかかった鱗。
目の前にはぐえちゃんがいて、そして私のほほをそのちっちゃな手でぱちんと挟んだのだ。
「ぐえっぐえっ!!」
しっかりしろキッテ! 目をつむるんだ。見なければ大丈夫。敵の方向は俺が指示するから安心して目をつむれ。俺はキッテの相棒だろ。俺を信じてくれ。
そう言ってる気がする。
……うん。
「わかったよ、ぐえちゃん!」
私は目をつむって心を奮い立たせる。
鏡の光景を思い出さないように、最後に目に映った真っ赤な世界を頭に焼きつけて。
「そんななりで戦えるのか? 生まれたての小鹿のようだぞ?」
「や、やれるもん! ちょっと床が冷たくって震えただけなんだからっ!」
そうだ弱気な心は捨てろ。私にはぐえちゃんがいるんだから。鏡の世界からだってどこからだって助け出してくれる。ぐえちゃんは頼もしい相棒なんだから!
「ぐえちゃん、方向を! 一撃で決めるよっ!」
「ぐえっ!」
カバンの中から私の身長くらいある筒を取り出して肩に構える。
ぐえちゃんの小さな手がトリガーに指をかけた私の手に合わさって、そしてゆっくりと方向を微調整してくれる。
「ぐえーっ!」
「シュートッ!」
ぐえちゃんの合図で私がトリガーを引くと、ものすごい反動が肩を襲う。
そうやって打ち出すのは、私が改良を加えたさすまた! あの巨大狼、霊獣クァルンですら行動不能にする、ハイパーさすまた決戦兵器!!
お読みいただきありがとうございます。
キッテにとってぐえちゃんは頼れる相棒!
二人ならどんな困難だって乗り越えられる!




