063 糸の棺のサンド
――糸の棺
「まあ、ハズレじゃないわね。ようこそお嬢ちゃん」
「あんたがレグニアッスか?」
この棺では二人の女が相対していた。
一人はキッテの幼馴染であるダーニャ・グルン。
もう一人はレグニアの女。妖艶な雰囲気を醸し出す大人の女性であり、お世辞にも少女とは言えない年齢の女。
円形の淵のある紫色のとんがり帽子をかぶっており、長く伸ばした赤い前髪は右目を覆い隠している。バニーガールのようなハイレグの服は胸元が開いているため煽情的で、太ももは網タイツで覆われている。そんな服装に紺色のマントを身に着けているのだから、どうやっても堅気の人間には見えない。
「私はレグニアのサンドっていうの。本当はあの当主のかわいい子を食べたかったんだけどね」
「そんなことさせるわけないッス。あんたの息の根はここで止めてやるッスよ。キッテはあたしが守るッス!」
ガチンガチンとグローブの甲についた金属をぶつけ合わせるダーニャ。
「せっかちなのね。まあいいわ。お嬢ちゃん、お名前は?」
「あんたに名乗る名前は無いッスよ」
「あらん、嫌われたわね。私、ちっちゃい子も好みだけど、アナタのようにおっきな子も大好きよ。だから――」
――パシィィン
腰から取り出したのは鞭。
流れるようにその鞭を地面にたたきつけ――
「これでお仕置きしてあげるわ」
そして、ニヤリと妖艶な笑みを浮かべた。
「やれるもんならやってみるッス。若い力を目の当たりにすることになるッスから」
「生意気な子ね。ちゃんと大人を敬うように躾てあげるわっ!」
サンドが鞭を振るう。空気を裂くような音がして黒い素材が不規則な軌道を描いてダーニャに迫る。
だがダーニャはガード姿勢のままそれをかわす気配もなく、そのままダメージを受け入れた。
ビシュン、バシュンと連続して鞭がダーニャにダメージを与える音が続く。
(速すぎて見えないッス)
鞭の軌道は常人の目でとらえきれるものではない。近接戦闘が得意なダーニャであっても、繰り出される攻撃を見切って回避することは到底できない。
「ほらほら、どうしたの? 私の息の根を止めるんじゃなかったのかしら」
(その通りッス! 防御を固めて突っ込むッス!)
ボクサーのガードのように腕と腕を合わせて顔の前で守る。そうして迫りくる鞭の打撃に耐えながら前方へと踏み込む。
「考えが浅はかよ、お嬢ちゃん」
「そんな……ッス!」
距離を詰めるダーニャの足に鞭が絡みつき、サンドが思いっきり引っ張ったことでダーニャはバランスを崩して転倒してしまう。
背中から倒れるのはかろうじて回避したが、尻もちをついてしまったダーニャ。すぐに来るだろう追撃を警戒して回転してその場を逃れて体勢を立て直すが、結果として最初よりも距離が離れてしまうことになった。
「ほらほら、その程度なの?」
再び鞭が襲う。
激しい音と共に襲い来るダメージは、ダーニャが着ている作業着を通って内側にある肉体にダメージを蓄積していく。そして作業着も無傷というわけにはいかない。鞭との摩擦によって切れ込みが入り、そこから破れていく。
破れた個所は生身となる。そこに鞭が当たることによってダーニャの白い肌に赤い傷を生み出していくのだ。
近接攻撃方法しか持たないダーニャにとって間合いの外から一方的に攻撃される鞭との相性は最悪。何らかの対策を取らなければ何もできずに倒されてしまう。
(そうッス、鞭をつかんで引っ張ればいいッス! そうしたら距離を詰めなくても向こうから近づいてきてくれるッス! つかんだ鞭を奪って投げ捨てたら武器も無くせて一石二鳥ッス!)
思いついたら即行動。黙っていてもダメージが蓄積するだけだ。早いに越したことはない。
ダーニャは感覚を研ぎ澄ます。回避のために見切るのは無理でも、ダメージ覚悟で受け止めるのならばやれないことはない。
「掴まえたッス!」
ガードの腕に鞭が当たった瞬間、もう片方の手を伸ばして鞭をつかみ上げることに成功したのだ。
「鞭を捕まえるなんて、お嬢ちゃんすごいのね。でももうボロボロじゃない」
「あんたをぶち倒せるんなら、これくらい何てことないッス。こっちに来るッスよ!」
鞭を二度と逃がさないように力を入れて握り、サンドを自分の射程内に引き入れるために力強く引っ張った。
「あうっ!」
次の悲鳴はダーニャの口からだった。
ダーニャは手を刃物で切ったときのゾクゾク感を覚えたため、パッと手をひらいた。
キッテにもらったグローブはすっぱりと切れ、手のひらに血の跡ができている。
「アハハ、残念だったわね。この鞭はただの鞭にあらず。本体は鋭い刃物でできているのよ!」
ジャラリと鞭を振るうサンド。いつの間にか鞭の姿は金属の刃が中央の鋼線で連結した形状へと変化していた。
「せっかく普通の鞭で調教してあげようと思っていたのに……残念だわ。この形状になったからにはお嬢ちゃんのカラダ、ズタズタに切り裂いてあげるわ」
ヒュインと空をさく音がする。
構造が変わったとはいえ、鞭である本質が変わるわけではない。その速さと変幻自在の軌道は健在なままだ。
「あううっ!」
鞭が何度も何度も往復する。それごとにダーニャの体には切り傷が追加されていく。
急所はなんとか守っているが、来ている作業着はボロボロになり防具としての用をなさなくなり……キッテからもらったグローブも今、役割を終えて千切れ落ちた。
ついにダーニャは立っていられなくなり、ぐらりと体を落とすと片膝をつく。
頭部を守っていた帽子もズタボロになって雑巾のように地面に落ちる。
嵐のように襲い来る鞭の攻撃により、かすった金色の髪の毛がハラハラと舞い落ちていく。
次第に声も上げず、動きもなくなっていくダーニャ。
「無様な姿ね。さあ、顔を上げて泣き叫ぶ顔を見せてごらんなさい」
鞭を振るう手を止め、うつむいたダーニャの表情を見ようとサンドが近づいていく。
「うわぁぁぁっ!」
ダーニャが声を上げて、自らの間合いにやってきたサンドへと飛びかかる。
(あたしが力尽きたと思ったッスね! これはやられたフリッスよ!)
ダーニャはただ余計な消耗を避けて最後の一撃にかける機会を待っていたのだ。
――ドボッッ
「残念でした。この鞭はこういう形状にもなるのよ」
飛びかかったダーニャの腹に鉄球がめり込む。
それはいつのまにか鞭の先についていた鉄球。つまり鞭は形状を変えてモーニングスターとなっていたのだ。
不意の一撃、それも重い一撃を腹にもらったダーニャは吹っ飛んで宙を舞い、ぼろ布のように床へと落下した。
「アハハハハッ! 私を騙したと思った? 騙されたのはお嬢ちゃんのほうなのよ。不用意に近づいたのが強者の驕りに見えた? 残念。そ、れ、も、罠、なのよ」
お読みいただきありがとうございます。
キッテ大好きダーニャちゃんの登場ですが、のっけからボロボロです。
さあ良い子の読者のみんな、ダーニャちゃんを応援してあげよう。
だーにゃちゃん、がんばぇ~!




