061 浮遊型攻撃魔法道具 VS チートスキル
「ちょ、まっ!」
体勢を崩したままのチールが慌てた様子で最後を迎える……はずだった。
だが、必殺の針はチールの体に突き刺さることなく僅かに逸れ、床へと突き刺さったのだ。
「のんびりしている暇があると思わないでくださいまし」
攻撃が外れた事実など無かったかのように、続けて攻撃が始まる。
先ほどの攻撃は確実に当たるはずだった。だけど当たらなかった。
クララセントはその原因に心当たりがあった。
とどめの舞を踊った時、先のチールの魔法で砕けた床のかけらが足元にあり、僅かに舞が乱れたのだ。
(僅かな乱れが繊細な操作を必要とすリークシュカの攻撃に影響を与えてしまう。ですが、二度同じ過ちは犯しませんことよ)
浮遊型攻撃魔法道具リークシュカ。その操作は繋がれた細い糸で行われている。糸を引っ張る、糸を振動させるなど、糸の動作によってリークシュカは行動を指令されている。
13体のリークシュカにそれぞれ一本ずつ。両手の指と二本の足、そして最後の一本は髪の先端に。合計13本の極細糸を使ってクララセントはリークシュカに指令を出している。舞うような動きはそのためだ。
攻撃が仕切り直されて再び詰将棋が始まる。
チールとしては何か打開策を打ち出さなければ先ほどと同じく詰みになる状態だが、どうやら回避に手いっぱいで打開策は思いつかないようだ。
「もらいましたわ!」
ほどなくして二回目の王手が打たれる。回避の体勢が僅かにブレたため、チールは次手への対応が遅くなったのだ。そこに撃ち込まれるとどめの針。
その瞬間――
「うわっ!」
チールがこれまでに撃ち込まれていた鉄針に足を取られてすっころんだ。
「なんですって!?」
クララセントは驚きを隠せない。完全に捉えたと思った。チールが転びさえしなければ彼の両足に致命的な一撃を入れれていたはずだったのだ。
だが、実際にはそうなってはおらず、針は何もない床へと突き刺さった。
「チャンス! エアスラッシュ!」
チールが起きざまに手を大きく振ると、そこから真空の刃が生み出される。
それはクララセントを狙ったものではなく、宙を進むと明後日の方向へと消えていく。
直後、一体のリークシュカが制御を失って床へと落下した。
「やっぱり、有線操作だったか。つまりガンドゥムで言うところのビットじゃなくインコムってわけだ」
「っ!」
クララセントの綺麗な顔が一瞬歪む。それは13のうちの1体を失ったことに直接は起因するが、相手にリークシュカの操作方法を見破られたことに加え、一番大きい理由が2度目のツメを逃したことだ。
(実戦ではいろんなことが起こるのは分かりますが、さすがに2度は何かおかしいですわ)
「どうしたんだ? これで終わり? 来ないならこっちの番だ!」
チールは続けざまにエアスラッシュを繰り出す。先ほどのエアロミサイルと違い、こちらは目視が可能。
驚きを胸にしまい、努めて冷静にとしたクララセントの前ではただの投石と変わらない。
踊るように直撃を回避し、時たまフェイントで入れてくるリークシュカを操作する糸への攻撃も見事に回避しきっている。
そんな時、天井に当たったエアスラッシュによって天井の一部が崩れ落ち、一体のリークシュカに直撃したのだ。
前方ばかりに集中していたクララセントは崩落に気づかなかった。
金属でできたリークシュカは石が当たったくらいでは壊れることはないのだが、運の悪いことに落ちてきた石によってそのリークシュカは次に飛んできたエアスラッシュの前へと押し出され、真っ二つになってしまった。
(そんなバカなことあるわけないですわ!)
絶対に何かある。人知を超えた何かが。
そう思ったクララセントはすぐに胸元から眼鏡を取り出して装着する。
「おっ、キミ、メガネっ子だったんだ。いいね、メガネも似合うよ」
攻撃の手を止めるチール。それはクララセントにも好都合。このメガネはクララセントが作り出した魔法道具で、相手の能力を調べることができるのだ。
(攻撃力、防御力、魔力、どれをとっても確かに一般人を一回りも二回りも上回ってる。でもそれじゃあ不可思議な現象に説明がつかない)
上から下に。流れるように眼鏡に表示される情報を読み込んでいく。
(あった、これね! これのせいで!)
クララセントが目を付けたのは、能力欄にあった『超絶幸運Lv10』というものだった。
――ボウンッ
そこまで読んだところで小さな爆発音が上がり、メガネから煙が噴き出す。
チールの膨大な能力のすべてを表示し終える前に、メガネが耐えきれなくなり壊れてしまったのだ。
「あっ、もしかしてそれスカウター? 俺の戦闘力どうだった? 53万は軽く超えてただろ」
(何を言っているのかしらこの男。でも、これで不可思議な現象の説明がつきますわね)
『超絶幸運Lv10』のせいで、チールは致命的な攻撃を回避したり、当たらない攻撃を当ててきたりしたというわけだ。
これまでの現象から相当な力を持ったスキルだという事が分かる。じゃあどうすればチールを倒せるのか。原因が分かったところでクララセントはその答えを持ち合わせていなかった。
「だんまりかよ。つれないな。そうそう、俺ってポケルトモンスターストーリー好きなんだよね。知ってる? 魔物を捕まえて戦わせてチャンピオンになる話。こっちでは魔物使いに似てるのかな」
「それがどうかしましたの?」
分かる単語があったので答えてしまった。
「そのゲームってさ、モンスターを捕まえるとき、徹底的に弱らせてから捕まえるんだよね!」
チールの笑みと同時に空中に無数の剣が出現する。どれもが抜き身で、それでいて刃はクララセントのほうを向いている。
クララセントは男の言葉を理解した。彼は今から自分の事をなぶるつもりなのだと。
改めて最低な男だと思うが、もちろん戯言の類に過ぎない。
(むざむざわたくしがやられるわけがありませんわ!)
軽薄そうな細目の男をキッとにらみつける。
「サウザンドブレイド。俺の力によって生み出された剣はアンタが倒れるまで尽きることはない。諦めておとなしくしな、って言いたいところだけど、今更降参は許さない。痛みに這いつくばって命乞いしなっ!」
「舞え、リークシュカっ!」
クララセントは残った11体のリークシュカを操作する。目標は宙に浮かぶ剣。
射出されるよりも先に叩き落してやろうと考えてのだが、予想を超えてチールの動作が早く無数の白刃が放たれてしまう。
それでも落ち着いて指を動かしてリークシュカから鉄針を撃ちだすが……迫る刃の勢いにはじかれて効果のほどは見えない。
そのままの勢いで刃が迫り、舞うことで回避したクララセントの横を通り過ぎる。
刹那、クララセントの指が軽くなる。
それはリークシュカの制御を行っている極細糸が切断されたことを意味する。
それだけで終わりではない。チールの言う通り、次から次へと剣が飛来する。それらが制御を失ったリークシュカを貫き、破壊し、クララセントの攻撃手段を奪っていく。
一体、二体、三体……すべての糸の重みを失っても、剣の嵐は止む気配はない。
(いかに強力な技だとしても、永遠には続かない!)
クララセントは回避に専念する。なんとか無数の剣戟をやり過ごさなくてはならない。
反撃に移れるのはそのあと。
クルクルと回りながら飛来する剣を回避する。この舞闘用のドレスにはフリルの各所に装甲が仕込まれている。その部分は金属であり、うまく斬撃に合わせることで防御手段となるものだ。それを踏まえた最小限の動きで回避を続けているが、相手の攻撃は一向に終わる気配が見えない。
剣の数は多いが割と直線的で単調な動きであるため、クララセントに回避できないものではない。だが、終わりがないとなると別だ。いつかは体力が尽きて動きが悪くなり攻撃を食らってしまう。
しかしながら、目は慣れてきた。こちらから攻撃に移ることもできるかもしれない。そう思った時――
――ドウッ
(えっ?)
腕に痛みを覚えた。
それは致命傷になるほどではなく、拳で殴られた程度の痛み。
(切り傷じゃない。まさか!!)
――ドドドドドッ
クララセントの体が宙を舞った。
お読みいただきありがとうございます。
リークシュカを操作できるのかどうか。作者は試したことがないのでわかりませんが、きっと彼女ならできるし、できてる! 異世界人しゅごい!




