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057  命をぶつけてでもアイツを倒せっ!

 驚き。

 誰にも明かしたことはないはずなのに、それを眼前の男に言い当てられたのだ。おそらく、恋慕の対象が誰かというも察しがついているのだろう。

 剣を振るう理由はともかく、思いを寄せる相手がばれてしまったことに恥ずかしさを覚えて脊髄反射で否定したのだ。


「……ならば俺があの小娘の首を切っても構わんな?」


「ばっ、馬鹿なことを言うな!」


「……馬鹿? 俺はさっき言ったぞ。レグニアのアルベールだと」


 そうだった。目の前にいるのは敵。

 幼馴染の少女を目の敵にするような悪の組織の一員。


「させるかよ……」


「……」


「させるかよって言ってるんだ」


「……やめておけ。その出血では立ってもいられまい」


 かつての師としての情け。やろうと思えばディクトの首をはねるのも容易(たやす)かった。

 だが、殺さずに戦闘不能状態でとどめて置いてやろうとの情けをかけたのだ。


「そんなことは関係ない! あいつを……キッテを殺すっていうんであれば、お前は俺の敵だ! アルベール!」


 満身創痍の体をおしてディクトは立ち上がった。


「……いいだろう。もはやお前とは師弟ではない。次は手加減などしない。一撃でお前の命を刈り取ってやろう」


 アルベールが剣を片手で構え、そして動きを止める。


「はぁはぁ……」


 (奴の剣は見えなかった。2回目だからと言って見えるとは思えない。さらに悪いことに俺の状態も万全とは言い難い。じきに血が足りなくなってくるはずだ。そんな状態であいつの剣を受け止めることなんてできるのか?)


 まだ回っている頭をフル回転させるディクトだが、解決策は出てこない。


 (完全に受けなければもう後はない。俺がやられたら、次はアイツがやられちまう。そんなこと……させるかよ! 何のために剣を習った! 何のために冒険者になった! 全部、全部、アイツのためだろ! 後ろを向くなディクト! 前を向け! 前に進め!)


「……いくぞ」


 先ほどと同じくアルベールの姿が消える。


 (命を燃やせディクト! 命をぶつけてでもアイツを倒せっ!)


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ディクトが放つのは自身の最強剣。未完成の必殺剣、クラッシュソード・ブレイズエンド!

 だが先ほどと違うのは、剣は燃えていない。


 (難しいことを考えずに全部の力を足と手に回して、推進力に変えれば! その力で突進すれば! そうすれば、俺を切ろうとする師匠と同じ軌道上に乗れる! 切られるのがなんだ! 切られるときにはそこに師匠が必ずいる(・・・・・・・・・・)!)


「!!」


 姿を消して斬撃を放つ体勢にあったアルベールは、未熟なかつての弟子の出した答えに僅かに驚いた。

 技が見えないのなら相手の攻撃の方向を制限することで無理やり見きろうというその意図に。防御に回す力も全て攻撃に向けて相手を打ち倒そうという心意気に、驚いた。


 そして二人はぶつかる。


 だが――


「……残念だったな」


 ディクトのすぐ後ろで声が聞こえた。


「ぐあぁぁぁぁ!」


 背に激しい衝撃を受けたディクトは自らが出していた技の勢いも相まって、体勢を崩すとそのまま地面を擦るように倒れこんだ。


「………」


 その様子を無言で見つめるアルベール(ケクナ)


 アルベール(ケクナ)はディクトの攻撃に付き合う必要はなかった。

 彼ほどの腕前があれば突進するディクトの背後に回るのも容易であり、実際に後ろに回りこむと刀の背で人体の急所の一つである腎臓に強い衝撃を与えたのだ。


「……ディクト。……お前はこのままでは惚れた女すら守れん。……お前は弱い。それを自覚しろ」


「……」


 ディクトからの返事は無い。


「……だがそれもこれまでの事。もし一緒に来るというのなら……俺がお前を強くしてやる」


「……だっ、誰が……。敵に……レグニアに寝返ったりするかよ」


「……レグニアに来いというわけではない」


「何を言ってるんだ?」


「……俺にとってレグニアは仮宿に過ぎない。……ディクト、お前には教えてやろう。俺は壁の外から来た(・・・・・・・)


「な……なんだとっ!?」


「……腕を買われてレグニアに入ってはいるが、俺の本当の目的は、使命は壁の破壊ではなく、数百年間もの間ずっと未知である壁の中の情報収集なのだ」


 偵察兵。いつの時代、どこの戦場でも情報は重要であり最も必要とされるものだ。それらを集めるためにエリート部隊が編制されることも多々ある。例にたがわずアルベールも外にある国家の密偵。

 

 超神級守護結界機構(マグナ・ヴィンエッタ)は内部からはその姿を見ることができないが、外からならば別。外からは超硬度の金属でできたドームとして見えているのだ。

 かつて250年の間ずっと内への侵攻を防いできた防壁。内部に入ることは誰とてかなわず、中の情報を得る手段は全くなかった。

 だが、その無敵の壁に揺らぎが生じていることが判明したのだ。1季に1度、ほんの僅かに生じる揺らぎ。そこに1季分の魔力を溜めた100人の魔力をぶつけると……ほんの僅かにだが壁を通り抜けるだけの隙間ができる。そうして送り込まれたのがこのケクナだ。


「……この壁は本当に恐ろしいものだ……」


 ケクナは腕に刻み込まれた紋様を手でさする。

 この紋様は認識阻害を回避するために反・魔法障壁派(アンチウォーリスト)とが編み出した秘術。250年もの前に結界の作成に反対した錬金術師たちが編み出したのだ。そして信頼のおけるものだけに紋章を引き継いでいくことで、これまでその存在が発覚するのを防いできた。


 いかに外の人間であっても一度(ひとたび)超神級守護結界機構(マグナ・ヴィンエッタ)の中に入れば、その機能によって認識阻害を起こし、外の事を記憶の外に追いやられてしまう。

 ケクナ自身もそうだった。彼はレグニアに入るまで自身の使命を忘れてしまっていたのだ。


「……もう一度言う。俺と一緒に来い。今のお前がいてもシャルルベルンの奴らには足かせにしかならんだろう。お前が弱いからだ。弱さとは罪。罪人は見向きもされない。……しかしだ。お前が強くなれば、そうではなくなる」


「……」


「……さあ、どうする? ついてこないのならここから去れ。そうでないなら……力を得て、すべてを手に入れたいというのなら一緒に来い。力があればシャルルベルンの小娘もお前のことを見ようというものだ。どうだ、ディクトよ」


「……分かった」


 ディクトは小さくそう答えた。

 そしてそれが鋼の棺(スティールコフィン)に残された記録の最後の音声だった。

お読みいただきありがとうございます。

男の子には譲れない選択肢がある。もちろん女の子にもあります。

そういえばしばらく正主人公であるぐえちゃんの声を聞いてませんね。誰一人としてぐえちゃんの話はしないという悲しみ。

そして戦いは続きます。

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