056 鋼の棺のアルベール
――鋼の棺
「あ、アンタは!!」
「……久しいな、ディクト……」
二人の男が薄暗いドームの中で対峙している。
一人は茶髪のツンツン髪型の少年、ディクト・マース。
もう一人は伸ばした黒髪を後ろで乱雑に縛ってポニーテールにした30代くらいの男性。神官が身に着けるような儀礼用の服を纏っているだけで防具の類は一切ない。代わりに細い刀身の剣を一振り携帯している。細身で瘦せこけた顔の男の顔には右目を覆うように黒い眼帯がつけられている。
「アンタがどうしてここに! どうして急にいなくなったんだよ!」
「…………」
「なあ、答えてくれよ! 師匠!」
「…………我らが語るのは剣の道のみ……」
眼前の男を師匠と呼び、がなり立てるディクト。
それに対して、男は小さな声で僅かながらにそう言うと、腰に着けていた剣を鞘ごと取り外し、見せつけるかの様にディクトに向けてぐいっと押し出した。
「ああそうかよ……。アンタはいつもそうだ。いいぜ。やってやるよ!」
ディクトは剣を抜き放つ。一般的に普及している剣。刀身はまっすぐで両刃。短くもなく長くもなく適度な長さを保った普通の剣。
ディクトが臨戦態勢に入ったのを見て、男も剣を抜く。刀身は細く片刃で、刃の無いほうへ僅かに反り返った剣。刃の部分には波のように美しいが紋様が浮かんでいる。
「…………」
「…………」
勢い良い言葉を吐いたディクトだったが、その後微動だにせず一向に動こうとしない。
表面上は静けさを保っているが、その心中は穏やかではなかった。
(おじけづくなディクト。相手が師匠だとしても人間に変わりはない。切り込め、切り込め!)
相手に隙が無く攻撃に移れないという理由はある。しかしながらそれ以上に、これまで身に沁みついた圧、言い換えると恐怖を押さえつけようと必死になっている。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
ようやくディクトが動き出した。
咆哮を放ち、臆病な自らの心をかき消すように。
一気に距離を詰めて上段からの一撃を振るう。
剣が男、つまりはディクトの師匠に迫ると、これまで構えたままで動きを全く見せなかった師匠は剣を僅かに動かす。その動きは迫るディクトの剣に自らの剣を合わせるような、寄り添うような動きであり、たったそれだけでディクトの一撃は空を切る。
「だあっ!」
だがそうなることを分かっていたかのように、ディクトは次の攻撃に移る。
攻撃を繰り出した後にはどうやっても僅かな隙ができる。それは修練によって限りなく小さくできるものであるが、ディクトは師匠によって剣を誘導されており、隙を大きくされるどころか技後の体勢を崩された状態でもあった。
崩された体勢。だが、ディクトはそれを予想していた。昔からずっとそうだったからだ。
予想できて、そして体が覚えているからこそ技の隙を最小限に抑えて横凪の一撃を放ったのだ。
――キンッ
だがそれもわずかに動いた剣の腹によって勢いをそがれ明後日の方向へ誘導される。
とはいえ攻撃を止めてしまうわけにはいかない。ディクトは次々と攻撃を繰り出す。連打に次ぐ連打。攻撃を止めてしまえば次は無い。そう直感で感じているのだ。
金属と金属がこすれあう音が棺の中に響く。だがそれは野蛮で粗雑な音ではなく、儚いような華憐なような澄んだ音。
つまりは、師匠がディクトの攻撃すべてを剣の僅かな接触でいなし続けているということだ。
「……その程度か?」
聞き漏らすほどの小さな声。
「そんなわけあるかっ!」
だがディクトの耳はその声を拾っていた。
声に乗せて気合を入れ、もっと速く、もっと重く、もっと深く、と斬撃を繰り出していく。
「…………雑になっているぞ」
ディクトの全てを込めた斬撃をいなし続けていた師匠が不意に力を込めた。
今までの逸らすような剣ではなく、明らかに剣をぶつけに行く。
――ギィィン
「ぐっっ!」
ディクトは衝撃の走った剣をなんとか握りしめる。剣が上へと弾き飛ばされそうになったからだ。
そのおかげで体勢は崩され、胴ががら空きとなる。
相対する男はその隙を逃す男ではない。
スッとディクトの喉元へ薄い刃を突き付けたのだ。
「……勝つ以前に戦いにもなってはいない」
それはディクトも分かっていた。彼が振るう剣は目の前の男から教わったものだ。自らが教えた剣。技の起こりも踏み込みも剣筋も、全て手に取るように分かる。男の言う通り、この戦いは戦いにすらなっていないのだ。
「どうしてだよ、ケクナ師匠……」
「……その名前で呼ばれるのも久しいな」
「なんでいなくなったんだよ!」
「……必要がなくなったからだ」
「必要? どういうことなんだ、教えてくれよ師匠! なんでこんなところにいるんだよ!」
「……聞きたければ剣で語れと言った」
ディクトは奥歯を噛んだ。すでに剣の会話には失敗したのだ。ひとえに己の未熟さ故。
「……一つだけだ。俺はレグニアのアルベール。それだけだ」
「ある、べーる? なんだよそれ……どういうことだよ!」
「……」
「だんまりかよ。聞きたければ剣で語れって? 上等だ! 今の俺はもうアンタに教えを乞うていたころの俺じゃない! 必ずその口割らせてやる!」
ディクトは感知増強を使い、己の感覚を研ぎ澄ます。
そして突き付けられた刃から脱出すると、構えを変えた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
元々の剣技に冒険者として培った技術と知識を加える。
(なぜだ! 何故なんだ師匠! どうして俺の前からいなくなったんだよ!)
再び剣と剣が音を奏で始める。
(アルベールってどういうことだよ! なんでレグニアなんかにいるんだよ!)
金属の演奏は先ほどと違い、力にあふれるメロディへと変化している。
「…………」
アルベールは涼しい表情を崩さない。
ディクトが彼と出会ったのは今から7年前のこと。ディクトが8歳のころ、トルナ村の外れの森の中で出会った。
出会いの印象としては悪い部類に入る。彼が空腹でぶっ倒れていたところ、ディクトが食事を与えて復活したのだ。
(あの時は驚いたもんだぜ。死んでるのかと思ったからな。そしてあんたはこれからも食事を持ってきてほしいと言った。変わりに剣術を教えてやるからと)
男はケクナと名乗った。
不思議としっくりくる名前だった。
(もちろん俺は二つ返事をした。アイツのためにも強くならなきゃならないって思っていたところだったからだ。渡りに船だった。俺は親にも内緒で師匠のもとに通って、飯を与える代わりに剣術を教わった)
そして1季が過ぎたころ。ケクナは姿を消した。
(今思えばおかしな話だ。師匠は村には姿を現さずに、俺の前からいなくなるまでずっと森の中にいたんだからな)
剣を握る手に力が入る。
どうだ、まだ答えないのか? まだ足りないのか? と剣戟に思いを乗せる。
「…………」
その程度か? と目が語る。
そこがお前の限界か? とアルベールの剣が語る。
ディクトはぎりっと歯ぎしりした。
(その余裕もここまでだ。俺の最強剣技を見せてやる! 度肝を抜け!)
「クラッシュソード、ブレイズエンド!」
疾駆法である風神疾駆を両足にかけて加速する。腕にはピンポイントで 筋力増強基礎を使い膂力を増す。そして剣には大気操作の応用で炎を生み出して纏わせている。
この三つのスキルの複合剣がディクトの持ちうる最強の剣、クラッシュソード、ブレイズエンド!
大別すると斬撃ではなく突きにあたる。
轟轟と赤く燃える剣を前方に押し構えた高速重撃の火炎突き。
ディクトの目にケクナの姿が大きくなっていくのが写る。
――リィィィィン
鈴の音に似た音がなった。
「ば、ばかなっ!」
剣から炎が失われる。その先にはケクナの細い剣の剣先があった。
まるで針に糸を通すようなものだ。ケクナはディクトの渾身の一撃を、剣の先端だけで止めたのだ。
「……技が未熟だ。未完成の技を振るうなどと己が未熟の証拠」
一瞬で見破られた。実の所この技はまだ完成していない。三つスキルのバランスをとるのが難しく、いまだ三つのスキルにかける最適な配分を見いだせてはいなかったのだ。
それでも並みの魔物なら消し飛ぶほどの威力を持っているのだ。
だが、ケクナはそれを児戯だと言わんばかりにかき消して止めた。
「……技とはこういうものの事をいうのだ」
目の前の男がゆらりと揺れたかと思うと、ディクトの眼前から消える。
「えっ……」
ディクトの胸からブシュッと血しぶきが上がる。
(切られた? いつ? どうやって?)
呆けたのは一瞬。すぐに見失った師匠の姿を探す。
その姿はディクトのはるか後方にあった。
「……弱さが罪だとは言わん。だがディクト。お前は剣を捨てろ」
「なん……だと……?」
「……お前が戦う理由は伝わってきた。……惚れた女のためとはな」
「ち……違う! 俺はそんな理由で剣を振っているわけじゃない!」
お読みいただきありがとうございます。
キッテちゃんの幼馴染、ディクト君が相手にするのは因縁の師匠。
心の内まで見透かされる相手にディクトは勝つことができるのか!
次回、「命をぶつけてでもアイツを倒せっ!」にポーション待機!(デュエルスタンバイ的な意味




