055 兄 VS 兄
「なんだと?」
「俺は妹が大嫌いだ。あれはまだ俺もこいつも幼いころの事だった。俺は魔物使いとしての才能を伸ばすために日夜魔物たちと修行をしていた。そんな時あいつはこういったんだ。『魔物使いって地味。ていうか、弱そう? 自分で戦わないでさ、魔物に戦わせるって最低だよね。自分は弱いくせに、偉そうにするだけなんだから。ざぁこ、ざぁこ』ってなぁ! 最初からこいつと俺はそりが合わなかったが、それ以降さらにひどくなった。事あるごとにいびられ、反抗しようもんなら親に言いつけられて、親父から殴られた。そんな俺の憎しみが分かるか?」
「じゃあなぜ生き返らせようと……」
「もちろん、このくそ生意気な妹をわからせるためだ! 俺は復讐の機会を待っていた。だがこいつはおっちんじまった。椅子の上に乗って、俺を足蹴にしていた時に足を滑らせてなぁ。そうして自分勝手にこいつは死んだんだ。だから生き返らせる。そしてわからせる。
まあそれは最終目標だな。
まずはこいつがよみがえった瞬間に、あれだけ悪態を垂れていびっていた生き物たちに囲まれているのを目にした時にどういった面をするのか見てやりてえのよ」
スライムの中の妹の周りには、距離を置いて蛇やムカデなどが入っているのが見える。それらは妹と同じく生命活動が停止していて、つまりは死骸ということだ。
「朝昼晩、三食カエルの卵を食わしてやるんだなぁ。気持ち悪がって吐いても許してはやらん。アイツが俺にしたことを思えば優しいもんだ」
ずずず、と巨大なスライムがジョシュアに向かってくる。
「さあ、お前もこいつの一部となれ。お前の死体を目の当たりにした妹の顔が楽しみだ!」
「断る! 貴殿の妹であっても私の妹と同じ! 妹の悲しむ顔など見たくはないからな」
「ケッ、理想の妹ばかりを追い続ける身勝手なタイプの奴だったか。血のつながった妹がいないやつにありがちだな。もはや問答無用だ!」
「あぁ。妹好きに言葉はいらん!」
二人の話は嚙み合わない。
方や実の妹に憎しみを抱く兄。方や幻想の妹最高な兄。
二人の兄たちの意地が、妄想がぶつかる!
リューサルマの妹ボディを維持しているリベリアルスライムが跳ねた。
超巨体が大砲の弾のように一直線に空を切る。
その動きに目を見開き驚愕の表情を浮かべたジョシュア。スライムが巨体ゆえに回避も間に合わずその一撃を食らってしまい、そのまま壁へと激突し血反吐を吐く。
スライムは壁にぶつかった反動でぼよんと跳ね返り、ぽよぽよと複数回跳ねることで床との摩擦でブレーキをかけて停止する。
あれだけの動きの振動と打撃次の衝撃を受けたはずなのに、内部の妹の体は先ほどと何一つ状態が変わってはいない。
ガシャリと床に手をついて脳から痛みを振り払っているジョシュア。
(急げ、立ち上がれ、追撃がくる)
「つぶせ、リベリアルスライム! 奴をつぶせ!」
指示によって再びリベリアルスライムが跳ねた。だが今度は直線ではない。まるでスーパーボールが跳ねるように床と天井とをバウンドしながらジョシュアへと向かって行く。
体をひねって横へと回転することでバウンド攻撃の初撃を回避したものの、リベリアルスライムのバウンドは止まるどころか勢いを増し、高速で天井と床を往復している。
そしてもはや人間の目には負えないほどのスピードの上下運動をしたスライムはとうとうジョシュアの体を捉えたのだった。
(ぐうっ!)
圧倒的な質量の体当たりで干物のようにぺちゃんこにつぶされて終わりかと思った。だが、体中に衝撃が走った後、ジョシュアはスライムの体の中にいた。
――ゴボッ
(目がっ!)
目が焼けるような痛みに襲われた衝撃で肺に残っていた息を吐きだしてしまった。
目を閉じてしまうと状況が分からないが、現状がまずいことだけは分かる。リベリアルスライムの体内成分が人体に良くないのは、リューサルマの妹の体がずっとそのままで保存されていることからも推察できる。
剣を持つ手に力を入れて振ってみるが、もともと個体ではないゲル状のスライムの内部では斬撃の効果は薄い。それどころか――
(重くなってきただと?)
剣を降る腕の抵抗が増してきた。
(周囲が、固まってきている? このままでは!)
手遅れになる前に脱出しなくてはならない。それ以上に喫緊の課題は息が続かないことだ。
(うおおおお! 闘気よ剣に集中しろ! そして爆ぜよ!)
――ドウッ!!
スライムが内部から爆発し、そのボディの一部が周囲へとはじけ散る。
「うえ゛っほ、うえ゛っほ!」
爆発の勢いを使ってスライム体外への脱出に成功したジョシュア。
「ミリシャ! くそっ! ミリシャの肌がっ! 急げリベリアルスライム! 再生してミリシャの体を覆え!」
切羽詰まったリューサルマのの叫びに、未だ染みる目を見開くジョシュア。
その目に映ったのは。体の一部に大きく穴の開いたスライムと、穴が開いたことによって体の一部が外気に触れてしまい、シュウシュウと煙を上げながら皮膚が黒く変色していく彼の妹の姿だった。
だがそれは僅かの間だった。
再生したリベリアルスライムのボディに彼女の全身は再び覆われて、変色しつつあった肌も、ゆっくりと元の白い肌へと戻って行った。
「見誤った。お前という男を見誤った。妹には手を上げない妹好きだと思っていた。だが、まさか妹に危害を加えるような男だったとは。所詮は幻想妹好きの男だったか」
「ち、違う! 私は妹に手を上げたりしない!」
「なら剣を捨てろ。そうすればお前を妹好きだと信じてやる」
――カランカラン
その音はジョシュアの剣が床に転がった音。
リューサルマの言葉から僅かの間すらおかずにジョシュアは剣を手放したのだ。
「いい心がけだ。じゃあ、そのまま死ねっ!」
再生を終えたリベリアルスライムが再びジョシュアを取り込もうと体当たりを繰り出してくる。
(私は妹を傷つけたりしない。その想いは行動で示した。じゃあその次は? その次はこのまま妹の兄の言う通り死ぬのか? いや、それはできない。そんなことをすれば妹が悲しむ……。悲しんでくれる、はず……。いや、本来なら悲しみを与えてはいけない。兄が、私が死ぬことで彼女に悲しみを与えてはいけないのだ。だから死ねない!)
ジョシュアは回避に専念する。
さすがに目は慣れてきた。いかに高速に跳ねようともその軌道は物理法則に従っている。
「おいおいおい、さっさと死ねよ。兄なら妹のために死んでやれよ!」
(妹は道具ではない! あいつはリューサルマは妹を道具として扱っている。兄として風上にも置けん男だ! もはやあいつを妹の善なる庇護者とは呼ばん! そしてそうだ。あの妹、ミリシャは非道な愚兄から救わねばならん!)
ジョシュアは決意を固めた。
リューサルマを倒し、非道な扱いを受けている妹を助ける。
だがそうするためにはリベリアルスライムを倒す必要があり、リベリアルスライムを倒すという事は、先ほど見たように保護を失ったミリシャの体は朽ちていくことになる。
リベリアルスライムの体当たりを回避し、転がる隙にジョシュアは床に放り投げた剣を再び手にした。
「ここまでだリューサルマ。お前の野望を打ち砕く!」
ジョシュアは剣を構える。それは先ほど32匹のスライムを倒した時と同じ霞の構え。
その闘気が、オーラが今までの比ではなく溢れ出しており、この場を包み込む。
「お前、本気か!? 本気で妹を!? や、やめろ! 俺の願いが、俺の復讐が!」
リューサルマの叫びを聞き流す。
ジョシュアの目は正面にリベリアルスライムを、そして中にいるミリシャを見据えている。
「うおおおおお! タルタング剛剣術奥義、極光牙闘舞閃光波動剣!」
闘気を込めた究極の一撃。前へと突き出した剣から放たれる眩い光。
目も眩むような光が、跳ね突っ込んでくる巨大なスライムを飲み込む。
「やっ、やめろぉぉぉぉぉぉ!」
放たれた光の奔流がスライムを消し去っていく。
外側からじわじわと消え去っていき、その体積を小さくしていくスライム。
「リベリアルスライムが死んだら、ミリシャが、ミリシャがっ!」
リューサルマの叫びもむなしくリベリアルスライムのボディは消し飛び、中に入っていた少女の体が地面へと落下する。
「うなれ右足!」
ジョシュアは見事な脚力で距離を詰めると、少女の体が床へと落下する前に優しくその体を受け止めた。
だが、リベリアルスライムを失った彼女の体は先ほどと同じくシュウシュウと煙を上げながら黒く変色し始める。
(以前に聞いたことがある。その話が本当ならば!)
気を放って周囲のもの(ムカデやら蛇やら)を吹っとばし、床の上をきれいにしたジョシュアは、そこに変色していく妹を寝かせる。
「頼む、棺よ! お前の力で妹を救ってくれ!」
床に手をついて、ありったけの想いを込める。
「頼む! 頼む!」
必死の祈りが通じたのか、床が緑色に光り出し、少女の体がずぶずぶと床へと沈み込んでいく。
「おお、おお!」
ジョシュアは涙した。
そして少女の体は完全に床に埋没して見えなくなってしまった。
「き、貴様、何をした! あいつを、ミリシャをどこへやった!」
「彼女はこの棺に保護してもらった。おまえのスライムが無くとも遺体は劣化しまい」
(リビルジェンメタルジア。生ける金属の話は本当だったか。これであの妹も救われよう。あとは……)
「おのれ、おのれ、おのれおのれ! 俺の生きがいを、よくも、よくもよくも! 返せ、ミリシャを返せ! あいつには俺の恨みをぶつけてやらなければいけないんだ!」
逆上し、短刀を手に持って襲い掛かってくるリューサルマ。
「げぶうっ!」
そんな相手に後れを取るはずもなく、ジョシュアは彼の腹に剣の柄による重い一撃をお見舞いした。
「フッ。殺しはしない。同じ妹を愛した男だ。事が終わるまでそこでおとなしくしているんだな」
(キッテ……。妹の祝福で迷える妹たちを救うことができた。感謝するよ)
ジョシュアはキッテに渡された剣を眼前に掲げて目を瞑り想う。
すると剣はパキンという音を立てたかと思うと、粉々になって崩れ去ってしまった。
こうして氷の棺でのシスコン対シスコンの戦いは幕を下ろしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
兄たちはいつも妹の事を想っている。




