054 ブラザーとシスター
(大切な妹キーティアナ。今の彼女の双肩にかかる重圧は並みではないだろう。それを払ってやるのも兄としての務め。そうだろうジョシュア? もらった剣を失ったとしても、許してもらえるまで謝ればいい。ここで私が倒れて彼女の責務にさらに重しを課すよりは)
ジョシュアは右に差していた剣を抜く。
「ようやくやる気になったのか。もうちょっと王宮騎士団の心意気ってのを見せてくれねえと、あまりに弱すぎて折角の祭りが台無しだぜ」
眼前で片刃の剣の刀身を確かめる。
剣を渡せたことに喜んだキッテは笑顔を浮かべたまま跳ね去ってしまい、剣に関する詳しい説明はなかった。それを指摘するのも野暮だと思い今に至っている。
キッテは錬金術師であり鍛冶師ではない。調合よりも錬金が得意な妹分とはいえ、金属から剣を作成するほどの技量はない。つまりはベースの剣に何らかの付与がされていると考えるのが妥当だ。
じっと見つめた刀身。顔が写るほどの磨きこみの中に、よく見ると細かい波紋が付いているのに気付いた。錬金術に疎いジョシュアは見ただけではどんな効果があるのかはわからなかったが、これが彼女の付与なのだろうと考える。
「来いっ!」
効果は解らないが、この剣なら酸のスライムとも渡り合えるだろうと確信する。
ほかならぬキッテが作ったのだから。
「いいだろう。それが最後の言葉にならなきゃいいなぁ。
あぁ、命乞いさせるから最後にはならないか。くははは。さあ、アシッドリィスライムよ、あいつを膝まづかせろ!」
リューサルマの指示によって正面から32体のスライムが襲い掛かってくる。
この攻撃を回避しても次は64体になる。
(その事態を避けるためにはここでかたをつけなくてはならない!)
ジョシュアは剣に気を込める。魔力とは似て非なるもの。自然界からも得ることができる魔力とは違い、気はもっぱら生命体から生み出されるもの。
「これは!」
手に握る剣に違和感を覚えた。気の通りが先ほどまで使っていた剣とは段違いなのだ。
これならば、とジョシュアは思う。
剣を持った両手を体の横に位置させ、刀身を水平にし剣の切っ先を相手に向ける。霞の構えというやつだ。
どんな構えかわからない場合は、クークル先生に聞くとアメリカ人が日本刀を持つときによくやるポーズと教えてくれる。
迫りくる32個の塊。元が一つであるためか初動は規則正しく跳ねるタイミングも同じ。とはいえ、その動きがバラバラであっても、フェイントが混ざっていたとしても問題はなかっただろう。
放つのは、彼が今まで一度も成功したことのない奥義!!
「今ならできる! タルタング剛剣術、豪嵐破砕衝極旋陣!」
カッと目を開いたジョシュアが勢いよく剣を前に突き出すと、刀身からすさまじい暴風が竜巻が、回転する気圧の刃が放たれる。
激しい竜巻が起こすゴゴゴゴゴという地の底から聞こえてくるような低く重い音にかき消されて「ぷぎょん」という音は聞こえることは無かったが、向かってきた32の塊は暴力の渦に巻き込まれて水滴すら残さず消え去り――
渦はそのまま後方にいたリューサルマを襲い……渦に飲まれたリューサルマは天井へとたたきつけられた。
「ぐほっ……」
そのまま地面へと落下したリューサルマは口から血を吐く。
ジョシュアの放った剣技は先頭にいたスライム達に幾分か威力をを殺されていたため、リューサルマに致命傷を与えるには至らなかった。
「はぁっ、はあっ、まさか、これほどとは……」
「相手に力量を見誤るのは未熟な証。だが今ので力の差は歴然としたはずだ」
「まだだ。こんなもんで。俺が倒れたら妹は……。妹はっ!」
リューサルマは必死の形相を浮かべると、ぐぐぐと体を起こし、バシンと膝を叩くことで気合を入れて立ち上がった。
「妹?」
「ああそうだ。妹だ。俺は妹のために戦っている」
「……そうか。貴殿にも妹が」
「あん? お前、確か男兄弟の末っ子じゃなかったか? 俺と違ってなぁ」
「妹に血のつながりは必要ない」
「はぁ?」
リューサルマは疑問符を浮かべる。
「妹に血のつながりは必要ない」
「いや、聞き返したんじゃなくてよぉ」
なぜか同じセリフを二回繰り返したジョシュアに対して、僅かながらにゾワリとした感覚を覚えるリューサルマ。
「そんな事よりも、貴殿も妹に命を懸けるものだったか。
分かるぞ、分かる。妹はいいものだ! あの愛らしい笑顔、つぶらな瞳、小さな手! 無条件に保護したくなる感情が無限に湧き上がってくる!」
「おい、話を聞けよ」
「なんだ今いいところなんだ。妹の話以上に重要な話は無いと思うが?
それでだな、シチュエーションも大切だ。特に朝部屋まで起こしに来てくれるシチュエーションなんかは鉄板でもある。つまりは――」
「だからお前には妹がいないだろぉ!」
さすがに我慢の限界が来た。
リューサルマはどうしても突っ込まざるを得なかったのだが――
「いる! 確かに私の家、ノルクロス家には男子しかいない。だが私には可愛い妹分キッテがいるのだ。彼女は私の心をあたたかくそして幸せにしてくれる、紛れもない天使! 触れることもはばかられる華憐な妹なのだ!
そうだ、降伏したまえ。妹好きに悪い人間はいない。それに貴殿を倒してしまえば、貴殿の妹ぎみが悲しんでしまう。妹好きとしてそれは耐え難いのだ!」
問答無用とばかりに早口でまくし立てられた。
そんな態度が気に入らず、嬉々として語るジョシュアをにらみつけるようにして、リューサルマはこう言った。「俺にはもう、悲しむ妹はいない」と。
「なんだと?」
「妹は死んだ。死んだんだよ」
「そ、そんな……。くっ! すまない。愛する妹を失っていたとは。
そうとは知らず久しぶりに同志に会えた喜びで舞い上がってしまい、貴殿に深い悲しみを与えてしまた。謝罪する。この通りだ」
「謝罪されても妹は生き返らん」
「リューサルマ……」
「だがな、壁を壊して他の国に行けばそうではないのだ。だから俺はこのくそったれな壁を破壊するのだ! これを見ろ!」
リューサルマの手に握られたクラテル。細かい装飾が施されており、先ほどまでのスライムを入れていたものとは違い、手間暇かけて作られた特別製だとわかる。
リューサルマの目的は作りこまれたクラテルを見せつけることではなかった。
彼の手の中のクラテルが光を放ちだし中の魔物を呼び出す。
現れたのは巨大なスライム。成人男性3人分ほどの背の高さのある巨大な琥珀色のスライム。
「あれは、まさか!」
「そうだ。俺の妹だ」
その姿に、ジョシュアは思わず口を開いた。
巨大なスライムの中央には、目を閉じて眠いっているかのような少女が一糸まとわぬ姿でいたのだ。
「俺の妹は8歳の時に死んでしまった。俺は妹を生き返らせる方法を探すためにレグニアに入った。壁を越えてその方法を探すためにな! だが生き返らせれたとしても肉体が腐敗して失われてはどうしようもない。だからこのスライム、生体を保存する能力のあるスライムの中に保存しているのだ」
彼女が死んでからどれくらいの間あのスライムの中に入ったままなのかは分からない。だが、その姿はまるで生きているかのように生命力が満ち溢れていて、今はただ眠っているだけのように見える。
さすがに成長はしないのだろう。ショートカットに短く整えられた黒髪はおそらく当時のままの姿だ。
「死人を生き返らせる方法……そんなものは幻想だ、とは言わん。妹を失う悲しみは理解している。あの姿、あの声、あの匂い。あの笑顔をもう向けてはもらえないのだと思うと……その悲しみは果てしないっ!」
「分かるのなら俺の邪魔をせずに死んでくれ」
感極まって声が高まったジョシュアとは対照的に、リューサルマは静かに低い声でそう言った。
「貴殿の妹を思う気持ちは分かるが、そうはいかない。こちらも妹の期待を背負っているのだ」
「妹、妹、妹とうっせぇなぁ。妹がそれほどいいのか?」
「何を言っている。当たり前だろう。貴殿だってそのはずだ。悪の組織に入ってまで妹を生き返らせようとしているではないか」
「ふん。馬鹿なことを。俺は妹が好きだから生き返らせようとしているわけではない。その反対だ」
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