053 氷の棺のリューサルマ
「王宮騎士ジョシュアか。嫌いなツラをしてやがる」
「顔で勝負が決まるわけではない」
氷の棺と呼ばれる場所。そこで二人は対峙していた。一人はこの国、リヴニス王国に仕える王宮騎士ジョシュア。流れるような美しい金髪と、歩く姿に宮廷内の女官が皆振り向くほどのハイポテンシャルフェイスを持つ男性。
そしてもう一人は反・魔法障壁派、レグニアの一人。
「俺はリューサルマってんだ。今からお前の顔をぐちゃぐちゃに引き裂く男だ。よく覚えておきな」
リューサルマと名乗った男は中背で細身。乱雑に伸びた茶色の髪はボサボサで手入れをしている様子はない。体の肉付きも悪く格闘家の類でないことは見て取れる。その割に武器らしい武器を持っているわけでもない。
「先ほどのジウグンドという男はまだ紳士だったが……、どうやらレグニアの連中が全てそうというわけではないようだな」
「ケッ! ジウグンドなんぞ小物よ。あいつ自慢げに全員の相手をしてやるって言っておきながら無様にも負けてやがるんだからな。
俺はあの新入りよりもつええぜ? どうだ? ビビったか?」
「いや、お前からは彼ほどの脅威は感じないな。本当に彼よりも強いのか?」
「王宮騎士ってのはぬるいんだなぁ。俺の強さが感じられないなんてよ。
まあなんだ? 人をイラつかせる能力は持ってるみたいだがな」
「すまない。別に怒らせる気はなかったのだ。真実は時に人を傷つけるというのを忘れていたよ」
「はい死んだ。お前今ので死んだよ。いや、楽に死ねると思うな? じっくりといたぶって、無様に鼻水たらしながら命乞いをさせてやるよ」
「御託はいい。時間が惜しいからさっさとかかってこい。私はキッテを助けに行かねばならんのだからな」
「すかしやがって! でてこい下僕ども! あいつを殺せ!」
リューサルマは懐から金属でできた二つの筒を取り出す。
銀色に鈍く光るそれがリューサルマの声に反応して光の粒子を噴き出し、粒子は床へと溜っていく。
いったい何が起こっているのか。その疑問は間を置かずに粒子の様子が鮮明になったことで判明する。
なんと光の粒が緑色のゲル状の魔物、すなわちスライムへと変化したのだ。
「スライム程度で私が倒せると思っているのか?」
「十分だろ。さあいけ、スライム達。あいつを殺せ!」
魔物であるスライムが人間のいう事を聞くはずがない。これはキッテから報告のあった魔物を操る薬の力に違いない。向かってくる二つのゲル状の塊を見ながらジョシュアはそう思った。
「ハッ!」
気合一閃。飛びかかってきたバレーボールほどの物体を同時に真っ二つに切断する。
「タルタング剛剣術、神速斬。目にもとまらぬ速さで相手は両断される」
ピッ、と剣を振るい、刀身についていたスライムの残滓を払う。
「なかなかやるじゃねえか。スライムの種類は多いが、その体は概ね二つのパターンに分かれる。全身の細胞すべてが本体のやつと、コアを持ったやつだ。前者は一様にして動きが緩慢で配下にはむかねえ。操るにはコアのあるやつが最適だ。コアが弱点ったって、体の中から砂粒ほどのコアを見つけ出して正確に両断するのは困難だってのによ」
「これで終わりか? ならばお前を切ることになるが」
「せっかちな奴だ。顔のいい奴はもっと人生に余裕があるって思ってたんだがなぁ」
コアを切断されて水たまりのようになっていたスライム。
リューサルマがうんちくを語り終えるタイミングでそれが再び動き出し、ゲル状の立体へと戻ったのだ。
「コアを失ったスライムが何故!」
「俺の使役するスライムは普通のスライムじゃないってことよ。こいつらのコアは10個ある。もちろん一つ切っただけでは再生してしまう。同時だ。同時に砂粒ほどのコアを10個。お前にやれるかな?」
床にバウンドしてスライムが迫る。
ジョシュアはその動きを注視し、目を見開いてコアの位置を探る。
先ほどは確かに1個しかなかったコアがいくつも存在している。
(弱点を隠していたというわけか)
体を右にずらし、スライムの体当たりを回避する。時間差で二匹目が迫るところを――
「ハァッ! 神速斬!」
先ほどと同じく両断してみるが、切ったそばからその体は結合し、その勢いのまま体に一撃をもらってしまう。
「ぐっ!」
金属の鎧をつけているとはいえ、衝撃は体にまで到達する。バレーボール大とはいえ、スライムの質量は水よりも重い。それが反動をつけて襲ってくるのだ。並みのボクサーのパンチの威力を超える。
やり過ごした一匹目が着地した反動を使い後方から体当たりを行ってくる。
「ぐあっ!」
一撃目でバランスを崩していたジョシュアは背に重たい一撃をもらってしまった。
ガシャリと鎧の音が鳴る。床に膝をついてしまったのだ。
「おいおいおい。この程度でやられちまうのかよ? 王宮騎士ってのは名ばかりか? これならわざわざ壁を壊さなくても王国を制圧するほうが早いんじゃないか?」
「世迷いごとを。見せてやろう、王宮騎士の剣技を!」
「はいはい。やってやれスライムども」
ぷるぷると震えていたスライム達が指示によって俊敏に動き出す。
起き上がったジョシュアは剣を構え、ゆっくりと息を吸い込んで――
「ふぅぅぅぅ、見よ、これがタルタング剛剣術、疾風瞬光剣!」
剣閃が煌めく。宙には刃が描いた軌跡が残る。それはまるで網の目のようであり、一瞬のうちに何度も剣を振るった証。
同時に10回以上。2体を一撃で葬るためにはさらに倍の20回以上。その斬撃をジョシュアは繰り出したのだ。
ゲル状を維持する力を失って、びちゃびちゃと落下して水溜まりとなるスライム。
「タルタング剛剣術。しっかりと見せてもらったぞ」
「貴様、スライムを捨て駒にしたのか?」
「捨て駒ぁ? 違うな。こいつらには明確な役目がある。さあ、次に行こうじゃないか」
リューサルマは再び懐から金属の筒を取り出す。
「こいつはクラテルっていうんだ。中に魔物を入れることができる優れ物なんだぜ」
いうが否や、銀色の筒、クラテルから一匹の魔物が出現した。
黄色の体をしたゲル状の生き物。様態からスライムの一種であることは間違いない。
「またスライムか? 先ほどのものとは色が違うようだが?」
ジョシュアが見たことのないタイプのスライム。さすがに迂闊に切りかかることはせず、それとなく相手に解説を促した。
「ぬくぬくと育った王宮騎士のやつらは見たことなんてねぇだろうな。こいつはエルガ大洞窟の深層に生息するスライムだ。能力はなぁ……まあ戦ってみたらわかるだろ。さあ、あいつを焼けただれさせろ!」
口車には乗ってやらないと本人は思ってはいたのだろうが、見事に一部ネタバレをしてくれた。
毒をもつ種類のスライム。それも皮膚からダメージを与えるタイプ。
黄色のゲル状ボディが跳ねる。スピードはそれほどではない。おそらく体自体が有毒であり、その攻撃に対しては防御ではなく回避一択。
ジョシュアはそれなりの重量がある鎧を身に着けながらもひらりと身をかわす。
「そう来るか」
ジョシュアが声を漏らしたのには理由があった。
攻撃を回避されたスライムが着床すると、それが二つに分裂したのだ。
間を置かず、その二つの黄色の玉がジョシュアを襲う。
二つになろうとも回避は可能であり、攻撃はかすりもしなかったが……程なくして玉は4つになった。
「くっ!」
さすがに焦りを見せたジョシュア。
4つをさばききったところで、8つになり、とうとうそのうち一つの攻撃を受けてしまった。
シュワシュワと金属の小手から蒸気が上がる。スライムに触れた部分が腐食しているのだ。
「どうやらここまでだな。っていうか、この程度で終わりかよ。せめて100まで増えるくらいは粘ってほしかったぜ?」
「この分裂方法だと100ちょうどではなく128になるのだが?」
「はっ、口だけは達者なこった。やれ、スライム達。このくそ生意気な優男の口の中に飛び込んで人前に出れない顔にしてやれ!」
襲い掛かる16個の塊。
もはやジョシュアに回避できる数ではない。
「はあっ!」
その場にいるままではやられてしまう。そう考えたジョシュアは前方に走りだして剣を振るう。追うように右から、左から、後ろから、襲ってくるスライムを剣で叩き落して……狙うは首魁であるリューサルマ。
「こいつっ、は、速いっ!?」
その疾駆法は重い鎧を着ているとは思えないほどであり、瞬く間にリューサルマとの距離が詰まる。
「終わりだ!」
リューサルマの心臓めがけて疾風のごとく突きを繰り出す。
伸びる腕が的確に急所を目指し、鈍い光を放つ刃が心臓に届く。
だが……。
「ひゅぅ、あぶねえあぶねえ」
剣がリューサルマに届くには届いたのだが、体に触れた端からぼろぼろに崩れ去っていったのだ。
突進の邪魔をしようと襲ってくるスライムの攻撃をしのぐために両断した際、毒をもつ体を切った剣は腐食していて、ジョシュアの技の威力に耐えられなくなっていたのだ。
「ネオアルマ合金製の剣をこうまで……」
「無駄無駄。金属である以上腐食からは逃れられない。ほら、もう一つ腰から下げてるそいつを使ってもいいんだぜ? 結果は同じだがな」
ジョシュアは腰の右側に下げた剣に視線を落とす。
いつもは左に一刀しか身に着けていないのだが、今は左右に鞘がある。
(これは出発前にキッテからもらった剣。乱雑に使って失うわけにはいかない)
『いつかジョシュアさんに渡そうと思って作ってたの。でもなかなか渡す機会が無くって。きっとこれからの戦いで役に立つから。その、受け取ってください!』
顔を赤らめながら、そして半ばヤケクソになりながらこの剣を渡してきたキッテ。もちろん拒むことなく受け取ったら、花が咲いたように明るい笑顔になったことを目に焼き付けている。
「どうした? そいつは飾りか? 儀礼用の剣なんぞ持ったまま戦おうなんて、王宮騎士ってのはぬるま湯に浸かってるんだな」
(大切な妹、キッテ。あのバルザックの妹で、私にとっても妹に等しい子)
もちろんのことであるが、ジョシュアとキッテに血のつながりはない。ジョシュアの生まれは王都の貴族ノルクロス家。キッテの生まれは王都から離れたトルナ村。まったくもって二人に接点はないはずなのだが、なぜジョシュアがキッテのことを妹扱いするようになったのか。
それは彼がまだ子供の時、避暑地としてノルクロス家が所有するトルナ村の別荘に一季だけ滞在していたころの事。
『見ない子ね? どこから来たの? あ、キノコ食べる?』
『へぇ、王都のね。王都って馬車が空飛んでるって本当?』
『シュアんはさ、大きくなったら何になりたいの? 私は錬金術師!』
『ほれほれ、惚れ薬だぞ。私がつくりました。どうだ! シュアんにもあげよう。なに? 偽物? よーし、そこまで言うなら実演してあげよう。ほら、飲め!』
ジョシュアは自由奔放な少女と友達になった。
彼女の名前はバルザック=シャルルベルン。
一季だけの出会いだったが、その後も彼が15歳になるころまで腐れ縁は続いた。
『誕生日プレゼントのゴギラモスの抜け殻です。男の子ってこういうの好きなんでしょ?』
誕生日に手紙を添えて変なものが送られてくるようになった。
『今度王都の学校に入るの。夜な夜な寮を抜け出してグルメツアーするからよろしく!』
そんな手紙が来た時には厄介なことになった、と思うよりも心がワクワクしていた。
『私、吟遊詩人になることにしたの! じゃあね、またどこかで』
それが彼女の最後の言葉。
15歳になってジョシュアは王宮騎士となることが決まっていた。そんな彼の前からバルザックは姿を消した。
『妹をよろしく』という言葉とともに。
お読みいただきありがとうございます。
始まった棺戦。初戦を飾るのは今まで影の薄かったジョシュアです。
この戦いは彼の内面へと迫れるのか。
次回をお楽しみに!




