052 地獄狂戦士生成剤
「俺の本業は格闘家。素手で相手を叩きのめすのが本当のスタイルだ。
遊びは終わりだ。一撃であの世に送ってやるよ」
言ってる間にも、すさまじい闘気が膨れ上がっていく。
体の中から湧き上がる湯気のようにも見えるそれは、沸騰したヤカンから噴き出す蒸気のようだ。
それにあわせて、見た目にしても元々大きかったジウグンドの体と筋肉がさらにパンパンに膨れ上がっている。
「うおぉぉぉぉぉぉ、こいつで終わりだっ! グランドタイガーカノンッッッッ!!」
丸太のように膨れた右腕から溜め込まれた闘気が放出される。
白く重い、重量を伴った波動。名前のとおり鋭い牙と爪をもつ虎のようなその一撃。
俺は……襲い来るそれをコマ送りのように見ていた……。
次に気づいたときに、俺は地面に横たわっていた。
一体何が起こったのかわからない。
直前までのイメージを重ね合わせると、超強力な一撃を受けて倒れたということだけだ。
体が動かない……。
いつもであれば無意識でも空中に浮遊しているのだが、その魔力的反応も起こっていないほどにダメージを受けたということだ。
ぐぐぐ、と、なんとか首を動かして様子を確認する。
!!
衝撃的な光景だった。
先ほどまでピンピンしていたみんなが一人残らず地に伏せていたのだ。
誰一人としてピクリとも動いていない。
それほどの超撃、大打撃を受けたのだ。
俺は空中にいて直撃を免れたからこの程度のダメージで済んでいるのかもしれない。だとしたら、地上にいたみんなのダメージは俺の比じゃないはずだ。
キッテ!
ぴくって動いた! 大丈夫だ、まだ大丈夫! なんとかキッテのもとまで行ってカバンからポーションを!
俺はずりずりと這うようにしてキッテへと近づく。
頭で考える動きに体がついてこず、思ったように体が動かない。少し進むだけで多くの時間が費やされる。だけど少しでも近くに、少しでも早くにキッテのもとに向かわないと。
待ってろよキッテ!
右手を前に出し、左足を上げ右足を上げ。左手は動かない。
動く手足だけを動かしてずりずりと動いて、ようやくキッテのもとまでたどり着いた。
俺はキッテの当主羽織の袖口からポーション瓶を取り出すと、キッテの口に流し込んだ。
キッテ! 回復してくれ!
飲む力もないのかもしれないが、わずかでも飲んでくれれば、まだ道はある。
祈るような俺の耳に届いたのは、ごくりと喉を小さく鳴らした音。
「ううっ」
キッテ! よし、これでなんとかなるぞ!
「ぐ、ぐえちゃん……」
ああ、俺は大丈夫だ。さあ、もっとポーションを。それでみんなも回復してやらないと。
あ、おい、キッテ?
キッテがポーションのある袖口ではなくカバンをごそごそし始めた。
「ぐええ!」
どうしたんだよキッテ、何を探してるんだ? ポーションじゃないのか?
「私……見えたの……」
えっ、何をだ?
「攻撃……お父さんと……ディクトと、ジョシュアさんを狙ってた」
どういうことだ?
「ほう、それに気づいたのか。おこちゃまでも当主ってわけか」
ジウグンド!!
「戦いといえども女を痛めつける趣味は無いからな。直撃は避けておいた。まあしばらく痛いだろうが諦めてくれや」
なんて奴だ。
手加減されたってことだ。強すぎる……。レグニアってのは化け物の集まりなのか?
「でも……だから、かてる」
えっ?
「みんな……ごめん、ね。うらみごとなら……勝った後で、きくよ」
キッテ、それはまさか!
止める間もなくキッテは取り出した筒をみんなの倒れている方向へ放り投げた。
放物線を描いたそれは地面に落下すると反応を起こし、赤い煙を放ち始める。
「うおぅ、なんだこの煙は!」
ジウグンドは煙の範囲から後退したか。それでいい。
この煙は……。
「地獄狂戦士生成剤……。理性を失って襲い掛かる」
そうだ。キッテが使ったのは生物の理性を失わせて生ける屍のようになって相手に襲い掛かる恐ろしい魔法薬。
ほら、もう効果が出てきている。まるでゾンビのようにパパが、ママが、みんなが起き上がる。
広がる赤い煙が俺とキッテを包み込み……キッテも――
「うぁぁぁぁ……」
焦点を失った目。だらりと力の抜けた肢体は本当にゾンビを思い起こさせる。
皆がゆっくりとジウグンドに向かって歩いている。
まるで死者の行進。今まで生き生きとした生者だったみんなが、ふらふらと体をゆらしながらおぼつかない足取りで進んでいるのだ。
そして俺も……
俺も……。
俺も?
「なんだ? おい、来るな。死にたいのか?」
まだジウグンドの声が聞こえている。
あら? 俺は?
俺に効果がまだ出てないのを不思議に思う中、ゆらゆら進んでいたみんなは、ギラリと目を光らせたかと思うと、一斉にジウグンドへと飛びかかった。
男性陣には容赦ないパンチを繰り出しているが、女性陣に対してはそうではない。
格闘家が本業とあって見事な拳で撃退をしているが、狂戦士状態になったら痛みは無い。
みんなはジウグンドの攻撃をまったく感知しないで延々と襲い掛かっている。
「うおっ、このっ、離せ、離しやがれ!」
そうこうしているうちに、攻撃を逃れていた女性陣がジウグンドにとりついた。
足をつかまれた手を振りほどこうとするジウグンドのだったがその隙に腕を取られ――
「こら! いてえな、噛むな!」
キッテに噛みつかれていた。
あれよあれよとみんなに取りつかれ身動きが取れなくなって……そしてみんなに覆いかぶさられて見えなくなってしまった。
今まさに袋叩きにされているんだろう。
薬の効果の出てない俺はその場に加わることもできず、体も痛いからその場で一人たたずんでいたが……しばらくしたらボコスカ音もおさまって。
うん。ジウグンドは気絶しているようだな。
みんなはというと相手がダウンしてしまったからか、またゾンビのように立ったまま動かなくなってしまった。
なんとも奇妙な光景だ、と思っていた矢先――
「いだだだだだだだ!」
「うごごご、体が、全身が!」
「痛いッス、痛いッス!」
と、急にみんなが正気になり叫び始めた。
「この痛み、ちょっとキッテ、あれを使ったんでしょ!」
「うえええええ、ごめんねバザーお姉ちゃん! いたたたたた!」
うん。みんな地獄の筋肉痛に襲われているようだな。
地獄狂戦士生成剤の副作用ってやつだ。厳密には筋肉痛だけじゃなくて、実は狂戦士中は受けたダメージを急激に回復させている状態でもあって、今出ているのはその回復の反作用である痛みの比率も高い。
「いたああああいいいい。で、でも、これなら勝てると思ってぇぇぇぇぇ」
危ないところだった。ジウグンドが女性に手を上げない紳士おじだったからこの戦法が通じたのだ。そうじゃなかったら武器もない無防備で向かっていく狂戦士状態なんて自殺行為だからな。
そういう点ではキッテの頭脳勝ちだったな。
副作用を和らげるため、カバンの中のポーションでみんなを癒していく。
キッテのマジックバッグはアトリエの倉庫にあるツボとつながってるから、実質容量無制限に近い。
「ぐっ……」
そんな中、ジウグンドが目を覚ました。
観念しろ。もうお前は負けたんだ。
ん? 手が? 床についた手の部分が緑色の光に包まれているぞ?
なんだ、そこから床に光が、記号のような模様が光って、棺全体に広がって――
「みんな、離れて! あいつ何かしようとしてる! 一か所に固まらないで!」
バザーお姉ちゃんの声。
「もうおせえよ」
その言葉を最後に、俺の視界は床から吹き上がる眩しいほどの光に覆われて何も見えなくなった。
◆◆◆
光が収まり目を開いたら俺とキッテ以外誰もいなかった。事を起こした張本人のジウグンドですらも。
「ぐええ?」
どういう事なんだ? みんないないってことは、どこかに飛ばされちまったとか?
「違うよぐえちゃん。みんなが飛ばされたんじゃなくって、私たちが飛ばされたんだ!」
なにっ? じゃあここは風の棺じゃないってことか?
そう言われると……似ているけどさっきまで戦っていた跡が無いな。
「ほう。ジウグンドが敗れるとはな」
「誰っ!」
何もないところから急に声が聞こえた。俺たちはバッと振り返る。
そこにはローブを着てフードを深くかぶった男の姿があった。
「お前がキーティアナか。ようこそ炎の棺へ。私はレグニアのイーヴ。いや、お前たちにはレオニードと言ったほうがいいかな?」
「れ、レオニード!?」
◆◆◆
――氷の棺
「王宮騎士ジョシュアか。嫌いなツラをしてやがる」
「顔で勝負が決まるわけではない」
――木の棺
「おいおい、なんで二人いやがるんだよ。ジウグンドのやつしくじったな」
「私たち夫婦は一心同体」
「あなたで相手になるかしら?」
――鋼の棺
「あ、アンタは!!」
「……久しいな、ディクト……」
――糸の棺
「まあ、ハズレじゃないわね。ようこそお嬢ちゃん」
「あんたがレグニアッスか?」
――金の棺
「ひゅーっ、こいつはまた異世界ファンタジーぽい! それでいて美人じゃん!」
「初対面の女性にかける言葉がそれですの?」
――?の棺
「どうしてお前がここにいる。お前は音の棺にいるはずでは?」
「余計なことは喋らないほうが身のためよ? 生きていたいのならね」
無敵のように思われた紳士おじはキッテの頭脳の前に倒れた。
そして新たに立ちふさがる敵。
マグナ・ヴィンエッタの戦いはさらに激しさを増していく。
次回、〇〇〇〇!(話タイトル検討中)
以上、次回予告風あとがきでした。
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私はレグニアのイースン。
と言っていたのは過去の事! イースンさんはイーヴに改名いたしました(2024/07/27)
 




