048 キャッピキャピのギャル(吟遊詩人)
「とうとう姿を現したのね、反・魔法障壁派レグニア」
キッテの話を聞いた後、キッテママは静かにそう言った。
あの後、光の空間が消えてアトリエに戻っていて。そこから急いでトルナ村に向かった俺たち。ついて早々、かくかくしかじかと事情をキッテママとキッテパパに伝えたのだ。
キッテママは、慌てふためくキッテの話を受け止めるようにしっかりと聞いて、俺でも驚くような内容なのに、大人の包容力というかなんというか、落ち着いたものを感じる。
さすがは先代の当主。キュゼート・シャルルベルンの名は伊達じゃないのだ。
「早くご先祖様を助けに行こう!」
「待ちなさいキッテ。キッテが会ったのは本人じゃないんでしょ」
「でも、テレッサを助けて、って言ってた! 何かご先祖様と関わりがあるんだよ!」
「レグニアの侵攻が、お亡くなりになられたテレッサ様に関係があるというの? だとしても。迂闊に飛び込むわけにはいかないわ」
「なんで? マグナ・ヴィンエッタはいわばシャルルベルン家のホームだよ! 飛び込んできたのは向こうなんだよ?」
「そうは言うがなキッテ。話を聞くに、相手は相当な用意をして来ている。そうじゃなければ鉄壁の守護を誇るマグナ・ヴィンエッタに侵入することなどできないよ。それに、おそらく多くの敵が待ち構えているだろう」
「お父さん、でも!」
「冷静になりなさいキッテ。リィンザーとやらは全ての棺を制圧すると言ったのだよね。全ての棺とはすなわち、炎、木、風、糸、音、金、氷、鋼、地、無。おそらくレグニアは全ての場所を把握していて、そこ全てに手下を送り込んでいるはずだ」
「最低でも10人……」
「そうだよ。対して我々は3人。入念に準備をしてかからなくてはならない」
3人! うん。分かってた。ひ弱なマスコット(俺)は数に入ってないんだって。
でも、4人とは言わないものの、3人と1匹、って言ってくれてもいいのにな。なんて思ったり。
なんていう俺の思いは小さなもので、一人カウントされている当人のキッテは内側から溢れ出す何かを押しとどめるように顔をしかめている。
「ううう!」
「ぐえぐえ」
キッテ落ち着け。俺たちはそれなりに準備をしてアトリエを出てきた。だけどパパたちは今話を聞いたところだ。準備は必要だ。
「ぐえちゃん……」
――バタン、ダダダダダ
玄関が開いた音! 誰か家の中に入ってきたぞ! レグニアの奴らか!?
3人が警戒態勢に入るも、侵入者の勢いは止まらず――
――バタン
勢いよく俺たちのいる部屋のドアが開かれた。
「話は聞かせてもらったわ!」
えっ!? こ、この人!
「あ、あなた、バザー!? 一体今までどこにいたの!」
「固いことは言いっこなしよ、マザー&ファーザー。それと、キッテ、おひさし~」
突如現れたのはキッテのお姉ちゃんであるバザーお姉ちゃん、バルザック・シャルルベルン。俺もずっと昔に1回しか会ったことがないけど、その時の面影は消えていない。
でもあの時からずいぶんと成長してる。今や25歳のはずだ。
「あら、シュバルドバイト、あなた今ひどいこと考えていないかしら?」
ぎくっ! す、すみません年齢の事を考えてました!
ちなみにシュバルドバイトとは俺の事だ。以前バザーお姉ちゃんと会った時に、「あなたの名前はシュバルドバイトね!」と、無理やり名づけられてしまい、キッテがぐえちゃんだよ! ってずっと言ってたけど結局直らなかったのだ。
その時のお姉ちゃんは18歳だっけ? キッテが8歳くらいの時に会った気がしたんだけど、あのころもキャッピキャピのギャル(吟遊詩人)だったけど、今もそう変わらないな。
金色に染めた髪は天然のウェーブがかかっていて、肩辺りまで伸びている。若干釣り目の目を大きく見せるようなメイクに長いまつげ。唇は赤い口紅を塗っていて、白いコップで飲み物を飲むとキスマークが写ってしまいそうだ。
そうかと思えば、服の色は落ち着いた青紫色である桔梗色。体にフィットするマキシワンピースのような桔梗色のローブを着てて、まあ、キッテとは違って出ているところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。なんていうか大人の魅力が満載である。
「バザーお姉ちゃん、お帰り!」
「ただいまキッテ! 可愛くなったわね。憧れのお兄さんとはどうなったの?」
「え、ええっ!? ジョシュアさんとは何もないよ! まだ……」
「あらぁ、それだけ可愛ければ向こうも放っておかないでしょうに」
「き、キッテ、ジョシュアさんって、あのジョシュア君のことだろ!? 何もって、何かあるっていうのかい!?」
コイバナにパパが乱入してきたぞ。こらこら。
話題のジョシュアさんとは、王宮騎士の若手ホープ。最近ではダーニャ惚れ薬事件の時に、敵のアジトに騎士団を連れて乗り込んできてくれたっけ。キッテの事をよく気にかけてくれていて、頼れるお兄さん的な存在だ。
「何もないって! もう! そういうバザーお姉ちゃんはどうなのさ! もう25歳なんでしょ!」
「なんだぁ、姉の年齢の話をするのはこの口かぁ~?」
「ひゅえっ、ふぉ、ふぉめんなはい!」
バザーお姉ちゃんに両手でぐいぐいっと口を引っ張られているキッテ。
さっき俺が年齢の話を回避したところなのに、なぜ地雷を踏んでしまうのだ……。
「それで、バザー。家を出た切り今までほっつき歩いててまったく連絡もよこさなかったあなたが、どうして帰ってきたの? 言いなさい。ことによってはただじゃおきませんからね」
ママが問いただすのも無理はない。
俺たちがバザーお姉ちゃんに会ったのはパパとママがいないとき。つまり、パパとママは王都にある学校の寮からバザーお姉ちゃんが姿を消してから一度も会ってないのだ。
「話は聞かせてもらったって言ったでしょ。私も一応シャルルベルン家の一員。家のピンチには手を貸すくらいの大人力はあるんだから」
「バルザック」
「本当よ。別に家を捨てたわけじゃないもの。吟遊詩人をして国中をめぐってるとね、いろんな情報が入ってくるのよね。もちろんレグニアの事も。これはやばそうだなって思って、急いで戻ってきたらやっぱり事が始まってたか、ってわけ。これでいいかしら?」
さっきまでとはうって変わって真面目な表情でママの目を見ている。
「……分かったわバザー。今は少しでも戦力が欲しいの。あなたが帰ってきてくれて嬉しいわ」
「ありがと、マザー」
これまでの確執を水に流すかのように、二人はそっと抱き合った。
そしてパパも加わり、そんな様子を見てたキッテも私も私もと加わった。
――ギンギンギンギンギン
そんな一家の再開を邪魔するかのように音が鳴った。
これは玄関のドアノッカーの音だ。
わざわざ来訪を知らせるってことは、レグニアのやつらじゃないな。
「キッテ、水臭いッスよ!」
玄関にお出迎えに行くと、開口一番そんなセリフを放たれた。
「ダーニャ! それに、ディクト! えっ!? ジョシュアさん!?」
玄関には幼馴染の運送屋の女の子ダーニャと、同じく幼馴染の赤毛の男子冒険者のディクト。そして、先ほどコイバナで話が出たキッテの憧れ王宮騎士ジョシュア・ノルクロスの姿があったのだ。
「よう、大変だってダーニャが言うから来てやった」
そっぽ向きながらぶっきらぼうに言うディクト。
「可愛い妹のピンチだって言うからね。私も力になるよ」
そう言ってイケメンスマイルを見せるのはジョシュアさん。仕事はどうしたのだ仕事は。こんなところにまで来てるほど王宮騎士は暇じゃないだろうに。
「みんな、どうして……」
「あたしが連れてきたッス! キッテのおうちの事情は分からないっすが、恋人ッスから! 恋人が大変な時は力になるのが恋人ってもんッス!」
「ダーニャ……! ありがとう!」
ぎゅっとダーニャに抱き着くキッテ。
それよりも……トモダチっていう言葉に俺は僅かな違和感を覚えたのだが。
「ディクトも、ありがとう!」
ダーニャから体を離し、大きく腕を広げてディクトへと向かうキッテ。
「おいっ!」
恥じらいからか、ディクトはキッテのハグを避けてしまう。
またとない機会なので素直に抱きしめられていればよいものを。
そしてキッテの次なる目標は――
「ジョシュアさんは、その、ちょっと恥ずかしいので、ハグなしで……」
もじもじしているキッテ。
キッテよジョシュアさんは幼馴染じゃないから無理にしなくてもいいんだぞ。
「あぁ、なんてことだ。私にだけハグをしてくれないなんて。さあ、おいで、恥ずかしがらずに」
思ったよりジョシュアさんが乗り気だ!
私はウェルカムだよ、とキッテを呼び込む体勢に入っている。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ」
ふらふらと吸い寄せられるように、ジョシュアさんに近づくキッテ。
「別にしなくてもいいんじゃないっすか、俺だってしてませんよ」
そういうと、ディクトがハグにいこうとしてたキッテの腕をつかんで、自分のほうへと引き寄せた。
「ディクト君は自分から避けたのでは?」
「どっちでもいいでしょ、そんなことは」
「ま、まあまあ、二人とも仲良くね」
相変わらずディクトはジョシュアさんに当たりが強いな。
「あら、ダーニャちゃんにディクト君、ジョシュア君も」
ママが玄関に追いついてきた。
「微力ながらお力添えいたしますよ、キュゼートさん」
跪いてキッテママの手を取り、その甲に口づけするジョシュアさん。
流れるような王宮騎士ムーブだが、パパに見られてなくてセーフだよ。
「あらあら、キッテはいいお友達をもったわね」
「うん! 最高の友達だよ!」
お読みいただきありがとうございます!
GWなので連日の更新です!(珍しい
ここで満を持してバルザックお姉ちゃんの登場です!
稀代の錬金術師であるバルザックお姉ちゃんはどんな力を見せてくれるのか。楽しみですね(同調圧力
それでは次回もお楽しみに!




