047 超神級守護結界機構を守れ
テレッサ大百科。
それは250年もの昔の偉大なご先祖様、テレッサ・シャルルベルンが書き残した唯一の書物。彼女の知識と知恵が余すことなく書き記されたとされるシャルルベルン家の秘蔵書物であり、代々の当主が受け継いできた由緒ある本である。
はてさて、この本はテレッサの叡智が記されているとされているが、開いてみると中身は真っ白。落書き帳かメモ用紙か、どこまでめくっても真っ白。目次すらも見当たらないという始末。
炙り出しのように火であぶるのか、それとも太陽光に透かして見るのか、いったい全体どうやったら彼女の叡智を得ることができるのか。歴代の当主は持てる知識を総動員してきたが、これまでその謎を解き明かすことはできなかった。それこそ、シャルルベルン家前当主キュゼート・シャルルベルンの代までは。
そして当代。
シャルルベルン家現当主、キーティアナ・ヘレン・シャルルベルンは、今日もかの書物を持ち運び、ピカピカと光らせる。
まるで懐中電灯みたいに聞こえるが、どうやらテレッサ大百科はキッテの強い意志に反応して空白のページが浮かび上がるようなのだ。
そして浮かび上がったページは浮かび上がらせた本人以外でも見ることができる。俺も何度も中身を見てきたからな。
おっと、俺は当主キーティアナ・ヘレン・シャルルベルンの護衛兼助手兼マスコットであり、この物語の主人公で、彼女に着けられた名前は「ぐえ」と言う、ちょっぴり小さくてか弱い子供の竜だ。
そんな俺は今、主であるキッテとともに光の世界にいる。
どうしてこうなったかというとだな……。
とある依頼を終えてアトリエに戻ってきたところだった。突然キッテのカバンに入っていたテレッサ大百科が光りだすと勝手にカバンから飛び出した。そして世界のすべてを包み込むほどの光量を放ったかと思うと……俺たちは気づいたら何もない真っ白な空間にいたというわけだ。
「ここはどこなんだろう? さっきまでアトリエにいたのに」
首をかしげるキッテ。きょろきょろと首を回して辺りを見渡しているが、見えている光景は俺と変わりはないはずだ。
どこもかしこも真っ白で、奥行きの感覚もつかめない。まるで果ての果てまであるような広大な空間のようにも思えるし、数歩歩けば床が抜けて落下するかもしれないような狭い感覚もする。
そんな真っ白な空間で色づいているのは目の前にいるキッテだけ。
同年代の子よりは背が低めな元気な女の子。明るい茶色をした髪の毛が首のあたりでふわっと内向きにカールしていて、もふもふしている。
服装の好みはアグレッシブでピッタリ体にフィットしたものを好んでいて、薄くてすべすべなピッチリ体に張り付くようなインナーを上下着てるため、体全体をその白色のインナーが覆っている。それだけじゃあ全身タイツの変態の子みたいであるが、ちゃんとオレンジ色のチューブトップの服と、ミニスカートをはいており、大事な部分の防御はばっちりだ。
キッテはよく飛んだり跳ねたりするから、ミニスカートじゃ心許なすぎるのだが、本人がミニスカート好きなのでこればっかりは仕方ない。そんなに動いているのに、頭の上に乗った帽子も良く落ちないな、と思っているのは内緒だ。
というわけで、白一色の世界に半分溶け込み、半分色が目立っていて、ずっと見ていると目がおかしくなってきそうだ。
さてさて、どうしたものか、と思っていた時のこと――
『よく来た。我が子孫、キーティアナよ』
ブンッという音と共に、光しかない空間にホログラムと思われる映像が浮かび上がったのだ。
青色の濃淡で表示されているそのホログラムは、ゆったりとしたローブを纏い、フードを深くかぶった人物の姿をしている。
フードのせいで目元は隠れていて口のあたりしか見えないが、女性であることは受け取れる。
「も、もしかしてご先祖さま!?」
このタイミング、そしてテレッサ大百科が引き金なのだ。キッテも俺と同じことを考えていたようだ。
『厳密には我はテレッサ本人ではない。我はこのマグナ・ヴィンエッタに移植されたテレッサの意思。そして子孫たちに真実を語るもの』
応答してきたぞ。一方的な映像や通話ではないってことか。
『我が子孫キーティアナよ。当主であるそなたには役目が伝えられているはずです。我が子孫が代々行うべき……いや、行わなくてはならない役目が』
「はい。偉大なるご先祖様テレッサ・シャルルベルンが作り出した世界を守護する結界、超神級守護結界機構を守り、維持し、そして次代へとつないでいくことです」
『そのとおりです。我が作り出したマグナ・ヴィンエッタによって世界は荒廃から免れることができました。マグナ・ヴィンエッタが失われてしまえば再び世界は荒廃し滅びの道を歩むことでしょう』
シャルルベルン家が代々伝えてきた言い伝えによると、かつてこの国は四方八方を他国から侵略されていた。北の強大な帝国、南の蛮族、西の海運国家、東からくる魔物たち。どうして四面楚歌に陥るような状況になったのかは伝えられていないが、壊滅的な被害を受けて滅亡寸前だったらしい。
そんな時、テレッサが国丸ごとを包む巨大な結界、マグナ・ヴィンエッタを作り出し、侵略を防いだ。マグナ・ヴィンエッタは圧倒的な強固さを誇っていて、それ以降何人も内部に侵入を許していないという。
「はい。マグナ・ヴィンエッタの存在を秘匿するための認識阻害。この国の人々から外という概念を消し、長きにわたり平和を保ってきたその仕組みも……必要なものだと思います」
強固な結界と認識阻害。この二つが平和を維持しているキモなのだ。どちらが欠けてもいけない。認識阻害についてはキッテも思うところがあるのだろう。なんせ、マグナ・ヴィンエッタの維持管理が必要なため、シャルルベルンの一族だけが外についての知識を失わずに済んでいるのだ。
でも例外はある。俺のような転生者や、かつて結界の展開に反対した人たちの末裔だ。
『キーティアナ。本来であれば未熟なあなたを今ここに呼ぶことはしませんでした。しかしながら、そうも言ってはいられないのです』
「レグニアのことですか?」
『ええ。かつてマグナ・ヴィンエッタの展開に異を唱えた者たち、反・魔法障壁派の集団レグニア。これまでずっとその存在を感知できませんでしたが、どうやらマグナ・ヴィンエッタの展開が限界に近づいていることに感づいたようですね』
「ええっ!?」
「ぐえぇっ!?」
なんだって!? マグナ・ヴィンエッタが限界に来てるのか!? なんでだ、どうしてそうなったんだ!?
『キーティアナよ。生ける金属、リビルジェン・メタルジアを作るのです。マグナ・ヴィンエッタの限界が来る前に。そして見つけ次第レグニアを殲滅――――な、こ、これ……は――ザ、ザー、ザザーッ――』
どうしたんだ? 映像と音声が乱れているぞ。通信が悪いのか?
『不穏な話をしているな。シャルルベルン』
テレッサ(コピー)の映像が乱れる中、突如その横に別のホログラム映像が映し出された。
その映像には一人の男が映っている。顔に、大きな傷というか紋章を刻み込んだ赤髪で成年の男。
「まさか、レグニア!?」
『ご名答だ。シャルルベルン家当主キーティアナ・ヘレン・シャルルベルン。俺はリィンザー。壁を破壊する者だ』
「ぐえっ、ぐえっ!」
レグニアのリィンザーだと!?
話に聞くレオニードってやつとは違うやつなのか!?
『ザザザー、ザッ、ザー……、いきなさい、ザ、ザザッ、出て行きなさい、ここから、マグナ・ヴィンエッタから今すぐ出て行きなさい!』
『嫌なら力づくで止めてみるんだな。これまでお前たちがそうしてきたようにな』
『ああっ、いけません、それ以上侵入しては! だ、駄目、そこはダメ、やめなさい!
……こ、このままでは……。助けて……、……キーティアナ様 、テレッサを、たすけ……』
ブツンという音とともに、テレッサ(コピー)の映像は消えてしまった。
「ご先祖様っ!」
『ふははははは! もはやこの壁が消えるのも時間の問題だな』
「リィンザーって言ったっけ! あなた何をしてるの!」
『分からないのならそこで指をくわえてみているんだな』
「分かるよ! 悪いことをしてる。それもとびっきりの! 棺だね!」
『ほう、新しい当主は二流だと聞いていたんだがな。その通りだ。俺たちは今棺にいる』
俺たち……。複数いるってことか。
『来るなら来るがいい。行け、我が手先達よ。全ての棺を制圧するのだ』
『グゲゲゲゲ』
『フッ……』
『ギッヒッヒ』
『ククククク』
『ゲギャッゲギャッ』
――ブツン
そこでリィンザーの通信も途絶えてしまった。
「レグニアのリィンザー……
ぐえちゃん、すぐにトルナ村のお母さんのところに行くよ! 大きな戦いになる!」
お読みいただきありがとうございます!
第6話オープニングいかがでしたでしょうか。
今話は本編というか物語の根幹の部分となりまして、いくつか固有名詞も出てきておりますが、無事に乗り越えていただきたく思います。
マグナ・ヴィンエッタ → すごい壁
レグニア → 敵
コフィン → 場所(詳細は次以降)
な感じです。
次回、強大な敵に立ち向かう心強い仲間のお話です。
お楽しみに!




