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045 灰色の正義 その1

「みんな、地下へ走って!」


 キッテが先頭を駆け抜けて目的地を目指す。


 廊下の折り返しに下へと続く石段を見つけ駆け降りていくと、予想と違って広大な空間に出た。


 地下なのにかなり広い。上階の屋敷部分に比べて倍以上はあるのではなかろうか。天井も高くキリンが入ってもまだ余りある。

 地方領主の力が強くなりすぎないようにするための国家の検閲を逃れるための対策だろうか。戦艦の排水量を偽って建造するようなものかな? ちょっと違うか。


 カツカツカツカツというキッテたちが石畳を進む音。その奥に、かすかに聞こえる誰かの声が俺の耳に入ってきた。


『父上が隠した財宝の場所はどこだ!』


『あんたは嫌い、グルダーンは好き。ごはんくれるから』


『ええい、早く言わないか。俺には財宝が必要なのだ』


 男と女の声。もしかしてこの地下のどこかで尋問されている女性がいるんじゃないか?


 もっと詳しく聞き取ろうとしたが、衛兵たちが追いかけてきた大きな靴音の反響によって声は聞き取れなくなってしまった。


 衛兵から逃れるため、もとい、翻訳魔法道具を取り返すために奥へと駆けていく一行。


「ここから強い反応が!」


 というキッテの言葉に反応してドアに炸裂するのは、屋敷の壁をぶち破ったシンディナスさんの蹴り。


 そして、扉を蹴破った勢いで部屋の中へと飛び込んだ。


「な、なんだお前たちは!?」


 木箱がいくつか積まれている倉庫のような部屋。

 ウエーブヘアの美形男子がこちらへと振り返り声を上げたのだ。


 その声は、先ほど聞こえてきた女性を尋問している男の声と同じだった。


 俺はあたりを見渡してみるが、どこにも女性の姿はない。


 いるのは一匹の白猫だけ。


 どういうことだ? 俺たちが来るのを察して隠したっていうのか?

 いや、隠せる場所は無いし、そんな時間もなかったはずだ。この男の驚き様からすると俺たちが来ることを知らなったようだし。


 俺の聞き間違いなのか、と考えを横に押しやろうとしたとき――


『聞いて、しらない人間。こいつ、グルダーンに爪を立てた。グルダーン動かなくなった。私にごはんをくれる優しいグルダーンが動かなくなったの! 返せ、返せ、グルダーンを返せ!』


 (くだん)の女性の声が聞こえてきた。

 その背後に、にゃぁにゃあという鳴き声が重なって。


 そうか翻訳魔法道具か! あの時聞こえた女性の声はこの猫の声だったんだ。


「ええい、黙れ、余計なことを言わずに財宝のありかを言え! ずっと父上と一緒にいたお前なら知ってるだろ。どこだ、どこに父上は財宝を隠したんだ! 屋敷中探しても見つからなかったんだ、秘匿された場所があるんだろ!」


『優しいグルダーン、動かなくなった。隣、隣、グルダーンは隣。匂いでわかるの。グルダーンは隣』


「やっぱり悪だったのね! お父さんを殺すなんて言い逃れできない罪だよ!」


 場がざわつく中、キッテが白猫の言葉に反応した。

 頭の回転が速い子なんだ。ちょっと悪に敏感な、多感な少女なだけで。


 そしてキッテの言葉は間違っていないだろう。

 猫の嗅覚は人間の何万倍も優れていると言われている。きっと隣には殺された前領主の遺体があるに違いない。


 次にどう動くべきか。男を問い詰めるか、無力化して翻訳魔法道具を取り返すか、もっと猫に事情を尋ねるか、前領主の遺体を見つけに行くか、後ろからくる兵士をどうするか……などなど、選択肢が多すぎる中でどれかを行動に移す時間もなく――


「馬鹿野郎、ダルキン様は高潔な騎士だ! そんなことをするはずがない!」


 俺たちに追いついてきた衛兵男衆の一人が後方から声を上げたのだ。


 騎士? この男が?


「そうだそうだ! ダルキン様はずっと俺たちを守ってくださっていたのだ。領主であったグルダーン様からな!」


 別の衛兵が畳みかけるように言葉を重ねてくる。


「えっ、えっ?」


『殺した、殺した、グルダーンを殺した。こいつは銀色の爪でグルダーンを突き刺して殺した!』


 いったいどういう事だ。


 状況を整理しろ。


 目の前の男は騎士。それも高潔な騎士。手には盗まれた翻訳魔法道具を持っている。そして同じ部屋には一匹の猫。翻訳機械によって人間の言葉をしゃべっている猫。死んだ領主グルダーンに飼われていた猫。


 グルダーンの息子である騎士ダルキンの目的は、父親が隠した財宝のありかを探すこと。探しても見つからなかったので飼い猫であったこの猫に隠し場所を問いかけている。


 猫は騎士ダルキンが父親であるグルダーンを殺したと言ってるし、衛兵たちはそんなことをするはずがない高潔な騎士であると言っている。


 騒然とする場。騒ぎ立てる猫。混乱する俺たち。


「すまない皆。本当だ」


 そんな中、静かでいて重い声が喧騒を貫いた。

 発した主は渦中の人、ダルキン。


 いわば圧を発する言葉に、辺りは静まり返る。


「俺は父上を手にかけた。もはや高潔な騎士などではないのだ」


 悲痛な面持ちのまま(うつむ)くダルキン。


「や、やっぱり! 悪い人なんだ! カーナさんから翻訳魔法道具を盗んだ挙句、シンディナスさんを拉致するなんて、いい人がするわけないもん!」


「……言い訳になるかもしれないが、この魔法道具は借りるつもりだったのだ。結果的にこうなってしまったのは申し訳ない。どうしても金が必要だったのだ」


「お金のためって、一番悪い理由じゃないの!」


「承知している。だがそうだとしても俺には必要なのだ。

 父上が他領の商人から借りた莫大な借金を返すためにはな」


「えっ?」


「借金を返せなければ、我が領の民たちが鉱山へ連れていかれてしまうのだ。

 そういう条件なのだよ。父が金を借りた条件は。もとより父は返済する気がなく、自分の懐が痛まないからという理由でそういう悪辣な条件で金を借りていたのだ。

 無論、それでいいはずもない。領民たちを鉱山に送ることなど、どうしてできようか。

 だから返済のためにはどうしても父上が貯めこんだ財宝が必要なのだ。

 だが、いくら探しても見つからず、返済の期限は近づくばかり。

 時間だけが過ぎていく中、いつも一緒にいた猫なら知っているかもしれないと、そう思った矢先に動物の言葉が分かる魔法道具の存在を知った……」


 矢継ぎ早にそこまで言い連ねると、騎士ダルキンは目を見開いた。


「民たちを守るためには金が必要なのだ!

 そして今このことを部外者の君たちに知られるわけにはいかない。どうにか財宝を探し出して、民たちを強制労働から守らなくてはならない。

 たとえ財宝が無くとも、正式に領主となって直轄地を売って金を工面しなくてはならない。

 親殺しのそしりを受けるのはその後だ!

 私には私の正義がある! 事が済むまで君たちは牢でおとなしくしてもらう!」


 くっ……それがこの男の、正義!

 民を守るために他を、父を切り捨ててでも貫き通すという正義!


 見えない圧を全身に受けた感覚。

 この男がただの小物ではなく、信念を持った男であることがひしひしと伝わってくる。


『だったらなぜそんなに辛そうな顔をしている』


 えっ!?

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダルキン様とても良い人だった!! お金を手に入れるために翻訳機が必要だったのも良かったです。 いつのまにか、めちゃくちゃ良いお話になっていて、 やっぱりセレンさんは天才だと思いました。…
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