044 凶器はシャンデリア
執事さんと廊下を歩く。
「領主であるグルダーン様がお亡くなりになられ、長子であるダルキン様がその後を継がれるための準備で少々ごたついておりまして。しばらくこちらでお待ちください」
俺たちは客をもてなすための部屋へと通される。
それでは失礼いたします、と深々と礼をして執事は去って行った。
ここで待っていたらダルキン氏がやってくるのか、それとも準備ができ次第別の部屋に案内されるのか。どちらにせよ俺たちの目的は面会ではない。
「茶菓子の一つも置いてないなんて、ケチな領主ですね」
などと言いながら家探しを始めた食欲旺盛メイドのメニー嬢。干からびた一欠けらのスルメを見つけて口に入れようとしたところを、もう一人のメイドさん、ベルルさんに止められていた。
「ダメですよメニーさん。悪の巣窟なんですから食べ物には全部毒が盛られてるって考えなくちゃ」
いや、キッテ……そこまでは。ただ単に干からびて腐ってそうだから止めただけだとおもうけどな。
「あと……悪の巣窟ですから、監視されてるはずです。だから皆さんこっちに来てください」
急に小声になるキッテ。
それに合わせてどうしたどうしたとみんなで円陣を組む。これはこれで怪しい光景だ。
円陣の中央でキッテはお姉ちゃんレーダーを取り出して覗き込む。
「下から反応があるね、たぶん地下だ」
というので、こっそりとこの部屋から出て目的地を目指すことになった。
部屋を出てこそこそと廊下を進む俺たちだったが――
「アリア様? いったいどちらへ! お待ちください!」
と運悪く執事に見つかってしまった。
いや、見つかるまでがすごく早かったけど、もしかして本当に監視されてたのか?
もちろんお待ちするわけもなく、キッテを先頭に反応を示す場所へと走り出す。
「お待ちください! そちらはいけません! 誰か、アリア様を止めなさい!」
執事の合図によって、わらわらと衛兵たちが現れる。
前方に4人、後方に執事に加えて5人。
「捕まるわけにはいかないよ! カーナさん、ここは強行突破します! ぐえちゃん、これっ!」
キッテがカバンを開いて俺に何かをパスしてきた。
俺は短い両手でそれをキャッチする。
なるほどこれは……
「ぐええっ!」
殿は任せろ!
「止まれっ! 女子供に俺たちが抜けるとでも思っているのか!」
今のメンバーは、キッテ、カーナさん、メイドさん2名と俺。言われた通り、屈強な男たちにかかるとひとたまりもない。
だけど、勘違いしてもらっちゃ困るぜ。キッテは錬金術師なんだから。
「えーいっ!」
カバンから取り出した小瓶を力いっぱい投擲する。
瓶はやってくる衛兵たちの真上の天井にぶつかって割れ、そこから水滴が彼らの上に飛び散る。
「なんだこれは?」
体にかかった液体を不思議そうに見る衛兵たちだったが、その液体から湯気のようなものが上がり始めると、急に様子がおかしくなった。
「うわあぁぁっ、なんだ、骸骨だ!」
「ひぃぃ、どうして死体が動いているんだ!」
「くるな、くるな!」
前方の一団はパニック状態。効果は抜群のようだ。
あれは妄想薬というものだ。気化した液体が相手の体の中に入って作用し、頭の中でやたらとリアルなホラーを見せる代物だ。材料は――
じゃなかった。俺もこっちを相手にしなけりゃな。
後方から迫る一団。
俺はパタパタと空を飛び、手に持った粉、先ほどキッテから渡された袋を開いて、中に入った粉をふーっと、吹き飛ばす。
「ぐわっ、な、なんだこの赤い粉は、目に染みるっ!」
どうよ、キッテ特製の催涙粉は。
「ええい、面妖なトカゲめ!」
うわっ! なんか投げてきたぞ!
俺の体をかすめるように何かが投擲される。
俺をかすめて横の壁にへばりついたそいつは、トリモチか! これなら屋敷の中でもモノを壊さずに制圧できる、って、よっ、ほっ、それ、甘いぞ、こっちだ、うわあっ!
奴らの頭の上を飛び回り華麗に回避していたのだが、回避する方向を誤って天井から吊るされているシャンデリアにぶつかってしまい――
「うわぁぁぁぁ」
そしてそれが落下して、何人かの衛兵が下敷きになった。
兜をかぶってるから直撃でも死なないだろうが、今のうちに。
「きゃあっ、離して!」
ぬなっ!?
声の先、メイドさんが衛兵に腕をつかまれていた。
「その汚い手を離せ、この悪党!」
それを助けようとしたキッテだったが、メイドさんを人質に取られて成す術もなく捕まってしまって。
「ぐえっ!」
そして俺はというと、キッテたちの様子によそ見をしている隙に、トリモチを食らって地面に落下。
そして最後にカーナさんも捕まってしまい、俺たちは全員無力化されてしまう。
「ぐへへ、捕まった女がどうなるか、分かってるだろうな」
野郎、悪党の一味にふさわしいセリフを吐きやがる。
ワキワキと手指を動かして下品な笑みを浮かべる衛兵。
おいおい、脅すなよ、と他の衛兵たちも笑っている。
このままじゃあ4人ともけがされてしまう!
ええい、皆から手を放せ!
「し、シンディナスさまぁぁぁぁぁぁぁ!」
その時、カーナさんが一際大きな声を放った。
間を置かず――
――ボガァァァァァン
巨大な音とともに真横の壁が煙を立てて崩れ、一匹の獣が乱入する。
「こ、こいつっ、ぐわっ!」
カーナさんを捕まえていた男は獣の後ろ足でけられて壁に激突して崩れ落ちる。
「くひゃっ!」
「ふひゅぅ!」
その隙にメイド二人は衛兵に金的をぶちかまして拘束から逃れる。
キッテはというと、
――ポンッ
自由になる足で靴底に仕込まれた袋を割って粉を足元からまき散らす。
あれは吸い込むと一瞬バチっとしびれる痛みがくるやつだ。
もちろん密着しているのでキッテも粉の範囲内にいるが、自分が使うタイミングで息を止めていれば問題ない。
案の定、バチっと来た衛兵はキッテから手を放し、その隙に俺が使ったのと同じ催涙粉をぶっかけてやってた。
「あぁシンディナス様、お会いしとうございました」
乱入してきた獣は黄色と茶色まだら模様の首のやたら長い四足歩行の動物、キリンだった。
俺はキッテにトリモチを剥がしてもらいながら二人がイチャイチャし始めたのを見ていた所――
「いったいなんなのです! その馬は小屋にしっかりとつないでいたはず」
後方にいたため騒動から逃れていた執事の言葉が聞こえてきた。
ふーむ。そういえばシンディナスさん、背中に何かつけているな。これは馬具?
あ、サイズが合わないのを無理やりつけられていたから外れそう、いや、今身震いして外れた、が正しい。か。
馬と間違われてたんだな。キリンの存在を知らないこの世界では仕方がないか。
なんにせよ無事でよかった。あとは――
「うおぉぉぉ、賊はあそこだ、とらえろぉぉぉ!」
やばい、増援がやってきたぞ!
お読みいただきありがとうございます!
平和な世界では珍しい人対人の争いシーン。小柄な錬金術師のキッテちゃんも無双を見せつけてくれますが、悪の巣窟では多勢に無勢で。
そろそろ第5話も佳境に入ってまいります。
次回もお楽しみに!




