043 不埒な思いを抱いて申し訳ございませんでしたっ!
「メニー! シンディナス様は! シンディナス様はどこ!?」
あられもない姿のメイドさんのさるぐつわを力任せにずらずカーナさん。
この縛られているメイドがシンディナスさん誘拐の容疑者のメニー嬢か。
「ぷはっ! お、お嬢様、申し訳ございません。私が至らぬばかりにシンディナスさまがさらわれてしまいました。申し訳ございません!」
よう、ぎ、しゃ?
いいや、まさかの被害者側じゃないか。
「何があったの? シンディナス様はどこ?」
驚きなどみじんも見せずに務めて冷静に問いかけるカーナさん。
そしてメニー嬢は捲し立てるように語った。
「シンディナス様の就寝前、いつも通りお体を清めていたのですが、そこに覆面を付けた怪しい男たちが押し入ってきたんです!
男たちは私の手から翻訳魔法道具を奪うと、ついでにそこにいたシンディナス様を連れ出そうとしたのです。私もシンディナス様も抵抗したのですが、激しい抵抗を見せるシンディナス様と比べて私はたやすく組み伏せられてしまいました。
私に危害を加えないのならおとなしくするというシンディナス様を連れて行くために、人質として私も一緒に連れていかれて……そしてしばらく歩かされた後、男たちと休息のためにこの小屋へ入りました。その時、ここで私が男たちに辱められそうになった時……シンディナス様がお守りくださって賊どもを蹴散らしてくださったのです!
そのまま翻訳魔法道具を取り返せたのならよかったのですが、賊どもは命乞いを始めました。
そこまでされると、騎士であるシンディナス様はどうにもできません。
あろうことか賊どもはシンディナス様が約束をたがえない騎士だと見抜き、私に危害を加えないのならおとなしく従うと言った屋敷での約束を持ち出し、私をここに置いていく代わりに、魔法道具とシンディナス様を連れて行ってしまったのです。
シンディナス様は、私の拘束は外すように命じましたが、犯行の発覚が早まるのを恐れた犯人たちがそれを許さず、私はここで置き去りにされました。
それが私の知る犯行の一部始終です」
すごい胆力だ。キリン氏じゃなくてこのメイドさんがね。普通こんな状況に陥ったらパニックになってしまうか、泣き出してしまうかしてしまうだろうに、しっかりと状況を主に伝えるなんてな。
「そうだったのね。ごめんなさいメニー、私はあなたを疑っていたの。あなたがシンディナス様と駆け落ちしたのかもしれないって……。だって、あなたの顔、シンディナス様に恋する目をしてたから……」
「私がシンディナス様を!? 滅相もございません! 私はただ、美味しそうだなって思っただけで、はっ!? い、いえ、き、気の迷いだったんです! おなかが減ってただけなんです! 不埒な思いを抱いて申し訳ございませんでしたっ!」
頭を地面にこすりつけて土下座を始めたメニー嬢。
愛するキリンを食用に見られたという事実に、さすがのカーナさんも無言の怒りを噴き出している。
だが、そんなことをしている場合ではないと怒りを収めた。
◆◆◆
メイドのメニー嬢を加えて俺たちは馬車でキリンの蹄の後を追っていたのだが、ある場所を境に足跡が消えてしまっていた。
「お嬢様……。これではシンディナス様の後を追うことができません」
「急に足跡が消えるなんて……。あたりに人が住んでいる様子はないから目撃証言を得るのも難しそうね。あぁ、シンディナス様、あなたは今どこに……」
あるのは馬車の轍だけ。街道であるがゆえに多くの馬車が付けた一直線の轍が残っているだけで、これを追っていってもよいのかどうか。もしかして追っ手を撒くため轍に沿って引き返しているのかもしれないし。
そんなことを考えて八方ふさがりとなる一行。
「よし、できた!」
そんな中、それまで会話が無かったキッテが急に声を上げた。
「ぐえ?」
どうしたんだキッテ。急に大きな声を出して。
「ふふーん、こんなピンチを打開するための魔法道具だよ! これを見て。お姉ちゃんオーラ測定器ぃ~!」
キッテが手に持っているのはノート大の魔法道具。今でいうタブレット端末の、厚さがすごく太いもので、画面にはレーダーみたいなものが映っている。魔法道具の上部にはパラボラアンテナの形をしたものが一つ付いている。と、そんな形状だ。
「いつかバザーお姉ちゃんの居場所を探そうと思って作ってたものなんだけど、お姉ちゃん波数をキャッチして教えてくれるものなんだ。お姉ちゃん波数はお姉ちゃん本人だけじゃなくて、お姉ちゃんがいた場所、触ったもの、作ったものとか、いろいろなものから発せられる波? のようなものなんだけど、今回はそれを逆手にとって、お姉ちゃん波数と翻訳魔法道具の波数を登録して、ピンポイントで翻訳魔法道具の場所を探そうっていう寸法です!」
なるほど。珍しくおとなしいと思ったら、これを作っていたのか。
「さすがはシャルルベルン様! 噂通りです!」
両手を目の前でパンと合わせる可愛いアクションを見せてくれるカーナさん。
「どんな噂かは知りませんが、悪は絶対に許しません! 恋する乙女の邪魔をするのならなおの事です!」
キッテの宣言に、一行が気合を入れる。
そしてお姉ちゃん波数測定器に従って馬車を進めていくと、やがて町に入り、そして大きな屋敷にたどり着いたのだ。
「どうやらこのお屋敷からお姉ちゃん波数が出てるみたい。正確には翻訳魔法道具が発するお姉ちゃん波数だけど、泥棒がいるなら一緒に連れ去られたシンディナスさんもいるはずだよ!」
ふーむ。あたり一帯で一番大きい屋敷だな。
領主の屋敷なんじゃないのかこれ。だとしたら何が目的で……。
「悪の居城だし、正面からは難しそうだね。門には衛兵もいるみたいだし」
遠目で様子をうかがうと、全身装備に身を固めた屈強そうな男が入口の門を守っているのが見える。
さてどうするか、と円陣を組んで策を練っているところで、声をかけられた。
「おっ、嬢ちゃんたち旅人かい? どうだい、うちのグラ鳥のネギソース焼きを買わないか? 香ばしくてうまいぞ?」
屋台のおっちゃんだった。確かにすごくいい匂いがしている。
キッテとメニー嬢が喜んで屋台にすっとんでいった。カーナ様達も後に続いて、人数分購入する。
「まいどあり! しかしまあ、どうして今この領に来たんだい? 今この領は領主の喪に服してる。楽しい場所なんてないぜ?」
ネギソース焼きを買ってもらったお礼だと言わんばかりに情報を提供してくれるおじさん。話によると、数日前に領主が病死したらしい。それで今、町は喪に服していてどんよりとしているのだとか。
「領主が変わってこの領も良くなって欲しいもんだが、それも望み薄かなあ。死んだ領主はそりゃあひどいもので……おっと、死人の事を悪く言うと呪われちまうってな」
そこまで言っておっちゃんは口をつぐんでしまった。
まあ仕方がない。この世界では死んだ人の悪口を言うと黄泉から呪われてしまうという風習が根付いている。どんな悪人であれ死んだあとは安らかに眠らせてやる、という話の裏返しだろう。
俺たちはおっちゃんにお礼を言って、再び円陣で作戦タイムだ。
悪名高い領主屋敷にいかに忍び込んでシンディナスさんを助け出し、翻訳魔法道具を取り返すか。
「皆様、こういう作戦はいかがでしょうか。今喪に服しているというのなら、貴族令嬢である私が弔辞に訪れれば無下にはできないでしょう。幸い、このバクトム家は私のサーニア家と僅かながらにも親交のある貴族領主です。この屋敷の中には入ることができるはずです」
「中に入りさえすれば。シードラゴンの胃で朝食、だね」
「ええ、そのとおりです」
シードラゴンの胃で朝食とはこの世界のことわざで、巨大で屈強な海竜、シードラゴンの口から飲み込まれたとしても、その胃の中にはいろいろなものが飲み込まれているので、朝食だって出来てしまう、というおとぎ話から転じて、中に入ってしまえばどうとでもなる、ということを表している。
こうして作戦が決まった俺たちは、これ見よがしにカーナ様の馬車で屋敷の前に乗り付けて、門番の衛兵とご対面したのだが。
「ええい、帰れ帰れ! ダルキン様は、御父上のグルダーン様の喪に服しておられる。今は誰にも会わぬ。分かったら帰れ」
と文字通りの門前払い。
すいませ~ん、とキッテが声をかけたのが悪かった。やはりメイドさんからかけれもらえばよかったと振り返っても後の祭り。
「門番に顔を覚えてもらう必要はないけれど、あなた、少しくらいは高貴なオーラを感じ取れるようになったほうがいいわね」
馬車の中に控えていたカーナ様が外に出てくる。
お手数をおかけしてすみません、うちのキッテは安全安心平民オーラをまき散らしているもので。
「私はサーニア家の長女、アリア・アル・サーニア。ダルキン様にお取次ぎいただけますか?」
高貴なオーラ(威圧型)を放ったカーナさんの言葉に、衛兵は、しっ、失礼いたしました! といって速足で屋敷の中へとかけて行って……待つこと僅か。
「お待たせして申し訳ございません、アリア様」
黒執事スーツを着た初老の男性がかっちりとした謝罪を決めてきて、俺たちは面会を許された。
お読みいただきありがとうございます!
そんな餌につられくまー、というわけでメイドさんが犯人ではありませんでした。
新容疑者邸に挑む一行。いったい何が待ち受けているのか!
次回もお楽しみに!




