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040 俺は家族だよな?

「健康増進、無病息災を目指しているお茶ですがどうぞ」


 お茶が注がれた湯呑をお客様に差し出すキッテ。

 この世界でも粗茶ですがうんぬんかんぬんと同じような作法があるのだが、キッテは錬金術師であり、きちんと効能を説明する職業柄なのでその作法は使わない。

 そしてまあ、効能のほうも今は茶の極みに達していないので現在進行形だ。


 と、話はそれたが、キッテがお茶を出しているのは先ほど訪れてきた女性とキリン。

 アトリエ内の工房で話を聞きたいところだったが、キリンの首がアトリエ入口を通過できないほどの長さで、天井にもつかえてしまうので、裏口の家庭菜園の一角に急遽テーブルを用意して席を設けてある。


「ご丁寧にありがとうございます」


 カーナと名乗った黒髪褐色肌の美人は湯呑を手に取ると、ふーふーと息を吹きかけてお茶を冷ましていく。


「さあシンディナス様、どうぞ。まだ熱いので気を付けてくださいね」


 そう言うと立ち上がり、手に持った湯呑を頭上に掲げるように持ち上げる。

 するとその横に鎮座していたキリンの首が湯呑に近づいてきて、舌を伸ばして湯呑の中に入れ、それを口の中に巻き取ることでお茶を摂取していく。


 ペットの飲み物用の器にお茶を注ぐという手もあったが、彼女の言動と雰囲気からこのキリンはそういう存在ではないことを察したため人間用の湯呑を使っている。そもそもうちにペットはいないので、そんな器はないのだが。

 え、俺? 俺はペットじゃなくて家族だし!?


「ぐえぇ」


「なーにぐえちゃん?」


 家族だよな? と訴えてみたけど気持ちは通じなかった。

 家族だと信じたいところだ。


 ぴちゃんぴちゃん、という音が聞こえなくなって、カーナさんは湯呑をテーブルに戻すとこなれた所作で着席し、口を開いた。


「突然のご訪問申し訳ございません。実はシャルルベルン様に作成していただきたい魔法道具があるのです」


「魔法道具の発注ですか? いったいどんな」


「はい。それは、愛する彼(シンディナス様)の言葉が分かるようになる魔法道具です」


 落ち着いた声でそこまで話すと、カーナさんは横のキリンとの関係を話してくれた。


 要約すると、カーナさんとキリンのシンディナスさんは前世で愛を誓い合った仲だったが、それが報われることはなかった。だから来世で添い遂げるために崖から身を投げた。それも、これまでに何回か(・・・・・・・・)身を投げたらしい。


 本当かどうかはわからないが、俺が前世の記憶をわずかながらに受け継いでいるので、そういうことも可能なのかもしれない。

 そんな俺だから彼女の話は理解できるけど、横のキッテの頭にはハテナマークが飛び交っている。


「御覧のとおり、私の愛するシンディナス様は今はこのようなお姿。言葉を交わして意思疎通を図ることができません。愛するお方の思いを、心を理解できないというのはとても胸が痛いのです。そのため、どうにかシンディナス様の言葉を理解する方法がないのかと国中を調べましたが、残念ながら成果はありませんでした。

 そんな折、シャルルベルン様の噂を耳にしたのです」


「私の、ですか?」


「はい。今までに見たことのない変わったものを作る錬金術師が最近王都にアトリエを構えたと。それでアシュトンバットの眼光に惹かれる思いで、こちらにやってきたのです」


 アシュトンバットの眼光に惹かれるとは、日本でいう藁にも縋ると同義のこちらの世界の慣用句だ。

 薄暗い森の中で道に迷い、食料も尽きていよいよ餓死寸前の時、まるで道を指し示すかのように僅かに浮かぶ赤い色。それはアシュトンバットという蝙蝠の魔物の目の光であり、空を飛ぶアシュトンバットなら森の出口を知っているはずで、襲われるかもしれないが、空腹で死ぬよりは出口を目指してその光の方角へ進む、というような内容だ。


「なるほどぉ……」


 キッテは微妙な顔をしている。届いていた噂が自分が思ったものと違ったようだ。


「不躾ですが、シャルルベルン様はそのような魔道具を作れますでしょうか」


「うーん、作れないことはないですけど、結構時間がかかりますね。おそらく二季分。今が(シューレ)なので、完成は(クワティッキー)くらいになると思います」


「作れるのですか! それならぜひ! この際時間がかかっても構いません。シンディナス様の言葉が分かるのなら!」


 ガタリと立ち上がり、興奮した様子でキッテの手を両手で包み込むカーナさん。


「あの、カーナさん、落ち着いてください。時間もですけど、代金も結構かかるので」


「お金ならいくらでも出します! こう見えても私、貴族令嬢ですので望むままの報酬をお約束いたします!」


「わ、わかりましたから、とりあえずお座りください」


 あ、失礼いたしました、と我に返ったカーナさんが着席し、その様子を頭上でキリンが眺めていた。


「カーナさんの熱意は受け取りました。ですが、このお話はお受けしません(・・・・・・・)


「そ、そんな!」


 えっ!? 何を言ってるんだキッテ。

 せっかくの貴族令嬢からの高額依頼だぞ? いろんな魔法道具を作成するためにもお金があったほうがいいだろ。


 うろたえるカーナさんと同じく俺もうろたえた。

 まさか断るとは思わなかったからだ。


「あの、落ち着いてください。お受けしないと言ったのは、この条件ではお受けしないということです。あ、報酬に不満があるというわけじゃないですよ? もちろん私のとっては破格の好条件。即受けたほうがいい案件なのですが、お二人? の事を考えると、二季もお待たせするのは申し訳ないと思いまして」


「時間は気にしませんから!」


「私は気にします。だって、大好きな人と言葉を交わせないのが後二季も続くなんてかわいそうです! だから、完成品の現物をお渡しするほうがきっと早いですから!」


 完成品の現物? もしかして。


「カーナさんの言っている魔法道具、以前、バザーお姉ちゃん(・・・・・・・・)の部屋で見たことがあるんです」

お読みいただきありがとうございます!

黒髪褐色美人とキリンの二人組。いったい何回目の崖から飛んだあとなのかはわかりませんが、今回も無事に出会えたようで良かったですね。


詳しくは年間ランキング(純文学)68位(2024.02.21時点)の以下をチェック!

来世で添い遂げるために崖から飛んだ

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宣伝はここまでにして、キッテが最後に漏らしたバザーお姉ちゃんとは何者なのか!

次回もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] キリンさんと貴婦人さんは転生者で夫婦でしたか。 そして翻訳機を依頼するとは。 すごい展開です。 私多分思いつかないです。 やっぱりセレンさん天才すぎます。 ぐえちゃんが自分は家族だよな…
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