039 キッテが俺にべたべたするのには理由がある
「ハァッ、ハァッ、ハアッ」
ふと目を覚ますと闇の中で荒い吐息が聞こえてくる。
それは俺の隣から聞こえてくるもので、尋常でない様子であることを教えてくれる。
俺の意識は即覚醒し、慌てて横で寝ているキッテの様子を確認する。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハアッ、ハァッ」
苦しそうに表情をゆがめて激しく呼吸をし、額には汗が浮いている。
手はぎゅっと布団を握りしめていて、今にも苦しさで暴れだしそうな様子。
「ぐええっ!」
キッテ、大丈夫か!? と声をかけてみても俺の声が聞こえていないのか反応はなく、時折うめき声の混じる吐息の音が聞こえてくるだけだ。
俺は急いでキッテの布団の中に潜り込もうとするが、これまでに寝返りをうっていたようで、布団の端が体とベッドの間に巻き込まれているため横から侵入することができない。
キッテの手が布団を握っていることで上側から侵入することもできず、俺はキッテの足元から布団の中に潜り込む。
布団という楽園の中に潜り込んできた異物を排除するかのように、キッテの足が動いて俺を襲うが、布団の中という限定的な空間であればさほどの威力は出ない。俺は体に当たってくるキッテの脛やひざの圧を感じながら、目的地である腹部に到達する。
キッテ、跡が付くけど許してくれよな!
俺は短い腕でキッテのパジャマの端をひっかけてめくりあげ、キッテのおなかを露出させる。そして、ためらうことなくそのおなかに嚙みついた。
「あうっ!」
布団の外からキッテの喘ぎ声が聞こえた気がするが、緊急事態なのでそれを無視して、俺は口をすぼめてキッテのおなかをちゅうちゅうと吸い始める。
ほどなく俺の体が鉛のように重くなってくるが、それを体から追い出すような感じで気合を入れ、吸っては追い出し、吸っては追い出し、吸っては追い出す。
どれくらい繰り返しだだろうか。
俺の体が重くなる状態が緩和していき、それまで聞こえていたキッテの呼吸音は正常に戻っていた。
俺はキッテの腹を吸うのを止めて、布団の外へ顔をだそうとしてモゾモゾと動く。布団を握りしめていたキッテの手は放たれていて、今度は簡単に外へと出ることができた。
キッテの表情は穏やかなものへと戻っており、改めて聞く呼吸もすーすーと柔らかいものになっていた。
俺はパタパタと飛んでベッドを後にして、近くにある布を手に取ってキッテのもとへと戻ってきて、額に流れる汗を拭きとってやる。
全身に汗をかいているので本当は服を着替えたほうがいいのだが、キッテを起こしてしまうのもためらわれるので、そっと布で拭いていくことにした。
起こさないようにゆっくりと、もぞもぞと布団の中でキッテの汗を拭いていき、ある程度全身を拭き終えたので、布を片してから俺は再び布団の中に潜り込み、キッテの腹のあたりで丸くなる。
すると、キッテは無意識のうちに俺の体を抱き枕のように抱きかかえてきた。
久しぶりだったので焦ってしまったが、もう安心だ。
この症状はキッテの体内の魔力が不安定になり、膨大な魔力を排出できずに体内に蓄積し続けてしまい起こるものだ。
キッテの小さいころからの病気ともいえる。
多かれ少なかれ人間は魔力を身に宿しているが、自らの意思で排出できる人間はごくわずかだ。
そもそも排出しなければならない事態になることが稀で、ふつうは生活しているうえで減っていくか、魔術を使って減っていくかするので、限界を超えてたまることはない。
キッテは幼いころから貯まる魔力量が桁違いで、すぐにオーバーフローを起こして体調を崩してしまっていた。
その昔、大樹のふもとでキッテがこの状態になってしまったことがあった。
そのとき現れたエルフのお姉さんに助けてもらい、俺がキッテの症状を抑えることができることを知った。
具体的には俺の体を介して溜っていく魔力を放出するのだ。近くにいるだけで僅かながらでも放出できるのだが、密着しているほうが効果が高い。
昼間にキッテがよく俺を抱っこしているのも、膝の上に乗せたり、一緒に寝たりしているのもそのせいだ。普段からこまめに魔力を排出して、状態を維持しているというわけだ。
エルフのお姉さんは成長すれば治ると言っていたはずなんだが、症状は和らいできたものの、キッテが15歳になった今でも完治はしていない。
とはいえ、本当に久しぶりに症状が出たのだ。
考えられる要因として、先日の出来事があげられる。
ダーニャ惚れ薬事件だ。あの時は忙しくて、後半はダーニャとキッテがいちゃいちゃしてて俺の入り込む隙が減っていたのもあるが、それだけで症状が出るほどでもない。
原因はおそらく、ダーニャを操っていたあの小物が吐いた一つの言葉だと思う。
そして、小物の黒幕である錬金術師レオニード。
あの後、必死の騎士団の捜索にもかかわらず、やつを取り逃したというのだ。
その話を聞いたときキッテは顔には出さなかったけど、その事実が心の奥底で燻り続けていて、体調に影響を及ぼしたのだろう。
だけど、レオニードの事は王宮騎士団に任せるしかない。
とりあえずとしては、俺もこまめにキッテの魔力を抜くことを心がけようと思う。
◆◆◆
それから数日が経った。
キッテの調子は良く、いつもの通りアトリエを開けて働いている。
店内は大盛況というわけではないが、常に数人のお客さんが訪れているような状態だ。いまのところまずまずの状態だといえる。
「ポーションと張り薬ですね。追加で携帯用非常食はいかがですか? こちらはハール麦やメソコーン、ケムルの種など栄養満点のものを固めて棒状にしたものに、企業秘密のシロップにたっぷりと浸したパーフェクト非常食になっています!」
「い、いや、それはまた今度でいいよ」
「そうですか、ではまたよろしくお願いしますね!」
営業スマイルと営業トークにも板がついてきた。
ここのところ、惚れ薬目当ての若い女性だけでなく、武骨な男性冒険者たちも訪れるようになってきた。
どうやらキッテのポーションはよく聞くという口コミが伝わっているようだ。
でも、それと同時にアトリエに置いてある完成済み商品には何が入っているかわからないし、キッテが何か怪しい物質を好んで追加してくる錬金術師だという話も伝わっていて、お客の出入りはトントンのようだ。
そんなこんなで順調にアトリエを運営して、夕方になって本日の営業が終了となり、アトリエ入口の看板をクローズに変えたところだった。
――コンコン
入口ドアを遠慮がちにノックする音が聞こえてきた。
「はーい」
店内清掃をしていたキッテがトトトと入口へ向かい、ガチャリとドアを開いた。
「閉店後に申し訳ありません。少々お時間よろしいでしょうか」
「へえっ!?」
素っ頓狂な声を上げるキッテ。
それもそのはず。ドアの外にいたのは17歳くらいの黒髪美人。肌は褐色でつやつやしており、高価そうな装飾品を身に着けている。
だけどそれくらいで驚いたりはしない。
その横にはキッテの目が空を仰ぐほどの首の長さを持った動物、四足歩行でハタキのような尻尾を持ち、黄色の肌に茶色い大きな斑模様がついた大きな動物がいたからだ。
おそらくキッテはこの動物を見たことがないだろう。俺も見たことがない。でも俺は前世の記憶で知っている。
こいつは紛れもなくキリンだ!
「私の名前はカーナ。そしてこちらがシンディナス様。私の愛する男性です」
「へえっ!?」
再びキッテが素っ頓狂な声を上げた。
お久しぶりですこんにちは!
第5話が開始しました。話タイトルは来世で添い遂げるために崖から飛んだらしい、です。
最後に現れた二人、ご存じの方はご存じの二人(?)ですが、次話で簡単な説明を入れる予定です。
次話より先に彼らの素性を知りたい場合は、このお話を読んでみてください。
来世で添い遂げるために崖から飛んだ
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それでは次回をお楽しみに!




