037 切り札は先に見せるな
山麓に開いた薄暗い洞窟。俺とキッテがここを訪れるのは2回目である。
ベヒーモス車を止めて、ぶもーと鳴くベヒーモスを繋いで、ダーニャの後に続いて俺とキッテ、そしてディクトが中へと進む。
洞窟自体は天然の洞窟のようだが、ところどころに魔力灯がつけられていたり、道にはゴミが落ちてたりと生活感は出ている。気配を殺して隠れ住んでいる、という訳ではなさそうだ。
途中、僅かにあった分かれ道を全てまっすぐに進むと、土壁の洞窟の中に見慣れない人工物、つまり扉が現れた。
扉には鍵はかかっておらず、ダーニャが手で押すとギギギと音を立てながらゆっくりと開いて行った。
「ダーニャじゃないか。どこに行ってたんだ、仕事が溜っているんだぜ?」
これまでの土をくりぬいた土壁とは違い部屋の中は石造りで、まるでここだけマンションの地下室の一室のような感じを受ける。
中央にはテーブルが置かれ、その横にはソファがある。
今の声はそのソファに尻を置いてへこませていた男の言葉だ。
この部屋の中には3人の男がいる。
部屋の中に入った時の挙動から、今声を出した男が主犯、つまりダーニャの言うカイゼルって男だ。
年は20歳を少し超えているだろう。その顔は少しだけ癖のある甘いフェイスで、男に免疫が無い女子ならすぐにでもたぶらかされてしまいそうだ。
もう一人はガタイのいいスキンヘッドの男。タンクトップを着用している。もう一人はひょろそうなもやしっ子。眼鏡をかけているが、黒色の前髪が眼鏡を覆い隠すほど伸びていて、その目の輝きを見ることは出来ない。
「どうしたダーニャ。まあ戻ってきたならいいさ。小言を言っている時間ももったいない。さあ、急いで運んでくれ。そいつらはバイトか?」
「そうッス、バイトッス。それで、どれをどこに運ぶッスか?」
「こいつだ」
カイゼルが立ち上がり壁際にある中型の金庫を開ける。そこから取り出したのは何の変哲もない箱だった。
このままじゃ何が入っているかはクイズ形式になる。あれが俺たちの求める証拠の物品なのかどうなのか。
無理に事を起こすと決定的な証拠を手に入れるチャンスを逃すかもしれない。
「これは何ッスか?」
さらりとダーニャが突っ込んだ。
機転の利く子だ。外で確認してもいいのだが一見して判別ができないブツの可能性もあるからな。
「いいだろうお前には教えてやろう。こいつはお前がいない間に仕入れたザルグスネークの抜け殻だ」
ビンゴ! 違法な素材だ。免許の所持云々ではなく所持と流通が禁止されているものだ。
「こいつを例の所に運んでくれ」
「例の? ミングスッスか?」
「違う違う」
「テテヌートの売人ッスか?」
「そいつでもない。お前も一度行った事があるだろう、アンダルクの旧領主邸宅跡地だ。レオニードのやつにしっかりと届けてくれ」
「分かったッス。運ばないッス」
「はぁ?」
「もうあんたの荷物は運ばないッス」
「何を言ってるんだ?」
「兄貴、もしかして惚れ薬の効果が」
「日が空いたから効果が薄れたってことか。
わかったよダーニャ、帰ってきたところだったのに少し急だったな。まずはこれでも飲んで一息ついてくれ」
壁際に設置されたワインセラーのような棚。そこからボトルを取り出すと、中の液体をグラスに注ぎ、そして……ワインセラーの横に置いてあるバケツに入ったどろりとした液体をひしゃくのようなものですくってグラスへ入れて混合し、ダーニャへと手渡してくる。
もうちょっと見えない所で混ぜるとかした方がいいと思うんだが……。
「ありがとうッス」
ダーニャはそれを受け取ると、そのまま後ろのキッテへと渡した。
「証拠かくほー! あー、これは惚れ薬ですね。間違いない」
「お前、何者だ!?」
「私? 見て分からないの? アトリエの主だよ。この液体が惚れ薬かそうじゃないかなんて、ひと嗅ぎで分かるから」
「違法な物資の流通の証拠も押さえたッス。お縄に付くッスよ」
先ほどの箱もいつの間にかダーニャが確保している。
「冗談きついぜダーニャ。俺の元に戻って来い。たくさん愛してやる。どうだ。お前がずっと望んでいたことだろう?」
「お断りッスよ。よくも乙女心をもて遊んでくれたッスね。許さないッス」
「くっ! こうなったらお前らまとめて中毒にしてやる!」
カイゼルは足元にあったバケツを手に取ると、力任せに降り抜く!
瞬間、どろりとした粘着性の液体が宙を舞い目の前に迫る。
この量の惚れ薬をを浴びたらさすがに危険だ!
「キッテ危ないッス!」
ダーニャは襲い来る惚れ薬からキッテをかばって、えぐみのある匂いの液体を全身で受けてしまった。
「どうだダーニャ、思い出したか? 早く思い出して俺に服従するんだ」
「はぁ? 何を言ってるんッスか? こんなに服をべとべとにして、洗濯代は払ってもらうッスよ。あと、これまで運んだ代金、まだもらってなかったッスね。しめて200万ガルドッス!」
「ふざけるな! どうしてだ、なぜ俺に惚れない!」
「べーだ。ダーニャは私にぞっこんなんですー。そんな程度の低い惚れ薬に私の惚れ薬が負ける訳ないでしょ」
「ぐぐぐぐ!」
苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべるカイゼル。思ったよりも小物でやりやすかったな。
「兄貴、たった3人だ。しかも女子供。やっちまいましょうぜ」
「そうだな。捕まえて薬漬けにして労働力にしてやるか」
「へへへ、そういう訳だ。お前ら大人を敵に回すとどうなるか思い知らせてやるよ」
控えていた二人が刃物を抜く。
見せびらかすような剣であるソードの類ではない。木の棒の中に仕込まれた刃、いわゆる仕込み刀だ。
空気がひりつく。
さすがに小物と言えども刃物を持っていると話は別だ。俺達は一般人なんだから。
「おっさん、止めといたほうがいいぜ。そんな腕前じゃぁケガするぜ?」
「なんだぁ、ガキィ!」
ディクトが俺達の前に出る。
「俺は冒険者だ。普段から斬った張ったはお手の物だ。お前らみたいにお飾りでこいつを下げてるわけじゃねえ」
抜き放ったショートソードは魔力灯の光によって鈍い輝きを放っている。
「若造が、舐めてんじゃねえぞ!」
スキンヘッドの男がいきり立って切りかかって来る。
「だから遅いっての!」
ギンッっという金属と金属が重なり合った音。
ディクトは剣を一閃し、スキンヘッドの男が握っていた仕込み刀を弾き飛ばしたのだ。
「踏み込みも遅いし、技も雑だ。素人の剣だってのがよくわかる。どうする? まだやるのか? 次は五体満足だと思うなよ?」
ディクトめちゃめちゃ強いじゃんか。
クァルン相手にいいところなかったけど、きっとキッテも見直してると思うぞ。
「カイゼルさん、あいつを……」
「いいだろう」
そんな中、コソコソ小声でしゃべってるカイゼルと眼鏡の男の会話をドラゴンイヤーが拾った。
「ぐええっ!」
キッテ、気をつけろ。こいつらまだ何かやってくるぞ!
「この俺を相手に舐めた態度をとった事、後悔させてやる!」
カイゼルが背後にあった天井から垂れている網を引っ張ると、天井の一部が抜け、音と共に何かが落ちてきた。
「ごほっ! なに? 埃で見えない」
――グォォォォォォォ
その何かが吠えた。
人間ではない。埃の中の黒い姿は人間の背丈を優に超えている。
ばふっ、ばふっ、という音がしてチラリと見えた何かによって煙が払われていく。
最初に見えたのは黒い毛でおおわれた腕。ギラリと光る爪がその太い腕にはついている。
「く、熊の、魔物!?」
「そうだ。バルデガルキラーベア。その爪は人間の体をも容易く真っ二つにし、そのパワーは大岩すら粉々に砕いてしまう。お前達に使うには過ぎた代物だ」
「もしかして魔物を操ってるの!?」
「ご名答。チビでもアトリエの主か。ならもう分かるだろう。いろんな種類の惚れ薬を混合して作り出したこいつは惚れ薬の応用だ。魔物に効く惚れ薬。いや、もはや惚れ薬というカテゴリーではない。洗脳薬とでも言った方がいいな」
魔物を操る薬だと?
そんなことが出来たら大変なことになるぞ。
「最近いろんなアトリエで起きた惚れ薬のレシピ泥棒はあなたのせいなのね」
「その通りだ。一から薬を開発するのは膨大な時間が必要だ。だったら盗めばいい。馬鹿正直に時間をかけて開発した真面目な奴らの知恵の結晶をな!」
「そんなの許せないよ!」
「別に許してもらおうとも思わん。そしてじきにそんなことを考える余裕もなくなるだろう」
「その薬、レオニードが作ってるッスか? あんたに惚れ薬を作れるほどの知能はなさそうッス」
「お前に言われちゃあおしまいよ。とはいえ正解だ。こいつはレオニードが作り出した傑作だ。あいつの薬はもう完成段階まで来ている。今はまだ定期的に大量に摂取させる必要があるが、そのうち一度で永続的な効果が出せるだろうよ」
「そんなことはさせないよ! あなたも、そのレオニードって人も捕まえて王宮騎士団に突き出してやるんだから!」
「レオニードの事を知られてしまったからには生かしておけねえな。あいつはおれの勝利の道に必要なんでね。
あいつの事を知った奴は皆殺しだ! いけ、バルデガルキラーベア! ガキどもをミンチに変えてしまえ!」
お読みいただきありがとうございます。
カイゼルさん、名前のわりに典型的な小物ムーブ!
どう考えても悪の勝利が見えない中、次回が第4話の最終話!
いったいどんな結末になるのか、お楽しみに!




