035 女同士だから問題ないッス
ご両親と別れトルナ村を出発してアトリエに戻ってきた俺達。
これから惚れ薬を作ることになる。
ダーニャが帰ってくるまで後2日。
実は惚れ薬を作ると決めた後、ダーニャが諸悪の根源に会わないように長距離配送の依頼をしておいたのだ。惚れ薬の効果であの男に会いたいダーニャはかなり渋ったのだが「一生のお願いだから」とせがむキッテに渋々折れて依頼を受けてくれた。
そういう訳で、残された時間はあと2日。
「普通は一週間くらいかけて作るんだけど、仕方ないからやるしかないよ」
「大丈夫なのかよ」
「ディクトが手伝ってくれたら、すんごーく短縮できて効果も高いんだけど……。
お願いディクト、手伝って!!」
「俺は忙しいんだ。丸二日も手伝えるか」
「ダーニャのためなの。それにディクトにしか頼めないの。ね。リハビリもかねてさ」
そっぽ向くディクトの手を握って、上目遣いでお願いする。
ディクトとキッテは付き合いの長い幼馴染。
ディクトもキッテの事はよく知っているが、キッテだってディクトの事をよく知っている。こうやってお願いすれば大抵のことは聞いてくれるのを分かっているのだ。
「あー、もう、分かった分かった。手伝ってやるよ」
「うわーい、ありがとうディクト!」
いつもの光景だ。結局ディクトが折れてキッテのお願いを聞いてくれる。なんやかんや言ってディクトは優しいのだ。
そして惚れ薬の作成が始まる。
「ディクト、薪取って」
「ディクト、お茶入れて」
「ディクト、昼ごはんまだー?」
「なんで俺が昼ごはんの用意までしねーといけねーんだ」
「幼馴染のお願い!」
「しかたねーな」
「ぐえちゃん、寝なくナールとって」
「ぐええ」(無茶するなよ。)
こんな感じでキッテは惚れ薬の作成に付きっ切り。
眠気が来なくなる薬を飲んで徹夜で煮詰めて、次の日も日中ずっと煮詰めてて、さらに徹夜で煮込んで……。
そして完成した。
「で、できたぁ……」
完成した惚れ薬を見るキッテの目にはくまが浮かんでいる。
いつもなら丸薬タイプだけど、時間が足りなかったので液体のままだ。とはいえ、飲む必要のある量は多くなるが、効果は変わらない。
「ぐええ」
ダーニャが戻って来るまでにはまだ少し時間がある。ちょっと寝ておきな。
ディクトなんか、いつの間にか床の上でいびきをかいてるしな。
ベッドへと促すと、キッテはゾンビのようにふらふらと歩いていって、バタンとベッドの上に倒れ込んだ。
お疲れキッテ。
キッテがかぶったままの帽子を脱がせて机の上に置き、風邪ひかないようにキッテに布団をかけて……そして寝ているキッテの横で邪魔にならないように体を丸めた。
◆◆◆
「キッテ、戻ってきたッス! これ頼まれてたバーニクの花弁ッス。現地で用意してもらったから鮮度は間違いないッス」
惚れ薬が完成して数時間後のこと。
アトリエ裏口のドアをバタンと勢いよく開いてダーニャが戻ってきた。
元気のいい声に起こされたキッテは、寝ぼけ眼を擦って気合を入れなおし……キッテどこッスか? 置いておくッスよ? と階下で宣うダーニャのもとに急いで階段を駆け降りた。
「ありがとうダーニャ」
「お代は後でもらいに来るッス! じゃあッス!」
「ちょ、ちょっと待ってよダーニャ!」
「なんッスか、あたし、あの人の所に急いで行きたいんッスが」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
「しかたないッスね。20秒だけッスよ」
「厳しい!」
とはいえここで完成した惚れ薬を飲んでもらわなくてはならない。
「これ飲んで」
「分かったッス」
なんの疑いもなく渡されたコップに入った惚れ薬を飲んでいく。時間が無くて味も酷いものだと思うが、ダーニャもあの男に早く会いたい一心なんだろう、喉を鳴らしながら一気に惚れ薬を飲み干した。
「はい、私の目を見て」
言われるがままにダーニャがキッテの目を見つめる。
数秒もしない内にダーニャの目がとろんとしてくる。はたから見てると眠そうにしか見えないのだが、惚れ薬の効果が出てきたことを示している。
「ありがとう。もういいよ? あの人のところにいくんでしょ?」
「そうッスけど……もっと、キッテの事を見ていたいッス」
「よし、成功だよ!」
ガッツポーズを決めるキッテ。
「でもまだ安定してないね。ねえダーニャ、あの人の所になんていかずに、ずっとうちにいてよ」
惚れ薬に定評のあるシャルルベルン家秘伝のレシピとはいえ、一瞬で恋を上書きできるというものではない。今はまだ前の恋心をラップで包んで見えなくしているようなものだ。このあと点いたばかりの火に油を注いで大きく燃え上がらせて、ラップごと前の恋心を飲み込んでやる必要がある。
「分かったッス。じゃあ行くッス」
「へっ? 行くって? きゃあっ!」
ダーニャが腕でキッテを持ち上げて抱きかかえた。これは俗にいうお姫様抱っこ!
「ええーっ!? ちょ、ちょっとダーニャ?」
あれよあれよという間に、キッテは自分の部屋に連れて行かれる。
俺が追い付いたころには、ベッドの上に寝かされたキッテと、その上に馬乗りになっているダーニャの姿。
「キッテからプロポーズしてきたんッスよ。さあ脱ぐッス」
「え、え? なんで脱ぐ?」
「恥ずかしがらなくていいッス。女同士だから問題ないッス」
「おおありだよ!」
「そうッスね。順番が大切だったッス。まずはちゅーするッス」
ダーニャの下から脱出しようとして体を揺するキッテの両手をダーニャは上から自分の両手で押さえつけて封じ……目を閉じるとキッテの唇へとゆっくりと顔を近づけていく。
「はわわ、だめっ! キスはだめ! 好きな人じゃないとしたらダメなんだから!」
「キッテはあたしの事嫌いなんッスか?」
目を開いて悲しそうにつぶやくダーニャ。お互いの吐息すら分かる距離。
「嫌いなわけないよ!」
「じゃあ好きってことだから問題無いッスね」
「なんでそうなるのっ?」
「じゃあ……好きじゃないんッスか……?」
「す、すき、だよ?」
「相思相愛ッス! ちゅーするッス!」
改めて目を閉じて唇で攻めに転じる。
「ダーニャの事は好きだけど、ダメダメ! 唇は好きな男の子に! 男の子にねっ!」
「分かったッス……」
「うん」
キッテがほっと一息ついたのが分かる。
「じゃあ鼻で」
「はなぁ!?」
一瞬のスキを見せたキッテの鼻に、ダーニャの唇がちゅっと音を立てた。
「だ、だーにゃ、さん!?」
「キッテからもして欲しいッス」
「ええーっ!? わ、私からはちょっと……」
「あたしの事、好きだって言ったのは嘘だったんッスね……」
「い、いや、そんなことないよ? す、好きだよ?」
「じゃあ。ほら、耳でいいッスから」
「う、うう……。じゃ、じゃあ、耳なら……」
発情したダーニャに上に乗られたキッテにはもはや選択肢はなかった。
離してくれないと耳に届かないよ、というキッテに、ダーニャはキッテの上から降りて……手を背中に添えてキッテの体を起こしてあげる。
か弱い女の子のように扱われたことと、改めて座った状態になったことで、自らキスをしなくてはならないという思いに恥ずかしさが増したのか……顔を赤くしたキッテはちっとも動こうとせず、じれたダーニャがキッテの口に左耳を近づけていって……そしてようやく覚悟を決めたのか、キッテは目を思いっきり瞑って……ダーニャの耳たぶに一瞬だけ触れるキスをした。
恥ずかしさのあまりベッドに倒れこんで顔を隠してしまったキッテ。
そのキッテを追撃するかのように、ダーニャも体を倒してキッテの横に寝転がる。
「キッテなら女の子同士でも子供ができる魔法道具作れそうッス」
「どこからそんな知識を……」
「この前、ご禁制書物をチラ見してしまったッス」
「だ、だーにゃ、それは大人にならないと見ちゃダメなやつだからねっ!」
「叱られたッス。でも、どうせなら縛って叱って欲しいッス」
「ええーっ!」
「今からやるッス!」
「やらないよ!?」
「ぐえちゃん、道具を持ってきて欲しいッス!」
ダーニャは逃げようとするキッテの体を抱き着くようにしてホールドしている。そのため道具の用意は俺に任せようという事らしい。が……。
目を覚ませダーニャ!
俺はパタパタと飛んでいき、暴走が過ぎるダーニャの鼻の頭に噛みついた。
「痛いッス!」
甘噛みだ。傷は残るまい。
俺の一撃によりダーニャは落ち着きを取り戻して……そしてこれまで自身に起こった事を話してくれた。
お読みいただきありがとうございます。
裏口のカギがかかってなくてセキュリティがザル! と思われる方のために、ダーニャが来るのが分かっていたし、下でディクトも寝てるし大丈夫だから開けておいたのだ、と言い訳を用意してあります。
次回もお楽しみに!




