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032 霊獣クァルン

「こうなったら戦うしかないぞ!」


「で、でも!」


「迷うな! 生きたければ動け! 生きるという我を通せ!」


「わ、分かった! あ、あれ?」


 どうしたキッテ? こ、これは……。

 いつの間にか二人の足元は凍り付き、キッテのブーツが地面に引っ付いていたのだ。

 俺達が一言二言を交わしているうちに周囲の温度を下げたっていうのか?


「おおおっ!」


 雄たけびと共にディクトは自らのブーツに剣を立てブーツごと紐を切り裂き、自らの足の束縛を解放すると、素足のままクァルンへと突撃する。


「援護するよディクト!」


 キッテはその場から動かずカバンの中から援護アイテムを取り出すと、クァルンの頭上へ投げつける。

 あれはからし玉! 辛い成分が入ったゲル状のものを入れた容器をぶつけて相手の目や鼻などに付着させて撃退するためのものだ。


 キッテの健闘空しく、ふっと軽く吹いただけのクァルンの吐息によって、投げたからし玉は粉々になって砕け散ってしまった。

 目的通りにはならなかった。いや、撃退が目的ならこんな放物線を描く投げ方をしない。真の目的はおそらくクァルンの注意を引き付けることだ。


 その目論見通り、クァルンの注意はディクトからからし玉に向いた。それはつまり眼下でのディクトの攻撃を見ていないと言うことで――


「取った!!」


 突進の勢いをつけた振り下ろし。そいつがクァルンの胴へと深々と食い込んだ。


 クァルンの体が二つに割けた、と思ったら霞のように消えてしまったぞ!? ざ、残像!?


 この場の誰よりも上方から状況を俯瞰して見ていた俺でもその動きを追うことができなかった。


 クァルンはスッとディクトの横に現れると大きな前足を払うように動かして、未だその動きを捉えられていないディクトの無防備な体を吹っ飛ばしたのだ。


「ぐあっ!」


 地面に一度大きくバウンドしたが衝撃が収まらず、そのまま壁に激突するディクト。

 ディクトの身に着けた鎧が金属製のプレートメイルだったとしてもその衝撃は体の中まで突き抜けているだろう。


「ぐえちゃん! ポーションを!」


 キッテからアンダースローでポーション瓶が投げられてくるが、その中身はこの冷気でシャーベット状になっていて使い物にならなくなってしまっていた。


「ぐええ!」


 キッテ、だめだ、軟膏だ。

 俺は急いでキッテの元に向かい、代わりにカバンをガサゴソしようとするが――


「く、クァルン」


 キッテが見上げる。

 眼前には白い獣が俺達を見下すようにその目に光を灯していた。

 先ほどまでのトゲトゲしいような重圧は無い。あるのは最初に見たような神々しさと、無慈悲な殺意だけ。


 スッと小さくクァルンが息を吸った。

 それを一吹きされるだけで俺達は氷の彫刻となって粉々に砕け散る。

 だが、そうやすやすと死なせてはくれないらしい


 クァルンの目の前にこれまでの冷気をものともしないような極低温の吹雪の塊が収束していく。

 世の中には絶対零度というものがある。物質の熱振動が最も小さくなり最低になる値。それが -273.15℃。この世界にあってもその法則は同じ。温度を示す記号は違っても絶対零度を示す温度が存在するのだ。


 自然界では到達しえないであろう低温の値。おそらくそれに近いものがこの吹雪には込められている。

 吐息ですら俺達の体温を奪い切り水分を凝固させるには十分。それ以上のものをぶつけられるとなると、もはや空間や時間、記憶ですら凍り付くのではないか。


 終わりか。

 最後までキッテを守りたかった。俺の体はまだ動く。あの塊に飛び込んで暴発させることが出来るかもしれない。でも、そうすれば僅かながらにもキッテの死を早めてしまう。


 などと俺は少しずつ膨らんでいく吹雪の塊を見つめながら情けない事を考えていた。


 ――パンッ


 そんな俺の意識が鮮明に戻る。


 僅かな破裂音がして白い悪魔の球体が消え去り、同時に、キッテの足元にはカードのようなものが突き刺さっていたのだ。


「落ち着きなさいクァルン。その子はテレッサじゃないわ」


 俺達は声の主を探す。その姿はすぐに見つかった。

 視界の上側。部屋の上部の通路のすぐ傍に、目元だけを隠す怪しげな仮面をつけた耳の長い女性はいたのだ。


「だ、誰っ!? すごく怪しい人だ!」


 素直すぎるぞキッテ。この状況からして、彼女は命の恩人だ。

 まあこの後もこの場を無事に生き延びられたらなんだがな。


「キサマハ……」


「しゃべった!?」


 俺も驚いた。今まで獣だと思っていた目の前の生き物が言葉を発したのだ。書物には高度な知識を持つって書いてあったが、まさか人語を使うなんて。


 そんな俺達はクァルンにギロリとにらみつけられた。


「我ガソコラ辺ノ下等ナイキモノト同ジダト思ッタノカ?」


 目玉圧が凄い。もうこれだけで凍り付いてしまいそうだ。


「テレッサカト思ッタガ……違ウヨウダナ」


「そうよ、だからここは見逃してあげて」


 スリットが入った薄い生地のワンピースである赤紫色のドレス。そこから足を一歩前に出して、彼女はそう言った。


「ダガ貴様ガ絡ンデイルトナルト話ハ別ダ。コノ娘、テレッサノ子ダナ? デアレバ受ケタ屈辱ハ返サセテモラウ」


「あ、あの……ご先祖様の事、知ってるんですか?」


 おずおずと、キッテが会話に割り込んだ。


「知ッテイルトモ」


 ギロリとした目をキッテに向けるクァルン。

 その目は穏やかとは言い難い。


「アノ顔……忘レタコトナド……無イッ!」


 急に語尾が強くなったぞ! これは、思い出し怒りだ。

 いったい何をしたんだよ、テレッサはクァルンに。よっぽど酷い事をしたと見える。


 ――グルルルル


 怒りが喉を鳴らさせているのか。腹の奥まで届くような深く重い振動が僅かに洞窟を揺らす。


「娘。オ前モアイツノ子ナラ戦ッテミセロ」


「そ、そんな……」


「別ニ構ワンゾ。ソノママアッケナク死ンデモナ。アイツノ子ハ虫ケラト同ジダッタト思ウダケダ。イヤ、直グニ忘レルダロウ。ソレモ一興カ。凍ッテ塵ト化スガイイ!」


 あの吹雪の玉だ。

 もはや話し合いの余地も無い。


「そうはさせないわ!」


 仮面の女性が左右の手でカードを投擲し、一つが吹雪の玉を消し去り、一つがクァルンの体に突き刺さる。


「今よキッテちゃん! あなたもテレッサの子孫ならこんな所で諦めないで! この頭の固い獣に一発かまして見せなさい!」


「わ、分かりました! 私だって偉大なご先祖様の子孫! キーティアナ・ヘレン・シャルルベルンなんだからっ!」

お読みいただきありがとうございます。

白くて大きな狼ってかっこいいですよね!(これは前回あるべき感想

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― 新着の感想 ―
[良い点] 絶対絶命のところで仮面の女性が助けに来てくれました しかもキッテちゃんを知ってる? クァルンはご先祖様と因縁が? これは続きが気になります。 [一言] すごい急展開なのに、話がすんなり頭…
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