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030 冒険者のディクト

 悪の惚れ薬とは、正義の惚れ薬とはなんなのか。

 俺の頭ではその定義を定めることは出来ない。だけどキッテの胸の奥にはその答えがあるみたいで。


「で? 俺を呼んだと?」


「うん。力を貸して欲しいの! ディクトにしか頼めないの!」


 アトリエの奥の工房。そこには急遽キッテによって招集された幼馴染、冒険者のディクト・マースの姿があった。


「俺だって忙しいんだ。けどまあ、ダーニャがピンチだっていうのなら手伝わない訳にはいかねえな」


 相変わらずのツンツン赤毛髪でツリ目なのだが、急に呼び出して来てくれるくらいにキッテには優しい。


「でしょでしょ! ダーニャがピンチなんだよ!」


「それで、秘伝の惚れ薬とやらの材料はなんなんだ?」


「その一つはね、デュークガストの霧だよ」


「おいおい、デュークガストって物理がきかねーやつじゃねーか」


 そのとおり。さすがに冒険者をやっているだけあってよく知っている。

 デュークガストは霧状の魔物で剣や弓などの物理攻撃は効果が無い。心臓も血管も無いからどうやって生きているのか、そもそも生きていると言っていいのか、という論争が魔物研究家達の間で巻き起こっている。


「大丈夫、秘策があるから! それに、デュークガストに出会うまでにも魔物がいるんだから、しっかり私を守って欲しいんだ」


 意気込みをアピールするため前のめりになって、その結果ディクトとの距離が縮まって。


「お、おう。まあそれなら任せろ」


「それとね、素材は絶対に秘密ね。お代は上乗せしておくから」


「いらねーよ。わざわざ俺を呼んだのはそのためだろ。そこは癪だけど、まあ、幼馴染だからな。腐れ縁だけど」


「ありがと、ディクト!」


 溢れんばかりの笑顔でディクトの手を取って上下にぶんぶんと振る。


「あ、ああ」


 照れているな。まあ正面からあの笑顔を見たのなら仕方がない。小さいころから一緒にいる俺とて、この子のためなら何でもやってやろうって思うのだから。


 ◆◆◆


 エルガ大洞窟。ローレンツ山脈の山肌にぽっかりと開いた不気味な入口から入って、地下に降りて行くタイプの洞窟だ。

 天然の洞窟ではあるが、中は何階層にも及び、上層は一本道に近いが、中層からは地下水脈に削られた横穴がいくつも入り組むように構成された、自然が作り出した迷路となっている。下層については到達した記録も少なく、洞窟の最奥がどこまで続いているのかは分かっていない。

 当然その中には人ならざるもの達も多く巣くっており、その一種がキッテが目指しているデュークガストという訳だ。


 暗い中ディクトが先頭に立ち、後ろにいるキッテがランプ持つ。

 俺はキッテの後ろで後方からの敵に備えて殿(しんがり)をしているわけだが、基本的に役には立たない。

 戦闘面でお話にならないのは言うまでもないが、今いる上層は天井も低く、俺がいつもどおり浮遊しているだけで天井にぶつかりそうになるくらいなので……まあつまり大人しくキッテの背中を見ながら、ふよふよとついて行くだけの存在だ。


「ていうか、ダーニャに惚れ薬使うんだろ? 誰に惚れさせるんだよ」


「えっ? 考えてなかったよ!」


「おいおい……」


「じゃあ――」

「俺は御免だ」


 キッテが言い終わらない前にズバッとディクトが一蹴した。


「女になんて興味ないからな。今はこいつで忙しいんだ」


 ディクトが剣を掲げる。

 ディクトも冒険者になってから長い年月を経たという訳ではない。自分の力を磨くことは自他含めて命を守ることにつながる。だからさらに剣の腕前を磨こうと言う意思は望ましいものである。

 まあ、剣の道うんぬんもあるが、女の子を寄せ付けない雰囲気が出ているので、それでも近寄って来る女の子はよっぽどの子だと思う。

 見たことないしなぁ、ディクトが女の子と話している所なんて。キッテとダーニャくらいじゃないだろうか。


「ちぇっ」


「俺を犠牲にしようとするんじゃねえよ」


「冗談だよ。もちろん惚れ薬を作るのは私だから、私に惚れさせてみせるよ!」


 最初からそのつもりだったようだ。

 まあいつもやってる幼馴染ジョークの掛け合いってやつだな。


 そんなこんなで俺達は先へと進む。


 いくつかの分かれ道を経て、途中で襲って来た洞窟蝙蝠(ケイブバット)を撃退しながら進んでいると。


「なんか光ってる」


 壁に開いた穴。床とのスレスレに出来た小さな穴の先から淡い緑色の光が漏れ出している。

 それに気づいたキッテがしゃがみ込んで穴の中をのぞき込んでみる。


「あれ、ホーン草だ。珍しいやつ」


「おい、危ないから勝手な事するな!」


 ディクトの言うことはもっともである。その穴に何が潜んでいるのか分かったものじゃない。

 錬金術師のキッテはその辺りが冒険者のディクトと違っていて、危険より興味が勝ってしまったのだ。

 幸いなことに穴には魔物は潜んでおらず、事なきを得たのだが。


「うーん、確かに何もいなさそうだな。だけどあそこまで手が届かないんじゃないか?」


 ディクトも穴を確認してくれる。ディクトは穴に腕を入れてみるが、肩と鎧がつっかえてそれ以上先には届かないようだ。


「私、細いから大丈夫だよ」


 そう言ってキッテはギリギリサイズの穴に体を突っ込むと、足をバタバタさせながら穴の中を目指す。

 そんなアクションをするもんだから、もちろんスカートの中は丸見え。はためくオレンジ色のスカートの中の白インナーは誰の目をはばかることも無く全開である。


「お、おい、見えてるぞ」


「見えてるって、何が?」


「スカートの中」


「ちょっと、なに見てるのよ! 見ないでよ!」


「そんな事言ったってな」


「ぐえちゃん、ディクトの目を隠しておいてね」


「ぐええ」


 やっぱり見えてる自覚はなかったか。言われるまでディクトが男の子だと認識してなかったんだろ。

 ほらディクト、目隠しは勘弁しておくから、あっち向いてな。

 

「よっ、ほっ、もう少し、採れた!」


 俺たちの後ろでキッテからの成功報告が聞こえてくる。


「あれ? 挟まって動けない」


 なぬ?


「だめだぁ、抜けないよ。ねえディクト、そっちから引っ張ってよ」


「バカ、見えるって」


「目を閉じてひっぱって!」


「無茶なことを……。えっと……?」


 幼馴染の無茶ぶりに、仕方なくディクトは目を瞑ってキッテを引っ張ろうとするのだが……。


「ちょっとディクトどこさわってるのよ! エッチ!」


「エッチってお前、見えないんだから分かる訳ないだろ!」


 やっぱりそうなった。


「そこは剣士の勘みたいなやつでちゃんとやってよ。そう勘、ほら。あのスキルだよ」


「しかたねえな。感知増強センシング・エンハンスメント


 ディクトの動きが固まった。

 感知増強は知覚する範囲と精度を増強するものだ。達人になれば目を瞑ったまま落ちてくる木の葉を感知し、真っ二つにすることも出来るだろう。

 そのスキルを使うってことは結局見えてるのと変わらないんだよな。

 ディクトの事だからスカートの中に意識を向けたりはしないだろうけど。


「ほれ、足を引っ張るぞ。ぐぬぬ」


「痛い痛い! 片足じゃなくて両足ひっぱってよ」


「へいへい。ちゃんと足閉じてくれよな」


 ピシリとキッテが足をそろえる。

 しかしまあ酷い絵面だ。壁から尻と足が突き出しているなんて。

 キッテには反省してもらいたい。


「ぐぬぬ! だめだ、びくともしねえ!」


 ディクトが力を入れて引っ張るものの、キッテの体と穴は一体化してしまったかのように動きはしない。

 これでもか、と力を入れたらキッテが痛がってしまう始末だ。


「うわーん! 抜けないよう。どうしよう……。そうだ、ぐえちゃん! カバンの中からぬるぬるローション出して塗ってよ!」


 なるほど分かった。

 俺はキッテが脱ぎ捨てたカバンの中をガサゴソとあさって、お目当ての薬品を取り出す。


 ジャムの瓶のような容器に蓋としてついているコルク栓。そいつを口に咥え、歯を立てて力を入れて抜き去って。


 ぐえぐえと鳴いて、穴とキッテの間にぬるぬるローションを流し込む。

 しっかりと穴との隙間に充填されたら、せーので引っ張って。


――スポン


「抜けたー。って、べとべとだよ……」


 甲高い音と共にキッテの体が穴から抜け、懐かしのお顔を拝むことが出来た。

 って、インナー透けてる透けてる!


 ぬるぬるローションはキッテの全身にまみれていて、キッテの素肌を守る薄い白インナーも例に違わずネトネトになっていて、視覚から素肌を守る効果は失われてしまっていた。


 後片づけに時間がかかり、珍しい素材は手に入ったものの、手間と時間を使ってしまったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

アトリエお約束の冒険パートが始まりました。いったいこの先に何が待っているのか。

次回をお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幼馴染のディクトくんが出てきて、一緒に素材集めするのいいですね。 冒険パートで洞窟探索、いいですね。 ソロもいいですけど、やっぱりパートナーがいると冒険が楽しくなりますよね。 ディクトく…
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