028 オシャレッス!
翌日の事。
キッテの仕事はアトリエの運営だ。客が少ないからと言って、いつもいつでも臨時休業にしているわけにはいかない。なので、ミングスへの配達を自分で行う訳にもいかないので、運送料を支払ってダーニャに届けてもらうことになっているのだ。
「ぐええ……」
昨日あんなことがあったからキッテはダーニャに会いにくいのではなかろうか。それとも仕事だからそこは割り切ってドライに行くのか。
そんなことをもやもやと考えていたところ、裏口をノックする音が聞こえてきた。
「キッテ、集荷に来たッスよ!」
いつも通りのダーニャの元気な声が聞こえてくる。
「ありがとうダーニャ、ちょっと手が離せないから入って。鍵開いてるから」
「分かったッス、おじゃまするッス」
現れたダーニャ。
「ぐええっ!?」
「だ、ダーニャ!?」
俺達はその姿に驚きを隠せなかった。
「ん? どうしたッスか?」
短い金髪のちょっとパーマがかった髪型はまさしくダーニャだ。
だけどその服装はいつもの作業着ではなく、青色の横縞模様のビキニ水着のようなものを身に着け、すごく短いデニムのホットパンツのようなものをはいている。上着にパーカーのようなものを羽織ってはいるものの、短めで、綺麗なおへそなんか丸見えだ。スラリと伸びた長い脚はなにもおおわれておらず、その先はヒールを履いている。トレードマークの野球帽の代わりに頭にはサングラスが乗っているし、唇には口紅が塗られている。
「だ、だーにゃ、その、かっこう……どうしたの!?」
「これッスか? オシャレッス! あの人にも良く似合ってるって言われてるッス」
いつもみたいに恐る恐る似合ってるかどうかを聞いてこない辺り、自分でも似合っていると思っているのだろう。
確かに美人のダーニャを引き立たせている事には間違いない。だからダーニャが自信を持っているのはいい事だ。
「え、でも、仕事、だよね?」
「そうッス! 今日からこの格好で仕事するッス! 配送荷物はどれッスか? この後あの人の所に行くから急ぐッス」
そういうとこちらの反応を待たず、用意していた配送物を持っていってしまった。
ぽかんとした俺達だったが、いち早くキッテが持ち直して――
「どーーーーーーーーーーーーなってるの!」
と大声で叫んでいた。
「明らかに怪しいよね、ぐえちゃん。あのオシャレとは無縁だったダーニャがオシャレするだなんて。口紅を試しに塗ってあげようとしたら「仕事に邪魔になるッス」とか言って嫌がってた子がだよ? そもそもあの服は仕事に着る服じゃないよ!? あの服だったら作業してると肌に傷がついちゃうし、ヒールだって仕事には向いてないのに。絶対に怪しいよ! いったい昨日別れてから何があったのさ!?」
うーむ。俺もあの変わりようには面食らったぞ。
それも昨日の今日でだからな。キッテの気持ちはよく分かる。
「悪の匂いがするよ! きっとあの格好はダーニャが好きだって言ってた人の趣味だよ。ダーニャが言ってたあの人、ってのが好きな人に違いないね。
さっき、あの人に会うから急いでるって言ってたよね。となるとやることは一つだよ、ぐえちゃん!」
「ぐえっ」
うん。尾行だ!
俺達は連日のアトリエ臨時休業を行い、親友の変化の謎を解くため、こっそりと尾行を始めるのだった。
◆◆◆
「すみません! あのベヒーモス車に気づかれないように後を追ってください!」
町で見かけた流しの馬車に声をかける。
「おっ、事件か? 任せとけ!」
ノリのいい馬車のおっちゃんがダーニャのベヒーモス車を後ろから追走してくれる。
追うと言っても激走カーチェイスではない。あくまで尾行なので、気づかれないようにつかず離れずをキープして追わなくてはならない。
俺達は馬車の中からこっそりと前方の様子を窺っているので、ダーニャが不意に後ろを向いても御者のおっちゃんの姿しか見えない。
「どこまで行くんだろ」
どこだろうなぁ。そもそもダーニャからは好きな人がどんな人なのかという情報は一切引き出せていない。なんなら向こうから相談したいと言って来たにも関わらず、その正体は不明のままだ。
どんな男なんだろうか。ダーニャにあんな恰好をさせるなんて、エロを前面に出した気に入らない男に違いない。若いやつだったら、チャラ男の可能性が高いな。
「ダーニャって確か年上好きだったかな?」
うーん。ダーニャはあまり恋バナはしないからなぁ。自分の事は特に。
年上好きっていう情報は本人が言ったのか?
「結構昔にお泊り会したときに聞き出した話だから、もう違うのかもしれないけど」
なるほど。乙女同士の秘密の話の情報ね。
年上と言っても上限があるだろうけど、どこまでなんだろうか。ナイスミドルが含まれるとしたら候補はかなり多くなってくるな。
どこに住んでいるのだろうか。
おそらく昨日の密輸もどき事件の事を問い詰めに行ったはずだ。ということは俺達と別れた王都から行ける範囲。アルセンかミングスかテテヌートか。その辺りに住んでいると考えるのが妥当だ。そして、この方向はミングスに向かう道なので、ミングスかアルセンか、が濃厚な線だな。
という所で、ダーニャの馬車が街道を外れて分かれ道に入っていってしまった。
「お嬢ちゃん、どうするね? この先は山に続く道だ。追って行ってもいいけど、あまり人が入らない場所だから怪しまれちまうのは間違いないよ」
追いたい衝動を我慢している素振りでおっちゃんが聞いてくれるが、残念ながらここまでだな。
運賃を払って下車して、おっちゃんと別れる。
「歩いて追いかけるよ、ぐえちゃん!」
「ぐえっ!」
おうさ。
でも、遠くから追うとはいえ、俺達は結構目立つ配色してるんだけど……。
キッテは白インナーにオレンジだろ、俺は赤いし。緑の山には馴染めないぞ。
「こんなこともあろうかと、これを持ってきたんだよ」
キッテはカバンから一枚の布を取り出す。その布は人がすっぽりと隠れることが出来るほどの大きなものだ。
なるほど、トランスパレントクロースね。布の表面に薄い膜が張ってあって、膜と布の間は特殊な錬金液で満たされている。光が錬金液を通ると錬金液が反応し、周囲の風景と類似の光景を映し出すという仕組みだ。
さすがに近くでまじまじと見ると見破られてはしまうが、遠くから見たら風景に溶け込んでいるようにしか見えない。迷彩柄のどこでも使える版みたいなものだ。
でも気を付けるんだぞキッテ。確か未完成だったよな。
錬金液の素材の内でいくつかが不明な素材だったから代用品を使って作ったら、使ってるうちにすごく発熱したんじゃなかったか?
「熱いのは大丈夫だよ。手袋持ってきてるから!」
ならよし。さあ、見失ってしまう前に追いかけるぞ。
さささ、さささささーっ
こういうような効果音が良く似合うような忍者走り。右へ左へ、大木や岩の影に隠れながらダーニャを尾行する。
ベヒーモスが一体通れるか通れないかの狭い道を、彼女とノルクは進んでいく。
かれこれ30分くらい尾行しただろうか。山肌に沿った場所に少しだけ開けた場所があり、そこにベヒーモス車を駐車させると、ダーニャは一人で近くにぽっかり空いた洞窟へと入っていった。
お読みいただきありがとうございます。
劇的びふぉーあふたーなダーニャちゃん。きっとひどい男に騙されてるに違いありません。
次回、ひどい男登場なるか!?
お楽しみに。




