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027 一流の豆腐錬金術師

「おつかれさまッス、キッテ」

「ダーニャもお疲れ!」


 アルセンに荷物を受け取りに行っていたダーニャと合流を果たす。

 お昼ご飯にするッス、手伝ってもらったからおごるッスよ、いい店を知ってるッス! というダーニャの厚意に甘えて、一軒の飯屋へと入る。

 大衆食堂というよりは落ち着いた雰囲気のお店。


 注文をすませ、ほっと一息。

 俺は何も手伝う事が出来なかったんだけど、心はいつもキッテと共にある。

 キッテが頑張っている時は同じ気持ちを共有しているのだから。


「配達どうだったッスか?」


「なんかね凄かったよ。みーんなダーニャの話してた。ダーニャが凄いとか、力持ちとか、大きいとか、元気とか、可愛いとか!」


「そ、それは照れるッスね。特に、可愛いというのは社交辞令ッスよ。こんなガサツなあたしッスから」


「なんで? ダーニャは可愛いよ。ほら、ほっぺもぷにぷにだし」


「あはは、やめるっすよキッテ。キッテの方が可愛いッス。あたしも大好きッスから」


「私だってダーニャの事大好きだよ」


 うんうん。平和でほのぼのとする光景だ。結論を出すまでもなくどちらも可愛い。それは俺が保証しよう。


「でもさ、やっぱりダーニャは凄いよ。私よりも先に働き始めて、もう一人前以上に仕事してるんだから。私なんかこのありさまだよ」


「あたしがうまくいってるのは父さんのおかげでもあるッス。ノルクを育ててくれたのも父さんだし、ベヒーモス車だって父さんから譲ってもらった物っす。だからキッテと条件は違うッスよ。キッテは自分一人でアトリエの場所を考えて借りて、それで資格も取ってるッス」


「まあそうなんだけど、でもねぇ」


「お待たせしましたー。ぱくぱくわんぱくランチのお客様」


「はーい!」


 キッテが元気に手を上げると、配膳のお姉さんがキッテの前に料理を置いてくれる。


「ぷるぷる豆腐ランチです」


 必然的にもう一つのほうがダーニャの前に置かれることになる。


「ダーニャ、お豆腐好きだよね!」


「大好きッス! 一日三食でも食べたいッス! だけど栄養バランスも考えないといけないからそれは出来無いッス。残念ッス」


 ダーニャは豆腐やゼリーのようにぷるぷるした柔らかい物が好物なのだ。甘い辛いは問わないからぷるぷる感が好きなんだと思う。


「あはは、そういえば昔ダーニャに喜んでもらおうと思って、お豆腐作った事があったなぁ。盛大に失敗しちゃったけど……」


「あれは未だに忘れられないッス。なぜか知らないけどガッチガチの豆腐をふるまわれたッス。いや、あれは豆腐とは言わせないッス!」


「面目ないです」


「キッテ、あーんするッス」


「ん? あーん」


 素直に口を開けるキッテ。

 そこにダーニャが木製のスプーンに乗せられた豆腐を持っていく。キッテはぱくりとそれを口にくわえて、もぐもぐする。


「どうっすか、ここの店の豆腐は特に美味しいッス!」


「うん! ぷるんぷるんだし、豆の味が濃いくて美味しい!」


「この味を目指して欲しいッス! キッテが一流の豆腐錬金術師になったら嬉しいッス」


「あはは、頑張るね!」


 こうして親友との久しぶりのご飯を楽しく終えたのだった。


 ◆◆◆


 それから数日が過ぎた。

 ミングスでの宣伝活動は一定の効果があったようで、アトリエにはいくらかの注文が入るようになったのだ。


「ふんふふんふふーん」


 キッテはご機嫌にポーションの調合を行っている。

 今日は数日分を一気に作るため、大きな釜で材料となるナズ菜を煮込んでいる。

 けっして料理をしているわけではない。


 ――トントントン


 ドアがノックされる音が聞こえる。

 今はまだ開店前。それに音は裏口から聞こえてくる。

 キッテは手が離せないので、俺が代わりに裏口へと向かう。いったい誰だろう。


 ――ガチャリ


 開ける前にドアが勝手に開けられて、訪問者が開口一番――


「好きな人が出来たッス!」


 と、そう述べたのだった。


 ◆◆◆


 ドアをノックしていたのはダーニャ。そして、そのセリフ「好きな人が出来たッス」に続いて「間違えたッス、相談に乗って欲しい事があるッス!」と言い出した。


 この後アルセン方面で仕事があるのでそれに付き合って欲しいという建前を用意してきたダーニャ。

 ついでにミングスからの依頼物をお客さんに渡せばいいかということになり、本日はアトリエを臨時休業にして、ダーニャの仕事というか相談を聞くことにした。


 ベヒーモスのノルクが引くベヒーモス車の御者台に乗ってしばらく。街も出て人も少なくなってきた、というところでお話を聞く体勢に入る。


「それで、ダーニャ。好きな人が出来たって、どこのだーれ?」


「な、なんでキッテがそれを知ってるッスか!? エスパーッスか? 錬金術師って凄いッス!」


 などと言いだしたので、自分で言ってた事を指摘してあげる。


「そ、そうだったッス。口が滑ったんだったッス。でも相談は別の内容ッス。

 実はッスね……最近よくぼーっとしてしまうッス。日がな、ある人の事を考えてしまうッス。寝る時もご飯のときも、仕事中も。

 仕事中にそんなことがあるとミスにつながってお客さんに迷惑をかけてしまうッス。食事中だって、大好きな豆腐も喉を通らないッス。夜も良く寝れないし、寝れないからまたぼーっとしてしまうッス。でもその人の事を考えると心がぽかぽかしてあったかくなるッス。もうどうしていいのか分からないッス」


 確かに今日のダーニャは様子がおかしい。キッテが横にいてもなんか上の空だし、何とか仕事をこなしているように見えても、ちょいちょい小さなミスをしている。極めつけは、自分で言った言動を忘れてしまってるってことだな。


 まあ話を聞く限り、その好きな人にゾッコンでずっとその人の事を想っているから、というのが原因だろうけど。


「うーん……」


 だけどキッテは首を傾けて渋い顔をしている。キッテだってお年頃の子だ。恋バナには疎くないはずだが?


「はふぅ」


 キッテの回答が直ぐなかったからか、ダーニャはため息らしいものをついて空を見上げた。


「うーん、ちょっと相談タイム! ダーニャ、荷台借りるね」


「分かったッス」


 許可を得るとキッテは馬車の後ろ側、荷物を運んでいる荷台部分に俺を連れて入る。

 幌馬車なので、光をいくらか遮っているため中は薄暗い。配送用の荷物が積まれているので手前しか場所が空いておらず、キッテは俺を手に持ったまま後ろを向いて話し声がダーニャに聞こえない様にして、さらにひそひそ話を始める。


「ねえぐえちゃん。悪の匂いがするよ」

「ぐええ……」


 いったいどこからそういう結論を導きだしたのか。

 どう見ても恋する乙女じゃないか。応援してあげようぜ?


「やっぱりぐえちゃんも悪だって思う? じゃあ決まりだね」


 いや、そうは一言も言ってないけど。

 そもそも決まったらどうするのかと。


 ――ガサガサ


 そんなやり取りをしていると荷台から何かが動くような音が聞こえてきた。


「ぐえ?」


 エビとかカニとかの食材か? 近くに海は無いからそうじゃないな。山の素材だと鳥のヒナとかだろうか。でもヒナは食べないしな。


「ダーニャ、荷物から音がするんだけど、中身なに?」


「知らないッス」


「知らない!? 誰に頼まれたの!?」


「秘密ッス!」


「秘密!?」


「秘密ッス」


「ねえぐえちゃん……」


 再び後ろに向いてひそひそ話。


「ほら、悪の匂いがプンプンするよ。何を運んでるのか検めないと」


「ぐええ……」


 いやぁ、さすがに悪の匂いはしないだろ。配達を誰にも知られたくないっていう事情は無い事も無いだろ。原材料をどこの業者から仕入れているのかを秘密にしておきたい時とか、好きな人に贈り物をしたいけど、自分が誰を好きなのか大ぴらになって欲しくない時とか。


「あく、あくー。どれから音がしたかなー」


 俺の言葉はキッテには届かず。

 キッテは音がしている荷物を探し出してその蓋を開けてしまった。


「うわっ! これ!」


 ちょっとキッテさん、内緒で開けてるんだから声出したらだめでしょ。

 いったい何が入っていたっていうんだ……おお、これは……。


「ちょっと、ダーニャ! これ、モルゲンサンドワームじゃないの!」


 モルゲンサンドワーム。ミミズによく似た生物で同じく土の中に生息する。そこまでなら普通の生物なのだが、こいつは――


「準取扱い指定生物だよ? ダーニャって資格持ってるの?」


 そう。準取扱い指定生物モルゲンサンドワーム。土の中の毒素を好んで食べる性質があって、その毒は排出されず体内に蓄積されていくため、強い毒性を持っているのだ。毒性を持っているとはいえ毒と薬は紙一重、様々な錬金薬の材料となっており一部の錬金術師の間で取引が行われている。


「も、持ってないッス!」


「ダーニャ一人だったら密輸になってたよ? 私は認可回復薬取扱店(アトリエ)持ちの錬金術師だから準取扱い指定生物を取扱う資格があるから今日はセーフだけど。どうして確認しなかったの? いつものダーニャだったら絶対にこんな事しないよね?」


「面目ないッス……」


「で、誰に頼まれたの? ダーニャが好きな人?」


「好きっ!? ひ、秘密ッス」


「ダーニャ!」


「ごめんッス、それだけは教えられないッス……。次から気を付けるッスから、今回は許して欲しいッス。お願いッス」


「じゃあ、これを誰に運ぶの?」


「それは教えるッス。アルセンにいる仲介業者に渡すッスよ」


「ふーん……。私もしっかり立ち合いさせてもらうからね?」


「もちろんッス。よろしくお願いするッス」


 キッテはそれ以上ダーニャを追及することは無かった。

 モルゲンサンドワームは取扱いに注意が必要なだけで売買が禁じられているわけではない。しっかりと免許を持った人が普通に流通させている部類のものだからだ。


 気まずい空気の中、俺達はアルセンにたどり着いた。

 先ほどのモルゲンサンドワームの配送先に行くと、髭面のいかついおっさんが待っていた。


「おう、ブツをよこしな」


「あなた、中身を知ってるの?」


「中身? 知ってるさ。それがどうかしたのか?」


「取扱い免許持ってるの?」


「免許だぁ?」


「そうだよ、モルゲンサンドワームを輸送するのには免許がいるんだから」


「ちっ。お前、免許持ちかよ」


「そうよ。私、錬金術師だから!」


「自称か?」


「違います。本当に持ってるんだから。これ、認可回復薬取扱店(アトリエ)免許」


 キッテは身分証明のためにアトリエ免許を提示する。

 配布用のアトリエカードと違ってこちらにはアトリエ住所は記載されていないが、情報リテラシーの高い世界から来た俺としては、問題がありそうなときはなるべく隠しておいて欲しい。


「ふん。このあと合流するんだよ」


「合流?」


「そうだ。免許持ちとな。問題あるか?」


「……」


 キッテは無言だが、男の話の筋は通っている。男に免許が無くても免許を持った人がいれば問題はない。ダーニャとキッテと同じように。


「じゃあこれは受け取っていくぜ。おう、あんた、あいつによろしくな」


「分かったッス」


 男はダーニャからブツを受け取ると、その足でどこかに行ってしまった。

 ダーニャの話によると配達依頼はここまでなので、これ以上はどうしようもない。


 その後、キッテとダーニャは落ち着かなく居心地の悪い雰囲気のまま残りの仕事をこなしたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

前半イチャイチャを見せてくれた二人が……。

次回、関係は持ち直すのか、それとも。お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダーニャちゃん、私わかったっス。 ダーニャちゃんはキッテちゃんと友達以上の関係になりたいんスね。 でも、幼馴染なら、気まずくなってもすぐ仲直り出来るから大丈夫っス。 なんならキッテちゃん…
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