026 山間都市ミングス
ゴトリゴトリと車輪が音を立てている。
王都周辺は石材が敷き詰められて舗装されているが、ある程度離れると土の道となる。街道なので通行に影響ある石は取り除かれて綺麗になっているとはいえ、土の凹凸や車輪のわだちなどはどうしようもない。
俺達は今、ミングスの町に向かっている。
ファンタジーのお約束であれば、ここいらで盗賊に襲われたりして、それをチート能力で撃退するか、颯爽と助っ人が現れて蹴散らすか、という展開が予想されるが、この世界ではそんな心配はない。
王宮騎士団がパトロールしていることもあり、治安は良く街道に盗賊が現れることはない。魔物と呼ばれる生き物たちがいることはいるが、それはもっと人里離れた場所に生息していて、やはりこんな街道沿いに現れることもない。
それ故に15歳女子たち二人の旅であっても安全に移動できるというわけだ。
「そんなわけでキッテにはミングスでの配達をお願いしたいッス」
「分かったよ! まかせて!」
詳しい業務説明が終わった。
俺はキッテの膝の上でその話を聞いている。隣にはベヒーモスを操るダーニャの姿。二人仲良く御者台に並んで座っているというわけだ。
詳しい話をかいつまんで話すとこうだ。
キッテはミングスで定期購読の新聞や注文品のバターやチーズを配達する。いつもはダーニャが行っている仕事だ。ダーニャはというと、ミングスでキッテと別れてその先のアルセンに他の配達物を受け取りに行く。そして再び昼頃に合流してお昼ご飯を食べ、王都に戻ってキッテの仕事は終わりとなる。
その後、女の子同士によるたわいもない話で盛り上がっていると、地面の揺れがなくなる。舗装された道に入ったのだ。
王都から数時間。山間都市ミングスに到着したというわけだ。
その名の通りミングスは山と山の間を通る街道沿いに発達したかつての宿場町で、細長い町の形状をしている。そのため街道沿いには旅館が多いのだが、大規模農地や畜産業を営めるほどの平地がないため、チーズやバターを含め食料を遠方から取り寄せている、というわけだ。
「それじゃあキッテ、よろしく頼むッスよ」
「任せといてダーニャ! こういうの得意だから!」
「心配してないッスよ。あと、配達のついでにアトリエの宣伝をするといいッス。それじゃあまた後でッス」
手を振って去って行くダーニャ。そんな後姿に「ありがとーだーにゃー!」と大声で呼びかけるキッテ。
ダーニャの気づかいがあったかいな。アトリエの力になれるように宣伝も出来るような仕事にしてくれたんだから。俺もキッテも全く気付いてなかった。
心優しい思いやりのある子に育っていて、おじさん嬉しいよ。
「さあぐえちゃん、がんばろー、おー!」
「ぐえーっ!」
俺達は胸の内から込み上げる温もりを言葉として放出する。
ダーニャが馬車に乗って行ってしまって配達の物品はどうするの? という疑問がわくかもしれないが、何ら問題ない。
馬車の後ろに接続されていたリアカーが分離されてここに残っているからだ。
俺達が配達する分は、リアカーを引きながらということになる。もちろん俺はなんの力にもなれない。リアカーを引くのはキッテだ。
とはいえ新聞にバターとチーズ、その他少々なのでそれほど重くはないので良かった。
「おはようございます! ダーニャ運送です。お届けに上がりました!」
にこやかな笑顔。対面の職業には大切なものだ。もちろんキッテには何の問題もない。キッテの笑顔はみんなを元気にする俺のお墨付きのものだからな。
「あら、ちっちゃくて可愛い子。いつものおっきな子はどうしたんだい?」
「ダーニャは別の配送に回ってます。なので今日はダーニャの代わりに私が配達に来ました! チーズとバターと乾燥肉ですね」
旅館の女将らしき女性が出迎えてくれる。
キッテはニコニコ顔でそれに対応する。ダーニャと比べるとちっちゃいのは間違いなくて、本人もわずかながらに気にしているのだが、修飾語にかわいいがついていたのでそっちの方が嬉しいようだ。
「あなたも仕事が速いのね。あのおっきな子もそりゃあもう速いのなんのって。力持ちだし丁寧だし、もちろん運んでくれる食材の品質もいいわ。またお願いするわね」
御贔屓いただきありがとうございます! という返事と共にアトリエの宣伝であるアトリエカードも渡しておいた。旅館だったら常備薬とか燃料とか、そう言ったもので注文してもらえるといいな。
旅館回りの他にも定期購読の新聞の配達もある。
「おはようございます! ダーニャ運送です。新聞の配達です」
この世界の新聞は毎日発行されているという訳ではない。ある程度の期間のニュースを活版印刷技術で紙に印刷して大量生産しているものだ。それに日本と違い、ポストへの投函ではなく対面手渡しで配達する習慣があるのだ。
「あら、おはよう。ダーニャはどうしたんだい?」
一般家庭のおばあちゃんのセリフ。行く先々でダーニャの事を聞かれる。よっぽど好かれているということだ。その応答にも慣れたのか、キッテもダーニャについて情報を返す。
「そうなのかい。それは残念だねぇ。いつも来た時に重いものを動かしてもらっててねぇ。そういうことなら次回にするかねぇ」
「なるほど! 今日は私がダーニャの代わりですから、なんでもおっしゃってください!」
「でもねぇ、お嬢ちゃんには重いかもしれないわ」
渋るご年配の方に、大丈夫ですからと言って、くだんの物を見せてもらう。
目の前には大きな漬物石。漬物が無いのになぜこの土間に置いてあるのかという疑問は置いておいて、確かにこれはご年配の方が運ぶには無理な代物だ。
「大丈夫かい? ダーニャはそこらの大人よりも力持ちだから安心なんだけど……」
ダーニャは運送業で鍛えられていて体も大きいのでそれだけでも力持ちなのだが、実はパワーブーストのスキルも持っている。スキルによって大人顔負けの筋力を発揮することが出来るので、運送業は天職だともいえるのだ。
「任せてください! ダーニャは力持ちですけど、私も錬金術師ですから!」
「おや、お嬢ちゃん、錬金術師なのかい」
「はい! では取り出したるこれを」
キッテはカバンから分厚い手袋のようなものを取り出して両手にはめる。
「この手袋をはめると凄い力が出せるんです!」
そう言って、しっかりと腰を落とし、下半身に力を入れて巨大な漬物石を持ち上げる。
「あら、凄いわねぇ」
「はい! どこに運べばいいですか?」
「ええ、こっちにお願い」
いい感じだなキッテ。だけどその魔法道具はまだ試作段階で、2分しかパワーが出せないのを忘れるんじゃないぞ。その超怪力潜在能力引き出し手袋は普段人間が使っていない潜在能力を引き出すため、手のツボを刺激して脳のリミッターを外させる原理だ。2分を超えると体にガタがきて病院送りなんだからな。
俺がぐえぐえ言いながら時間をカウントして、なんとか時間内に運び終える事が出来た。
ありがとねぇ、というおばあちゃんに、どういたしまして、という返事をしているキッテの手から俺が口で手袋を外してやらなかったら危ないところだったのは秘密だ。
まあそんなこんなでお天道様が頭上で輝くころには予定していた全ての配送を終えることができたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
今回、アルバイトしかしてない!




