024 アトリエは大賑わい?
キッテのアトリエ。
王都ゼノシュレーゲン南地区、リータ通りに入ってすぐの場所にあるオープンしたばかりのアトリエだ。
赤みがかったレンガで作られたアトリエは、周囲の建物が白い石材で作られていることも相まって一際目立つ色をしている。
入口となる木製のドアの横には、アトリエであることを示すポーションマークの入った看板が吊るされている。丸い形で口の所がにゅっと細くなっているお約束のポーション瓶に緑色のポーションが入っていて、瓶の口はコルクで閉じられている絵だ。
こういうのを見ると、ああファンタジー世界なんだなってしみじみと感じる。
ドアを開けて中に入ると陳列された様々な商品がお出迎えしてくれる。
色とりどりのガラス瓶、規則正しく並べられた何個もの小さな置物、目を引くようなトゲトゲした道具など、こじんまりとした雑貨屋を思い浮かべてもらうといい。
その奥にはカウンターがある。店主でありアトリエの主であるキッテが笑顔で手を振ってくれる。
実はこの店舗部分には窓が無い。防犯という意味もあるのだが、日光に弱い錬金素材もあるためだ。そのためいくつかのランプが灯されていて、昼間と同じくらいの明るさを保っている。
あえて指摘しないとお客さんは気づかないだろうけどな。
カウンターの後ろは住居兼工房となっている。
1階には工房とキッチン、風呂や洗面台のある部屋がある。2階は寝室と物置。レンガの家なので趣のある内装となっている。
1階のさらに奥には裏口があって、庭へと続いている。庭は小さいながら家庭菜園になっていて、そこでは錬金素材を育てているのだ。
庭の先はもう隣の通りになっていて、キッテが外出するときは主に裏口から出ているというわけだ。
さて、そんな素敵なアトリエに、今日も連日お客さんがきゃいきゃい言いながらショッピングを楽しんでいる。
……というのは理想の姿で、現実はそうではない。
「ぐえちゃーん、おきゃくさん、こないよぉ」
カウンターに突っ伏したキッテが窮状を訴える。
主殿のおっしゃるとおり、店内には一人もお客さんがいない。
時間は昼間を過ぎたころ。ちょうどお客さんが少なくなる時間だが、時間が理由ではない。朝からずっといないのだから。
どうしてこうなっているのだろう。
アトリエ認可試験でキッテの錬金力は見せつけたはずだ。ポーション作成はいまいちだったものの、惚れ薬を完成させ、空飛ぶ機会で飛んでも見せた。
現にオープン当初は大繁盛とは言わないものの何人ものお客さんが訪れてくれた。
だがそれも今や昔。現在はこのとおり閑古鳥が鳴いている。
まあ、原因に思い当たらないこともない。
――チリンチリン
そんなことを考えていると、入口ドアに取り付けたベルが音を鳴らす。
来客の合図だ。
「いらっしゃいませー」
すぐさまキッテは体を起こし、入口に向かって営業スマイルを浮かべる。
「って、あなた達また来たの?」
だがすぐに営業スマイルは崩れてしまった。
「おっす、ねーちゃん!」
現れたのは数人の男子ちびっこたち。挨拶もそこそこに店内の物色に勤しむ。
「おい、これ乗ってみようぜ」
「かっけー! なんに使うのかわかんないけど!」
「次、次ボクね!」
ちびっ子たちはキッテが作った謎の道具に群がっている。
彼らが今、目をキラキラさせて見ているのは、木製の本体上部に椅子があり、本体下部にはペダルが付いているもの。またがって椅子に座り、ペダルに両足を乗せてこぐ形になる。
形的にはエアロバイクをイメージしてもらうとよい。
「こーら、触るのはいいけど壊さないでよ。それは目玉商品のぐんぐんスピン君3号なんだから」
ぐんぐんスピン君3号。それは送風、攪拌、脱穀を1台のマシンで行うことができる優れものだ。
マシンの正面にはうちわのようなものが付いており、それが左右に動くことで風を生み出す。右側には長い棒がつけられており、それが上下に動くことで叩く動作を生み出し、下に麦やらなんやらを置いて叩くことで脱穀する。左側に突き出た棒の先には卵を混ぜるときに使う泡だて器のようなものが付いており、それが本体と連結したベルトによって回転するようになっていて、混ぜたい物を入れた容器を置くことで攪拌してくれるというものだ。
そのベルト部分の機構には苦労したの! とキッテ談。
とまあ、なぜ同時に3つの動作をさせるようにしたのかとか、なぜその3つの動作を選択したのか、なぜ人力なのかとか、ツッコミどころが満載の魔法道具なのだ。
そしてこの店舗にはそんなヘンテコ魔法道具が所狭しと並んでいる。
ちびっこたちはそんな魔法道具で遊ぶためにアトリエを訪れているというわけだ。すなわち彼らにしてみるとキッテのアトリエはいわゆるアトラクション施設。それも無料なので、大人気、というわけだ。
それはまあいいのだ。
良くないのはそれ以外。さっきも言った通り、ヘンテコな魔法道具が所狭しと並んでいて……他の商品の陳列が少ない!
ポーションは数個しか並んで無いし、腹痛治しも数えるほどしかない。ファンシーな雑貨もあるにあるが、武骨で謎な魔法道具たちに場所を専有されてその効果をまったく生かせずにいる。
一見すると、男前の大工の店か、というたたずまいと品揃えなのだ。
僅かにある商品の中に、目玉商品であるはずの惚れ薬は無い。売れたのではない。最初から無いのだ。
それには理由がある。シャルルベルン家の惚れ薬は効果は抜群なんだが、材料が高級なのだ。今のキッテにはそれを仕入れるお金が無い。試験で材料が無料提供されていたのとは訳が違う。
ゆえに惚れ薬を求めてやってきたお客さんはガッカリして帰って行って。それがうわさをよんで回り回ってこの閑古鳥が鳴いている状態というわけだ。
「ほーら、お客さんの邪魔になるから、帰った帰った」
「お客さんなんて見たことねーぞ!」
「そうだそうだ!」
「今はいないだけだよ! これから来るんだから」
うん、まあ、俺もそれを期待してるけどな。
「けーち!」
「新しい乗り物つくっとけよなー」
「また来ます」
そう言ってちびっ子たちは慌ただしく帰っていった。
アトリエの中に静寂が戻る。
「ほんとにもう」
キッテはそう言いながらぐんぐんスピン君3号の調子を確認していく。
メンテナンスと言ってもそれほど時間がかかるものでもない。作業はすぐに終わって、再びカウンターに突っ伏してしまった。
――チリンチリン
「いらっしゃいませー」
そんな時に再び鈴の音が鳴ったのだ。
「キッテいるッスか?」
現れたのはキッテの幼馴染である、ダーニャだった。
お読みいただきありがとうございます。
第4話の始まりです。今回も大冒険が待ち受けておりますのでお楽しみに!




