023 動力炉、臨界稼働《フルドライブ》
思ったより中央の島は狭く、背もたれになるような岩が一つあるだけで、その下に枝を組まれて作られたゴルンバスの巣と、虹色に輝くゴルンバスの卵の殻が二つ分存在していた。
「これで合格だね、クラちゃん!」
「ええ、ありがとう、キッテ」
「クラちゃん、今、キッテって呼んでくれた!」
「き、聞き間違いじゃありませんこと?」
「いつでも呼んでくれていいよ。クラちゃんの事大好きだから!」
「おばか! さあ、帰りますわよ」
じゃれ合っていた二人が船に乗り込み、人間が到達するのは不可能だと思われていた場所を飛び立つ。
「そんなばかな……。このままじゃあ俺は始末されちまう。こうなったら!」
火口外周で俺達の様子を見ていたダダーラのおっさんが小さく何かを呟いたと思ったら、懐から何かを取り出してこっちに向けたぞ。
俺は耳はいいんだが目は人間とそう変わらない。目を凝らしてそれを判別しようとした瞬間。
――どうっ
破裂音が聞こえたかと思うと、何かが船にぶつかってきたのだ。
その衝撃にぐらりと船が揺れる。
「あれは携帯型火薬弾!」
細長い先端に爆薬がついたもので、細長い後方にある火薬に火を着けて相手に向かって飛ばすという代物だ。ロケット花火の大きいやつだと思ってもらえればいい。
命中率は今一つで、圧倒的に大きな魔物に使うのが定番のものだ。
「落ちろ、落ちろ、落ちろ!」
次々と弾を発射してくるダダーラのおっさん。一発一発の威力はそれほどなく、この船の耐久から行くと耐えれるのだが、さすがに何発もくらうと飛べなくなることも考えられる。
「おやめなさい!」
どこから取り出したのか、クララセント嬢がスリングショットを持ち出して、弾を前方に打ち出す。
飛んでくる弾に直接弾をぶつけて相殺する類のものだと思ったのだがそうではなく、クララセント嬢が打ち出した弾は前方でぱっとはじけ、蜘蛛の糸のように伸び、撃ち込まれた弾を爆発ごと絡めとる。
「落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろーーーーっ!」
半狂乱になりながら弾を撃ち込んで来る。
クララセント嬢も蜘蛛弾で対抗するが全てを絡めとれているわけではなく、次々と飛来する弾を回避するために飛行機械の向きをずらしたのが良くなかった。
――どうっ
「ど、動力炉に当たっちゃった! 出力が落ちていってるよ!」
飛行機械はフラフラと揺れながらゆっくりと下降するコースに入ってしまった。このままじゃあ火口を飛びきることが出来ない。
「キッテ、前を向いてなさい。動力炉はわたくしが何とかするわ!」
「何とかって?」
「壊れたわけじゃないわ。燃料の変換効率が落ちてるだけ。それなら、もっと変換効率の良い燃料をくべればいいだけよ!」
「そんなのすぐには用意できないよ!」
「安心なさい。これを使うわ」
そう言ってクララセント嬢は金色の髪に映える鮮やかな赤色の宝石のついた髪飾りを取り外して――
――ガコン
それ、クラちゃんの大事なものだよね! というキッテの声をかき消すように、動力炉のふたを開けてその中へと放り込んだ。
もうだめだ火口側面に激突してしまう、と言う所。絶体絶命のピンチだったそんな瞬間。
動力炉の音が一段も二段も高く速い音を上げ始め、ブースターがこれまでの比ではないくらいに大きな火を噴出した。
空を切る。
まさにその言葉がふさわしいと思った。
まるで鳥のように勢いよく飛ぶ船は火口を超えてさらに――
「うわぁぁぁぁぁぁ、くるな、くるな、くるな、くるなぁぁぁぁぁっ!」
――どごぅっっっ
正面にいたダダーラのおっさんをはねて、そのまま空へと飛び出した。
まるでジェット機のようだ。
大空は俺達を迎えてくれている。遥か下には木に繋いできたスレイプニルの姿が点のように見え、後方へと過ぎ去っていった。
「やりましたわね」
「うん。でも、クラちゃんの髪留め……」
「いいのよ。髪留めは大切でしたけど、それよりももっと大切な人のために使ったのだから」
「えっ、それって!」
「お、おほん。言い間違えましたわ。大切な事につかったのですから。試験に合格することが何よりも大切ということですわよ」
「クラちゃーん!」
「こ、こら、狭いところで抱き着かないでくださいまし!」
キッテ……おれが膝の上にいるのを忘れてないだろうな。二人に挟まれて苦しいんだが。
端から見ているとほほえましい光景の中、後方でボスンという音が聞こえた。
「ああーっ! 動力炉が煙を吹いてる!」
「ダメージで弱っていた所に高出力の燃料を突っ込んだから限界のようですわ!」
「どうしよう、緊急着陸しよっか!?」
「いいえ、このまま無事に降りれたとしても、そこから会場まで戻るころには日が暮れてしまうわ。一か八か、動力炉を臨界までもっていって、一気に会場まで戻りましょう。よくって?」
「クラちゃんって、野獣系だよね。でも、そういうの好きだよ!」
「ありがと」
「いくよ! 動力炉、臨界稼働!!」
一気に出力を増して加速する機体。
「まだよ! 下方、一番と二番の噴出孔も後ろに回して!」
「えーいっ!」
◆◆◆
「見えた、試験会場だよ!」
「一気に突っ込むわ!」
「ぐえぇぇぇぇぇぇぇ!」
中央グラウンドが見る見るうちに大きくなっていく。
ぎゃぁぁぁぁぁ、墜落するぅぅぅぅぅぅ!
地面にぶつかり爆散! と思った所で、機体全体をエアバッグのようなものが丸く包みこんで、ずざざざざーっと接地音が聞こえてきて。
そしてゆっくりと止まった。
た、助かったのか?
俺は生きた心地がしなかった。でもキッテの心臓の鼓動が聞こえるってことは、生きているんだと思う。
――ぼうんっ!
後方で爆発音がして、エアバッグに包み込まれた内部は真っ黒になって。
なんとかみんなでその中から這い出したあとのこと。
「ぷっ!」
真っ黒になったクララセント嬢が吹き出した。
「あはははははは!」
お互いがススにまみれて真っ黒で、髪の毛もパーマを当てたようにグルングルンになっていたのだ。
二人の笑い声が会場に響き渡った。
◆◆◆
「えーっ! クラちゃんは姫なのに私は王なのーっ?」
天駆流星舟で不時着した時に、二人には不名誉な異名が付いてしまったのだ。キッテが墜落王でクララセント嬢は墜落姫。
せめて王女様がいい、なんていうキッテだったがクララセント嬢とお揃いということで、それほど悪い気はしていない様だった。
まあ、あだ名みたいなものだししばらくしたらみんなも忘れるだろう。
そんな不名誉な話はともかく、キッテはバッチリと合格となった。もちろん全ての試験をクリアしたクララセント嬢もだ。
二人は試験の不正を糾弾し、エバールード家によって送り込まれた会長は辞職に追い込まれ、事情聴取のためにお縄に着いた。
会長権限で最終試験として用意されていた第4試験、水着審査は闇へと消えたらしい。
こうして波乱に満ちたアトリエ認可試験は終わりを告げたのだった。
そして夕暮れのグラウンド。
観客もいなくなり、日中の喧騒も消え、辺りは静かに夜の帳が降りようとしている。
そんな中、帰り支度を済ませた女子が二人。
「クラちゃん、これ」
「あら、奇遇ね。私もこれを渡したかったの」
そう言うと二人は名刺大のカードを交換しあう。
俺はそのカードに何が書いてあるのか知っている。
【キッテのアトリエ 王都ゼノシュレーゲン南地区リータ通りすぐ】
「嬉しいな。遊びにきてね。絶対だよ!」
「ええ、もちろんですわ。キッテこそ、絶対に来てくださいまし」
「うん、絶対に行くよ!」
今日、一人前となった錬金術師たちが巣立っていく。
ある者はまだ見ぬ知識を追い求め、またある者は富と名声を望み求める。
そしてここでは絆を深めた二人がお互いの再開を約束し合う。
これからの二人の道は曲がりくねっているかもしれないし、そうでないかもしれない。交わらないかもしれないし、そうでないかもしれない。
先の事がどうなっているかなんて、誰にも分からないのだ。
晴れてアトリエ開設錬金術師となったキッテ。
キッテのアトリエにはいったいどんなお客がやってくるのだろうか。
第3話を最後までお読みいただきありがとうございます。
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第4話は幼馴染の運送屋ダーニャちゃんがあれやこれやするお話となります。
それでは引き続き、キッテのアトリエをお楽しみください!




