022 天駆流星舟
キッテの目が中央のゴルンバスの巣を見据える。
「その本に書いてあるものがどんなものかは知りませんが、空飛ぶ船なんてできっこない。よしんば作れるとしても、材料も無いし時間も無い。このまま時間だけ過ぎて二人とも不合格でしょうな、ククククク!」
「そんなことない! って言いたいけど……、ううっ……確かに、ちょっと書いてる内容が難しそう」
「大丈夫よ。わたくしがいるわ」
「クラちゃん!」
「どこが分からないの?」
「うーん、ここ」
「ここはね」
まるで元々そうであったかのように。姉妹のように寄り添った二人がテレッサ大百科の内容を読み解いていく。
「なるほど、さすがクラちゃんだね!」
「内容は分かったかしら。でも分かったとしても材料が。このあたりに木材なんかないし、これだけのものを今から加工していると時間が無いわ……」
「大丈夫!」
そう言うと、キッテはカバンの中に手を入れてごそごそと動かし、これかなー、これでもないなー、と言いながら少しして、ぐいっと手を引っ張ると、カバンの中からずももももと、あきらかに積載量を超えた長い木材を取り出したのだ。
「あなた、そのかばん、マジカルバッグだったの?」
マジカルバッグとはカバンの中に異空間を作り出してその中に物を入れる事によって圧倒的な積載量を生み出す魔法道具だ。作り出せる異空間の大きさは製作者の錬金術師の能力に大きく左右される。並みの錬金術師では段ボール箱一つ分くらい。国宝級のマジカルバッグは25mプール一杯分くらいの積載量がある。
「んー、ちょっと違うかな。このかばんはアトリエにあるツボと繋がってるの。そのツボは倉庫に置いてるから、倉庫に入ってるものなら何とか取り出せるかなって」
そう言いながらまたカバンをごそごそとやっている。
「仕組みは違うとはいえ、効果は国宝級じゃないの」
「すごいでしょ。ご先祖様が作ったんだよ!」
「ええ、確かに凄いわ……」
「うーん、見えないとやっぱり取り出しづらいな。ねえ、ぐえちゃん、お願い!」
「ぐええ!」
よーし任せとけ! 俺の体ならカバンの中に入って、アトリエの壺から出られるからな!
俺は珍しくキッテに頼りにされて心が弾んでいる。
カバンの中に顔を突っ込み、ごそごそと中へと潜り込むと、いつの間にか頭の上の方が明るくなって、アトリエ側に出たんだと分かる。
さてさて、あれを送り込めばいいな。
俺は倉庫の中を見渡すとお目当てのものの場所へと向かった。
それはキッテがいつもテストしているヘンテコ機械の試作品。おそらくさっき新しく見えるようになったページの飛行機械の前バージョンと思われる機体。
それをばらして置いておいたもの。
うんしょうんしょと、ばらしてあるパーツをツボに運び込み、キッテがそれを手でつかんだら、パーツはにゅるんと壺の中へと消えて行く。
それを何回も繰り返し、全ての素材を送り込んで、最後は俺自身がツボの中に入って。
「お帰りぐえちゃん! ありがとう!」
カバンから首を出した俺にキッテが抱き着いてきた。
「ぐええ」
俺が出来るのはここまでだ。あれを完成させるのはキッテだ、頼んだぞ!
「任せて!」
そして機体の組み立てが始まる。
「無駄ですよ、無駄。船が空を飛ぶわけがない」
ダダーラのおっさんは腰を下ろして二人の様子を見ている。
邪魔する素振りは無い。まあ、そんな素振りがあったらすぐに俺が阻止するつもりだけどな!
「クラちゃん、そこ持って、それでここにはめ込んで」
「この部品、長さはこれでいいかしら」
「ねえクラちゃん、ここ分かる?」
「ええ、ここはね……」
二人の錬金術師が手を組んでいるのだ。完成しない訳がない。
しばらくの後、飛行機械が完成した。
飛行機、とまではいかない。運転席はオープンカーのように露出しており、いくつかのレバーが付いている。本体中央から伸びた羽部分は斜め後ろに伸びており、ここは一応飛行機っぽい。本体後方には動力機構部分があり、蒸気機関車の石炭を入れる窯のようにも見える。ここと、エネルギーを噴出する部分、つまりブースターの部分だけは金属でできている。
一見カッコいいとは思えないが、この世界で飛行する機械はまだないから、前衛的なデザインになるのも止む無しだ。
「燃料を入れるわよ。クレーフェでいいかしら?」
「おっけーだよ!」
クレーフェというのは確か、爆裂根を一晩煮だして抽出した液体にガンマ反応剤とチリル銀の粉末を混ぜて作ったもの、のはずだ。
あの飛行機械がどういう機構か分からないが、適当に燃料を突っ込んでも動くエンジンなんだろう。
「いくよー! 3、2、1! 天駆流星舟、発進!」
キッテが勢いよく運転席のパネルに付いたボタンを押すと、ブルンとこの世界ではあまり聞いたことのないエンジンの起動音が聞こえ、機体の下面についているブースターが勢いよく炎を噴射して、ゆっくりと宙へと上がっていく。
「やりましたわ!」
「そ、そんな馬鹿な……」
ダダーラのおっさんは信じられないものを見るようにぽかんと口を大きく開けている。
どうだ。うちのキッテは凄いんだぞ!
とと、キッテ、待ってくれ! 俺を置いていく気か!
急いで船に向かうと「ぐえちゃん!」とキッテが身を乗り出して俺に向けて手を差し伸べてくれた。
「さ、行きましょう」
俺はキッテの膝の上に位置取り、火口に吹き荒れる風に備える。
「後部噴出孔、起動!」
そして後ろに向けていたブースターが火を噴くと、上昇していた機体に横への推進力が加わって、前へと進み始めた。
「すごいわね……」
クララセント嬢が感嘆の声を漏らしている。自分が制作に関与したとしても実際に飛んでみると違うのだろう。
機体は火口上空に差し掛かる。
びゅうびゅうと風の音がうるさく、俺はしっかりとキッテにしがみつく。人間の体重なら問題ないが、俺の体重だと紙のように飛ばされてしまう。
風よって速度が遅くなったのは大した問題じゃない。機体が風に負けないということはつまり、ゴールまでの障害は無いってことで。
「とうちゃーく!」
船は無事に中央の島に到着したのだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回、第3話完結! 衝撃の展開をお見逃しなく。




