020 ヒロインにあるまじき……
さすがのダダーラさんも何度も怒られて懲りたのか、あれからは勝手なことをせずに大人しくついて来ていた。
そんな折。
「はうっ!」
キッテが妙な声を上げた。
よく見るとおなかを押さえているような?
「ぐええ」
どうしたんだキッテ?
「ちょ、ちょっと、お花摘みにいってくるね。休憩してて」
それだけ言うと、ぴゅーと茂みの中へ駈け込んでいった。
さすがにこの山でキッテを一人にするわけにはいかず、俺はキッテの後を追って茂みにはいる。
キッテやーい、どこまで行ったんだ? 危ないぞー?
と行方知れずの腹痛娘を探している途中。
「あなた、家の手の者ですわね? お父様の差し金なんでしょ」
「そのとおりでさぁ。よくわかりましたね」
かなり距離が離れた所で俺のドラゴンイヤーがクララセント嬢とダダーラさんの会話を拾った。
「馬鹿にしているのかしら。あれだけ足を引っ張られて分からないはずがないじゃないの。新しい会長もそうなんでしょ。くじ引きでメンバーを決めた後に依頼が変更されるなんてそれ以外に考えられないわ」
「いつからお気づきで? 第2試験であなたはアルマ合金を作ると踏んでいたんですがね。まあ、お気づきならしかたがない。お嬢様、大人しくエバールード家に戻ってはくれませんかね。そうすれば何も問題なく事が進みますんで」
「戻るわけないわ! わたくしを政略結婚の道具としか見ていないお父様の所になんか」
「どうしてもだめですか?」
「くどいですわね! わたくしはアトリエを開いて錬金術師として生きて行くの。家にはもどりませんわ」
「港町フェルフェンでしたかな。アトリエは。いや、合格しなければただの倉庫ですがね」
「やはり知っていたのね。ですが、エバールード領でもない場所で無茶はできませんわよ。しっぽを巻いてお父様の元に帰りなさいな。あなたがどうこう言おうともわたくしは考えを曲げる気はありませんわ」
「そうですか。でも、そう言われたところで私も雇われの身。おめおめと引き下がるわけにはいかないんですよ」
「うーん、揚げパン食べ過ぎたのがいけなかったのかなぁ」
逆方向からキッテの締まりのないつぶやきが聞こえてくる。
確かにキッテはクララセント嬢がくれた揚げパンを全部食べてたからなぁ。ちょっと残しておけばよかったのに。
「あなたがどれだけ邪魔をしようと無駄ですわ。わたくしが全部跳ねのけてさしあげますから」
おっと、あちらでも展開が。
忙しいな。
「分かっていますよ。お嬢様が一筋縄ではいかないのはね。ですが、あの少女ならどうですかねぇ」
「なっ! あの子は関係ないじゃない!」
「いいえ関係あるんでさぁ。お嬢様とペアになった時点でね」
「やっぱりさっきのマフィンに何か入れていたのね……」
あ、あれかー、キッテの腹痛の原因は……。
こういうことがあるから気を付けて欲しいんだけど、キッテはなんでもかんでももらって餌付けされてしまうからなぁ……。
「おやおや、気づいていたのに止めなかったんですかい? 酷い人だ。これはあの少女の人質としての価値を疑ってしまいますなぁ。人質としての意味をなさないのであれば……どうなっても仕方ないってもんだ」
「あの子には手を出さないでくださる?」
「それはお嬢様次第でさぁ。このまま脱落してくださるならもちろん手はだしませんが」
「そんな事できる訳ないじゃないの!」
――ガサガサ
「あれー? 何の話してるの? クラちゃんとダダーラさんも仲良くなったんだね!」
空気を読まずにキッテが帰還したようだ。
「お、おーっほっほ、なんでもないのよ」
「そうそう。じゃ、私は代わりに用を足して来るとしますわ。ちょいと長くなるかもしれませんが、生理現象なんで許してくださいね」
「うん。いってらっしゃい! お大事に!」
俺もキッテの後を追ってみんなに合流する。
そしたら、ダダーラのおっさんが道の先の方に消えて行った。
ひたすらに怪しい。それをクララセント嬢も気づいているようで、綺麗な顔が少しだけひきつっていた。
「そうだわ、あなた、これを飲んでおくといいわ」
「これ、解毒剤?」
「そうよ。いいから飲みなさい」
「クラちゃんありがとう!」
「こらっ! 抱き着かないでくださる?」
「だって嬉しいんだもん!」
「はーなーれーなーさい!」
ワンコのように引っ付いているキッテをぐぎぎぎぎと引きはがした。
キッテはちぇー、といいながらクララセント嬢から受け取った餃子のような解毒剤をもぐもぐしながらそれを飲み込んだ。
「ねえ、クラちゃんはどうして錬金術師になろうとおもったの? 私はね、ご先祖様みたいな立派な錬金術師になって困ってる人を沢山沢山助けたいの!」
「答える必要はありませんわ」
「そんなぁ」
しょぼんとするキッテ。
「でも、クラちゃんは凄い錬金術師になれそう」
「なれそう、ではなくて凄い錬金術師、なんですわ」
「うん。そうだよね! クラちゃんは凄い錬金術師! 解毒剤、お腹いたくなくなったもん!」
「それくらいあなたでも作れるでしょ」
「うん。だけどね、私じゃなく、クラちゃんが誰かのために作った、って思うと、なんか違う気がするの!」
「そんなことありませんわ」
クララセント嬢はキッテから視線を外してそっぽ向いてしまった。
俺達からはその表情は見えないけどきっと照れてるんだろう。
キッテはニコニコとそんなクララセント嬢の姿を見ている。
二人の間に沈黙が横たわり、静かに風が流れる。
クララセント嬢が空を見上げる。
「一人で生きて行くため……」
「えっ?」
クララセント嬢が小さな声でぽつりとつぶやいた。
キッテは聞き取れなかったようだが、俺はその意味を知っている。盗み聞きしていた最低ヤロウですので。
「わたくしは一人で生きて行くためにアトリエを構えたいのですわ」
「そっか! でも……一人は寂しいよ。本当に……」
笑顔を絶やさないキッテが珍しく沈んだ表情を浮かべる。
小さなころずっと一人でいたことを思い出しているんだろう。
「おしまい。この話はおしまいよ。あの庶民、いったいどこまで行ったのかしら。戻ってきたら尻を蹴っ飛ばしてやろうかしら」
「あはは、クラちゃん結構おてんばなんだね!」
「そんなことありませんわ」
「私、クラちゃんの事もっと好きになったよ! 絶対に一緒に合格しようね!」
「え、ええ……」
「約束だよ」
そう言って、キッテは人差し指をすっと出す。
これはこの世界の子供たちがやる、日本で言ういわゆる指切りげんまんだ。
「そうね。約束しなくても合格はするつもりですけどね」
そう言うと、クララセント嬢は素直に人差し指を差し出した。
「「ロンロンバオシー、ダオシャンシャン」」
古代語だろうか。子供たちが語り継いでいる約束を誓うおまじない。
「合格するぞー! おー!」
約束でテンションが上がったのか、キッテが一人盛り上がっている。
「わたくしは合格間違いなしですが、あなたは大丈夫なのかしら? ポーション作成課題を落としていたけれど……」
「だ、大丈夫だよ!? たぶん! 第3試験で挽回するから任せて!」
うん、まあたぶん大丈夫だ。高得点の惚れ薬で合格してるからな。
頑張ろうぜ、キッテ!
「すいません。年を取るとどうもね」
そこにダダーラのおっさんが戻ってきて、俺達は先へと進むことになった。
お読みいただきありがとうございます。
腹痛で茂みに消えるヒロインという好感度がダダ下がりアクションをしてしまったキッテ。
そして普通にキッテの後を追うという常軌を逸した行動を行ったぐえちゃん。
展開の都合という悪魔が生み出した行為だったのだ……。




