018 ゴルンバスの輝卵殻
「さーて、盛り上がってまいりましたぁぁ! 続いて第3試験に移りたいと思います! ここまでは錬金術師としての力が試された試験でしたが、次の試験は認可回復薬取扱店を経営するための力が試されまぁぁぁす!」
恐らく最終試験だ。例年だと、人々の依頼を直接聞いて解決できるのかを問われる。観客たち自身が試験監となるのだ。
「さぁ、第3試験は町の人からの依頼を実際にこなしていただきます! いつもなら有料の所を今日は試験実施のお題目で悩み相談は無料! 本日のために依頼を温めていたケチな、ゲフンゲフン、いえ、節約志向の皆さまでぇぇぇす!」
「「「わぁぁぁぁぁぁ」」」
観客の歓声と共に、観客の中に紛れ込んでいた節約志向の皆様方がグラウンドに乗りこんで来る。
「今回ボランティアで頂いた依頼は10件! 数がたりないので、本試験は二人ペアで行ってもらいまぁぁぁぁす! 決定方法はくじ引き! さあ受験者の皆様は前に!!」
受験番号1番の人から順にくじを引いて行く。
キッテも用意された福引箱に手を突っ込んで中をガサゴソとして、一気に手を引き抜く。
「4番です!」
キッテが大声で読み上げた番号は、奇しくも金髪ドレスお嬢様、クララセント嬢と同じ番号だった。
そうして番号が出そろう。
「それでは! 依頼の発表でぇぇぇす! おっと、ここで……?」
何やら黒服のサングラスをかけた人が近寄ってきて司会者のジェニファーさんに紙を渡したぞ。
「申し訳ございませんでした。資料にミスがあったようですので、正しい資料で再開させていただきますね。改めましてぇぇぇぇ! 1番の担当はブナフさん。依頼内容は自宅の雑草除去! 2番の担当は――」
ジェニファーさんが次々と依頼を読み上げて行く。まあ難易度的には大したことの無いものばかりだ。アトリエを開設したときの前練習ぐらいのものだ。
「4番の担当は、ダダーラさん。依頼内容はゴルンバスの輝卵殻2個の納品です!」
「ぐえぇぇっ!?」
ゴルンバスの輝卵殻だって!? スドゥーム山にしか生息しない巨大鳥の卵の殻じゃないいか! 採取難易度激ムズのレアな錬金素材だぞ!?
「採取依頼だね! 腕がなるよ!」
いやいやいや、キッテさんよ、明らかに他の人の依頼と難易度が違うよね?
苦情言おうよ。
そうだ、お嬢様は?
理不尽な依頼を突きつけられたお嬢様だったが、何事もなかったかのようにすました顔をしている。だけど握りこぶしに力が入っているのを俺は目にした。
「それでは準備に移ってください! 開始は1時間後となります!」
依頼に対する準備期間が設けられる。依頼試験では素材や道具の持ち込みは認められている。依頼に対してアトリエとして対応可能かどうかが試されているので、開設予定のアトリエの備品、素材在庫、流通網などを総合的に判断する名目があるためだ。
とはいえ、遠方でアトリエを開設する予定の人は会場からアトリエに取りに帰るなんてことは出来ない。そういう人が不利にならないように、会場にはありとあらゆる備品や錬金素材が用意されているのだ。
残念ながら用意された素材のなかに依頼の品が混じっていると言うことは無い。
学校のテストの漢字書き取り問題の答えが教室に貼ってあるポスターの中に書いてある、なんてことはないのだ。
「クラちゃん! よろしくね! 準備しようよ!」
勇猛な我らがキッテが、ツンケンお嬢様に駆け寄っていく。
「一人でやってくださいまし」
案の定そっけない回答が返ってきて、お嬢様は一人歩き出す。
開設予定のアトリエは近くなんだろうか、お嬢様はグラウンド外側の屋台が立ち並ぶ通りを外に向けて抜けていく。
「そんな事言わずにさ! 一緒に準備したらその分早く終わるよ? それに楽しいし!」
お嬢様を追いかけて後ろからめげずに声をかけ続けている。
「結構です。あなたと準備したら逆に遅くなりそうですわ」
「キッテ。あなたじゃなくってキッテって呼んで欲しいな」
「話を逸らさないでくださる? わたくしは一人で準備したいの。同じ依頼をこなすとは言え、わたくしとあなたはライバルですのよ?」
「ライバル! つまり友達ってことだね!」
「違いますわっ! お、おほん。いいですか、わたくしはあなたとなれ合うつもりはありませんの。わかったならついてこないで――」
――ぐぅぅぅぅ
振り向いて声を荒らげた瞬間のことだった。
お嬢様から空腹を告げる音が聞こえてきた。
「お、お下品ですわね。あなたの使い魔がおなかをすかせていますわよ。わたくしに構わずに使い魔に餌をやった方がよくなくて?」
んなっ! このお嬢様、腹の虫が鳴ったのを俺のせいにしたぞ?
「うーん、そうだ!」
ちょっと待っててね、と言いながらキッテは駆けだすと、揚げパンの屋台のおっちゃんに声をかけて、揚げパンを買って戻ってきた。
「クラちゃん、どうぞ!」
そう言うと買ってきた揚げパンをお嬢様に差し出した。
「結構ですわ」
ホカホカの揚げパンから顔を逸らす。
「揚げパン嫌い? なんか食べたそうにしてたから好きなのかなって思って」
「べ、別に食べたそうになんかしてませんわ。庶民の食べ物の考察をしていただけで、一度食べてみたいと思ってたなんて思ってたりしませんことよ」
結構わかりやすい子だな。ちょっと親近感がわいてきたぞ。
「じゃあどうぞ!」
ぐいっと差し出すキッテ。
それを受け取らないクララセント嬢。
ぐいっ、いらない、ぐいっ、いらない、を繰り返していると――
「あっ!」
なんと揚げパンが地面に落下してしまった。
地面にしゃがんで、落ちた揚げパンを涙目で見つめているキッテ。
「しょ、庶民がわたくしに無理強いしたのが悪いんですわよ」
悲しそうに落ちた揚げパンに視線を向けるキッテを後ろ手に、この場から立ち去る高慢ちきお嬢様。
キッテの好意を無下にしただけでなく謝りもせずに行ってしまうなんて!
ええい、薄情者め!
ぐえぐえ、とその背中に向かって吠えていたところ、彼女が歩いて行った先は揚げパンの屋台で――
「あなたが丹精込めて作ったものを台無しにしてしまったわ。これは謝罪よ」
そう言って揚げパン屋台の店主に何かを差し出した。
「こ、これはシーグ金貨!? こんなものいただけませんぜ!?」
「つべこべ言わずに受け取りなさい。それと、あの子に代わりの揚げパンを」
そう言うだけ言ってドレスをひるがえして去っていってしまった。
ここまでのトークは俺のドラゴンイヤーが捕らえた小さな話し声でキッテには聞こえてはいないものだ。
キッテはというと、落ちた揚げパンに着いた土を払って、食べれるのか食べれないのか、と悩み続けていたが、「あちらの方からです」と店主に山盛りの揚げパンをもらったので、すぐに明るい笑みを取り戻した。
お読みいただきありがとうございます。
アトリエ認可試験も中盤に差し掛かりました。
落ちた揚げパンに思いを巡らす系ヒロインのキッテちゃんをよろしくです!




