107 最終回直前のお話
天空城を作った時、俺の本体である巨大な竜型マシン【形式番号DRNX3358-13 ドラグライナー型13番機シュバルドバイト】はその中心で眠りについた。
全てはAIさんによる天空上の運用のため、天空上のコアに体を固定して一体化したというわけだ。
それじゃあ困るだろうという事で、AIさんが用意してくれたのがこの人間の体。
せっかくなのでイケメンに作ってくれたらいいものを、元の俺、衛藤鷹取の姿をしっかりと複製してくれている。
「ほら、ぐえちゃんこっちこっち! 働いた後は休憩しないと!」
バタンと私室に連れ込まれる。魔王様のお部屋というやつだ。
「ねえぐえちゃん。だっこしてだっこ」
「だめです」
「じゃあ、ハグして。ぎゅーっとさ」
「だめです」
「けちー。ぐえちゃんだって嬉しいでしょ?」
「ノーコメントです」
「そういう答え、やましいことがある人がするやつだよ」
まあその通りなんだが。
部屋に入った途端、いつものやり取りをして。これ以上言ってもは無理なことを知っているキッテは、タタタと走って大きなベッドへとダイブする。
「ほらー、ぐえちゃん。お昼寝タイム。おいでおいで」
カモンカモンと呼ばれる俺。しぶしぶとベッドへ近寄っていく。
キッテは記憶を取り戻してから、えらく俺に甘えるようになった。
昔の俺たちからすると普通のことかもしれないが、今はお互い姿が違う。
「ぐえちゃんの心臓の音」
ベッドに横になった俺の胸の上に頭をのせているヘレン。何が面白いのか俺の心臓の音を聞いている。人間を模した機械の体であれば、わざわざ心臓の鼓動を再現する必要もない。心臓の音がするということは、つまり俺は生きているということだ。
そのまま頭の向きを変えて、俺の顔をまじまじと見つめてくるキッテ。
その目は僅かにうるんでいて、いつもとは違った雰囲気を醸し出している。
いつも元気で快活なキッテのしおらしい感じに俺の心臓がドキリと跳ね、恥ずかしさを覚えた俺はキッテから視線を逸らす。
しばらくの静寂。
そんな沈黙を破ってキッテが口を開いた。
「ねえぐえちゃん。約束、忘れちゃったの?」
「や、約束?」
なんのことだ?
疑問符を浮かべると、キッテは再び俺の胸に顔をうずめて――
「お、おい、キッテ!?」
俺の背中へ手を伸ばして全力で抱き着いてきたのだ。
これは良くない、と思うが、力任せにキッテを引きはがしたりするのも良くはない。まあ、今の俺よりもキッテの方が力が強いので、そもそも引きはがせたりしないのだが。
「キッテ、駄目だ。離れて。これは駄目」
密着するという事は、キッテの体が俺の体に当たっているということで、大きく成長したやわらかい二つの塊が俺の体に感触を伝えているということでもある。
いったい今日はどうしたっていうんだ。いつもと甘えのレベルが違うぞ。
「約束……」
「いったいなんの約束だ?」
心当たりがない。と言うよりは、キッテとは長い間一緒にいたからそれなりの数の約束を交わしているので、どの約束なのか、という事なのだ。
「あれか? キッテが求めたら腹をすりすりさせてやるってやつか? それとも、大好きなおかずが出たら交換してあげるってやつか? あぁ、もしかして、俺が人間になったら耳かきをしてやるっていうやつか?」
それか、空を飛べるようになったら二人で海の果てまで行こうねって言ってたやつか……。忙しくて、まだそれをやってなかったなぁ。それで拗ねてるのか。
「違う……。けど、やっぱり些細なお願いまで覚えてくれてるんだ……。だったら、やっぱり照れ隠しなんだね」
「照れ隠し?」
「いいよ。ぐえちゃんはそういうところもあったもんね」
「え、おい、キッテ!?」
するりと動いて体勢を変えたキッテ。寝た状態の俺の腹の上にキッテがまたがって、馬乗り状態となってしまう。
「ぐえちゃんがそういう態度なら、しっかりと分からせてあげるね」
「あ、あの、キッテさん?」
目が、普通じゃない。俺を見ているようでどこを見ているのか分からないような、トロンとした目をしていて……。
俺の視線に気づいたのか、キッテの舌が自らの唇を舐めた。
俺はそんなキッテの雰囲気に動けないでいた。
「分かってるよぐえちゃん。約束は守るから。ぐえちゃんが私より大きくなったら結婚してあげる、って言ったこと。私が言い出した約束だから」
そ、それかーっ! でもそれは――
「キッテが小さかった頃の話で、うむうっ!」
しゃべってる途中の俺の口は、キッテの唇によって塞がれてしまった。
反論しようにも口内に侵入してきたキッテの舌が俺の舌を絡め採るように暴れ動き、そうさせてはもらえない。
その動きは俺の舌が抵抗を止めるまで続いた。
「ぷはあっ! もう! 言い訳はしないの。ぐえちゃんはいつもそう。あれやこれやって言って逃げちゃう」
「はぁ、はぁ……。だって、あれは冗談だろ?」
「本当に冗談だって思ってるの?」
キッテの目が訴えかけてくる。子供のころの話だったかもしれないけど、こっちはずっと本気だったんだぞ、成長してもずっと。という圧を感じる。
「だけど、俺たちは家族だ……」
「長い長いシャルルベルン家の歴史の中では家族同士で結婚したこともあるよ」
「それは……」
「ねえ、ぐえちゃん、あたし、そんなに魅力ないの?」
キッテが悲しそうな表情を浮かべる。
よく見たら体は小さく震えている。
「キッテ……」
綺麗な銀色の髪に健康的な褐色肌。目を引く育った胸に、俺の腹が感じる尻や太ももの感触。これまで意図的に口には出してこなかったが、キッテ、いやヘレンは十二分に魅力的だ。
でもそれを認めるわけにはいかなかった。キッテは家族であって、よこしまな目を向ける相手じゃない。そうしたらもう相棒でも家族でもない。
「いいんだよ」
そんな俺の心を見透かしたのか、キッテが柔らかな笑みを浮かべる。
「私はぐえちゃんが好き。ずっと好きだった。ずっとずっと、これからも好きでいるんだ。きっとぐえちゃんはお願いしたら聞いてくれる。でも、お願いなんていうもので縛りたくない。だから……」
目を瞑って顔を近づけてくるキッテ。
女の子にここまで言わせて、男の子の俺がこんなにうじうじとしててどうするんだ?
小さいころの冗談?
キッテは家族?
なにをつまらない言い訳してるんだ!
俺だって! 俺だってっ!!
「んっ!」
キッテの目が驚きで見開かれる。
俺は近づいてくるキッテの体をぎゅっと抱きしめて、そして口づけをしたのだ。
先ほどのキッテのような力任せのキスではない。
キッテへの想いを、愛しさを乗せた優しい口づけ。
「ぐえちゃん。言ってくれないと分からないよ。言葉で聞きたい」
なんていう小悪魔だ。いや、成長してるから大悪魔かな。
「俺も……大好きだよ、キッテ」
心臓がドクンドクンと跳ねている。
気づかないうちにかなり緊張していた。
「嬉しい……」
にいっと笑みを浮かべてくれた。その目には涙が光る。
俺の事をどれだけ好いていてくれたのか、それが伝わってくる。
タガが外れたように、ちゅっちゅっちゅ、とキッテの唇が俺をついばんでいく……。
そして俺もそれを受け入れて、お返しにと、キスの雨を降らせていく……。
そんな雰囲気の中……
――バァァァァン
「わひゃっ!?」
大きな音立てて部屋の扉が開かれ、俺たち二人は思いっきり体を震わせた。
お読みいただきありがとうございます。
とうとう次回が最終回です! お楽しみに!