106 魔王様の二本の刀
各々の主要都市からは相当な距離にある荒地。そこに一件のぼろ小屋が建っている。
人が近づくことはなく、いつ建てられたのかも分からないその小屋は、時が過ぎ行く様子を克明に伝えている。
そんなぼろ小屋の中。狭く薄暗い部屋の中に4人の男がいる。
アースザイン帝国軍総司令
海洋宗教国家シーヴル司海教長
魔物たちの主である魔准将
そして、リヴニスの翼の知将カリノスだ。
「集まってもらった理由は分かってるな?」
お互いがお互いを無言でけん制しあう中、知将カリノスが口を開く。
「ああ。たいそうな顔ぶれじゃないか。特にそこの」
「不躾だぞ人間。お前たちの争いに毛筋ほどの興味もない」
「知性を持った魔物の存在はシビレイア神のお告げで知っていましたが……この目で見るとなると、なるほど」
現地指揮官の報告では上がってきている魔物たちの長。
貴人や偉人に会う事の多い軍の長といえども、これほど未知の存在と言葉を交わす機会など無く、柄にもなく高ぶっているようだ。
「おしゃべりはそこまでだ。時間も惜しい、率直に言おう。お前たちと手を結びたい」
「アースザインでも相当の被害が出ている。この際メンツにこだわっている場合ではない」
「シビレイア神はおっしゃっています。生贄をささげよと。だが、今は生贄を得られない。熱心な信者が命をささげようとしても奴らにじゃまされる」
「お前たち人間がどうしようと俺たちには関係ない。だが、奴らを撃退するのは骨が折れる」
いろいろなことを言っているが、もはや一国、一勢力ではMGIを止めることはかなわないのだ。それを分かっているからこそ、重要メンバーが一堂に会して一丸となって立ち向かう事を決めに来たのだ。
「ああ。なら決定だ。これよりお互いを攻撃しあうことなく相互が手を結び、全力を持ってMGIを撃滅する!」
◆◆◆
「コロズゥーケィ16号、出撃っ!」
モニタを見ながら銀髪褐色の女の子が叫ぶ。
髪の毛をツインおさげにした、白レオタード一丁の女の子。俺の相棒、キッテの今の姿。ヘレン・キーティアナ。
「そこっ! そうだ! いけ、いけーっ!」
まるで野球観戦をしているかのような応援。
映画館のスクリーンほどの巨大な大きさのモニタ。そこに映し出されているのはいくつもの場所・場面の映像。
だが、流し出されている映像は、野球と違ってしっかりと決まったルールのあるスポーツではなくルール無用のデスマッチ。
俺たち、MGIの兵隊であるASコロズゥーケィが、各勢力に攻め込んでいる映像だ。
MGIとは俺たちの勢力の名前。キッテが付けたその名は【あたし(M)とぐえちゃん(G)の侵略軍(I)】。Me and Guechan's Invadersの頭文字をとって、MGIという、世界征服を狙う謎の組織のポジションだ。
ここはMGIの秘密基地。秘密と言うからにはおいそれと見つからない場所にある。世界征服開始からしばらく経過しているが、この場所は割れていない。
それもそのはず、この秘密基地は空に浮かんでいるのだから。
俺は天空城と呼んでいるこの場所に、キッテは「あたしとぐえちゃんの秘密の楽園」とかいう名前を付けたがったのだが、却下した。
子供キッテの記憶を持っているからか、ネーミングセンスが子供キッテに引っ張られてきている気がする。
「偵察兵よりの通信だ。ぐえちゃん、あれ見て」
キッテがモニタを指差してくる。
そこには薄暗く狭い小屋の中に各勢力の4人が集結している映像が映し出されていた。
俺たちの生み出した兵は有能だな。ご丁寧に音声まで拾ってる。
「やったね、思惑どおり! みんなが手を結んだよ!」
「ああ。キッテの狙い通りの展開になってきたな」
あの日、キッテは戦の絶えない世界を憂いて自分なりの解決方法を俺に示した。
それが世界征服。だけれども、その目的は、すべての国を支配下に置いてしまえば争い合うことは無くなる。という単純なものではなかった。
真の目的は、自らが全ての生きとし生けるものの敵となることで、世界中が一致団結して抵抗してくること。それを望んだのだ。
キッテは俺の力を使ってリヴニスの地から敵を追い払うことを良しとしていなかった。俺もその方針だったので、裏方という事でリヴニスの民に力を貸していた。
そうやってリヴニスの民は力をつけて行ったが、その果てに国として自立することのできる力をつけても、それではキッテの願うようにはならず、意味がない。
リヴニス国家の樹立は明確に敵を線引きし、いつ終わるとも分からない戦いを続け、いつ消えるともわからない憎しみを生み出し続けることになるからだった。
だから、キッテはそうではない方法を考えたのだ。
無理やりに争いを無くされるのではなく、自らの意思で手を取り合って争いを無くすこと。もちろんそれが自発的にできたら一番良いのだが、人間どうしてもそうはいかない。
そこで、自らが強大な敵となることでリヴニスの民を含めてみんなの手を取り合わさせる。
敵の敵は味方。どうにもならない敵が現れた場合、皆で手を結んで仲良くするのが世の常だ。
そうすることで、仲良くする事を既成事実として慣れさせていき、その先に争いを無くす方法を夢見たのだ。
そのために自ら悪役をかって出た。俺は相棒としてその想いをくんだ。
それが今だ。
「あっと、シーヴル方面軍の任務が終了したみたいだ。今回はシーヴル教の教義を歪めて金儲けをしてた男がターゲットだったね。アークカウンター値1950。かなりの悪だ」
俺たちMGIの兵は所かまわず出撃しているが、無差別に人を襲っているのではない。
アークカウンター値という、これまで人生の中で犯した罪がどれだけあるのかというのを示す独自の値を計測して、高いやつを襲っているのだ。
もちろん悪人だからといって抹殺しているわけではない。俺たちにやられた人間は光の粒子となって消えてしまうが、この天空城に集められて復活させられる。
ちょうどそこのモニタに映っている。
「キッテ、免罪プログラム参加者の様子はどうだ?」
モニタの映像には復活した人たちの姿が映し出されている。
男女問わず同じシンプルな服装をした人々が何十、何百人と。
そこはこの天空上の地下にある広大な部屋。
中央にある巨大な歯車から伸びた長い棒を全員が並んで握り、一丸となって力の限り押すことで歯車を回転させている様子が見て取れる。
「うーん、ぼちぼちかな。復帰までは結構かかりそう。ほらー、そこのおじさん、キリキリ回して! そんなんじゃいつまでたっても終わらないよ」
キッテがマイクから映像の場所へ檄を飛ばす。
うーん。特にみんなさぼってる様子じゃないんだが。
「そろそろ休憩時間だろキッテ。おやつを出してあげな」
『よーし、10分休憩だ。喜べ、今日のおやつはドーナツだぞ!』
「やったー!」
「わしはドーナツが好きでな」
「ホワイト労働ありがとう!」
などと言うセリフが聞こえてくる。
悪人だからといって、過酷な罰を与えているわけではない。一日8時間労働。一時間働くと10分休憩。朝昼晩のごはんと3時のおやつが提供されるスーパーホワイト職場だ。
絵面は奴隷が延々と働かされるように見えてるけど。
そうやって働くことで勤労の喜びを知り、人々の団結のすばらしさへの理解を深めることで、これまでの罪を悔い改めていき、アークカウンター値分の刑期が終われば晴れて再び転生することができるのが免罪プログラムの仕組みだ。善人の記憶を持った転生者が増えて行けば、それだけ平和な世界へと近づいていくのだ。
彼らが回しているのは世界征服のためのエネルギーを作るマシン。
世界征服エネルギーは最初は俺からだけの供給だったけど、今は免罪プログラム参加者が増えてきたのでエネルギーも消費と生産がトントンくらいだ。
兵士の生産、食料の生産、そしてこの天空城を浮かべているエネルギーもそこから捻出している。まあこの天空城はクルムを土台に使っているので、省エネなんだけどな。
計画を始める手始めとして、まず俺とキッテは巨大なクルムを作り出して、それを雲発生装置によって雲で覆い隠して空に浮かべた。
そうすることで誰にも邪魔されることなく世界征服の準備を進めていったのだ。
各勢力にはびこる悪人というガン細胞を駆逐して勢力の正常化を図りながら、勢力同士で強い結びつきを作っていく。その二本の刀でキッテの世界征服作戦は回っているのだ。
「さて、今日のお務めは終わり。AIさん、後はよろしくね」
『はい、魔王さま』
今までは俺の頭の中でしか聞こえなかったAIさんの声が室内に響く。
この天空城は全てAIさんが動かしていると言っても過言ではない。天空上の移動、エネルギー配分、コロズゥーケィの制御、食料生産に免罪プログラム参加者の管理。あとキッテの世話。全部AIさんが行っている。
そういうわけでお世話になりっぱなしで、頭が下がる思いだ。
AIさんに業務を委ねたキッテは俺の手を引っ張って、この指令室から連れ出そうとする。
その力に、俺はよろけそうになる。
なぜなら今、俺は人の姿をしているからだ。
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