103 ヘレンの願い その1
ガサゴソと何かが俺の体の上で動いている……。眠いのに……いったいなんなんだ……。
おれは覚醒しきらない頭をなんとか回し始める。
するとクリアになってきた頭がダイレクトに感覚を伝えてきて――
「あひゃ、あひゃひゃひゃひゃ! な、なんだ?」
めちゃめちゃこそばゆい!
感覚を与えてくる原因を探ると、俺の腹のあたりでごそごそと動く人影を見つけた。その人影は勝手知ったるキッテのもの。
どうやら俺の腹にある次元収納庫、つまりは魔法道具やハイパー素材が保管されている場所なんだけど、そこから何かを取り出そうとしているみたいだ。
「起こしてごめん、ぐえちゃん」
ん? 今?
「俺の事をぐえちゃんって呼んだ?」
まさか記憶が!
「あ、その、ごめん。あたしがその名前を呼ぶのは失礼だよね。その……グエード様……」
と思ったが、すかさず呼びなおしが入った。
「別にいいけど、どうしたんだ? いつもと様子が違うぞ」
「あたし、知ったんだ。グエード様がキッテってよぶあたしの事、それにずっと一緒にいてくれたぐえちゃんの事」
ん? んんん?
「あの子がキッテ……。あたしの姿……」
ちょっとまて、キッテの記憶が……、混濁している!?
「何があったんだ?」
深刻な表情を浮かべるキッテに優しく問いかける。
するとキッテは何があったのかを話してくれた。
先の事を考えて不安になったこと。そのまま一緒に寝たこと。俺のよだれを口に入れたこと。
そして、その後……俺視点のキッテの記憶が脳裏で再生されたことを。
「頭がぐねぐねしてよく分からない。あたしがヘレンであって、キッテでもある。そんな感じ」
先日使うのをためらった記憶の秘宝は俺の体液から作るものだ。俺が寝ている間にたらした唾液が、完全じゃないとはいえ記憶を戻す効果を持っていてもおかしくはない。
キッテの記憶がよみがえって欲しいとは思ったが、今のヘレンの記憶と人格を消してまでそれを望んでいるわけではないのに、なんて不注意だったんだ俺は!
「だ、大丈夫なのか、ヘレン……」
「あは。心配してくれるんだね、あたしのこと。嬉しい。あたしはトルナ氏族のヘレン。それはしっかり覚えてる。でもグエード様の相棒だったキーティアナの記憶も持ってる。今までずっと心に隙間があった感じがしてた。それが今ちょうど埋まった感じ」
「ヘレン……」
「今までどおりキッテでいいよ。でもあたしはグエード様って呼ばせてもらうね。昨日までのあたしじゃない。今はキーティアナ・ヘレンだから」
そう言ってニコリと笑ってくれる。その笑顔にはキッテの面影がある。
「それでね、グエード様。キッテの記憶にある、【地殻変動誘発爆弾】を作ろうと思ってね」
「ほー、それでごそごそしてたのか、って、なんて危険な代物を作ろうとしてるんだぁぁぁぁ!」
地殻変動誘発爆弾。それはその名の通り、地殻変動すなわち大規模地震を発生させるための魔法道具だ。爆発したが最後、広範囲で地震が起こってすべてを破壊してしまう。
「冗談だよ、グエード様」
ほっ。冗談か……。でも、本当にキッテの記憶を持ったんだな。昨日までのヘレンだったらこんな心臓に悪いジョークは言わなかった。
たびたび心臓に悪い出来事を起こしていたキッテを思い出すぜ。
「それならどうして俺の腹をごそごそとやってるんだ?」
地殻変動誘発爆弾が冗談なら、ヘレンの行動はいったい……。
「うん。それはね……このままじゃダメだって思って」
「どういうことだ?」
「話せば長くなるんだけど……聞いてくれる?」
「もちろんだ」
そうして、腹をごそごそするのをやめたヘレンは伏せる俺の顔の前に正座で座って、じっと俺の目を見て……そして意を決したように口を開いた。
「一方的にやられてばっかりだったリヴニスの民はグエード様のおかげで自立できるところまで力をつけた。
だけど、それはさらなる戦いが始まっただけ。
戦って戦って戦って、たくさんの人が死んで。
そしてそれは相手も同じ。
それが続いていくと、最後の最後まで行きつくしか無くて……。
その先には何があるのか。どうして憎しみ合うのか。どうして手を取り合えないのか……」
「それは……」
それは難しい課題だ。現代の地球でもそれは解決できていない。俺は学問を究めた身ではないから確かなことは言えないけど、おそらく人の本質がそうさせている。
「うん。それを解決できるのはたぶん人間が人間じゃなくなる時じゃないかな。キッテは悪人許さじ、の姿勢だからそんな事はあまり考えてないみたいだったけど……じゃあ、このままずっと争いを続けるのかなって……」
戦いの無い世の中。皆が皆で手を取り合える世の中か……。
俺と言う強大な存在が背後にいるというのに、このリヴニスの地では争いが止むことは無かった。
「あたしはね、それを解決する答えじゃないかなっていうのを思いついたの。たぶん完ぺきな答えじゃなくて、受け入れられない人もたくさんいると思う。皆に憎まれたりすると思う。でも、それでも、できるのなら、あたしにできるのならやりたいと思う」
しっかりと俺の目を見据えるキッテ。
その瞳の奥には確固たる思いがあって、俺はこれまでもずっとその目を見てきた。
「だから……あたしに力を貸して欲しい。おねがい、グエード様」
「分かった」
何をやりたいのかは分からない。でも、これだけの想いをぶつけてくるのだ。
俺が……キッテの相棒である俺が断るわけがない。
「いいの?」
「ああ、ただ一つ条件がある」
「条件?」
「ああ。これからは俺の事はぐえちゃんと呼んでくれ。それが一蓮托生の相棒の条件だ」
「うん! よろしくね、ぐえちゃん!」
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