100 年頃の娘が裸で人の前にでちゃいけません!
「よし、いいぞ、蛇頭は三方向から囲めっ!」
「わかったカリノス。うおおおおおお!」
「ダール、新手だ! でかいぞ、浮遊魔法板でかく乱して皆で攻撃するんだ!」
山脈の裏から出現したのは体長6mはあろうかという巨大な牛の魔物。
4足歩行で腹部には巨大な乳が複数ぶら下がっていることからメスであろうと推察される。
「あれは大きいね、かみさま。みんな大丈夫かな」
「今までの戦いを見てる限り問題なさそうだが……」
俺は上から聞こえるキッテの声に返事をするが……。
「何かあるの?」
「い、いや、何もないよ」
実は何もないことはない。
それは今戦っているメンバーの事ではない。そして俺たちが危険と言うわけでもない。
今、リヴニスの翼メンバーは強化段階を確認するために魔物達と戦っている。
俺とキッテは後方でその様子を見ている状態。
だけど、後ろにいるという事は前の方の状況が見えにくいということで、俺は頭の上にキッテを乗せているのだ。
たかーい、よくみえるー! と喜んでいたキッテだが、乗せてみて分かった。
頭の上にキッテのお尻が乗っている!
かみさまを踏んだりはできないよ、と言って頭の上に座ることを選んだキッテ。
鍛え上げられた太ももが武器のキッテだが、それはそれ。おしりはおしり。
頭の上とはいえその感触が伝わってくるもんだから、俺はなかなか集中できない。
とはいえ、おしりが気になるからやっぱり降りてくれとは言えず、キッテはそれにまったく気づかないまま戦いの様子を見ているというわけだ。
「あ、ほら、かみさま! カリノスが作ったクルムが大活躍してるよ!」
ぬわっ?
「きゃあっ!」
「キッテ、すまん!」
俺がつい頭を動かしてしまったせいで頭の上から落ちそうになったキッテ。
もちろんそのまま落ちる程運動神経が悪いわけもなく、俺の頭に腕を回してしがみつくようにして難を逃れていた。
つまりそれは、子供キッテとは違って、たわわに成長したヘレンのおむねが密着するということであって……
「ああもう、やっぱりだめだ。キッテ、やっぱり頭の上は駄目。いろいろ危ないから」
「ダメじゃないよ。かみさまの頭の上、大好き。なんか温かいし」
とかいいながら、マーキングするかのように体をこすりつけてきたんだが! ちょっとキッテさーーん! 俺の方が大丈夫じゃないんですが! って、集中集中。リヴニスの翼メンバーは命を懸けて戦ってるんだ。
俺が煩悩に惑わされてどうするんだ。ああもう、ぐえだったころは何とも思わなかったのに!
いや、そもそも、キッテのスキンシップが過剰というか、好き好きオーラが出てるというか、やたら俺にべったりしてくるんだがーっ!
「あっ、やったみたい。みんな強くなってきたね。あとカリノスのクルムも絶好調だった」
「ああ、そのようだ」
見てなかったとは言えないので、急いで目からの録画映像を脳内で再生して状況を把握する。
修行を開始してからリヴニスの翼メンバーは強くなっていった。
それはもちろんキッテが作った(俺が後で作り直して、そのあとずっと俺が作っている)錬金薬の効果がある。
俺は10年もキッテの相棒をしていたのだ。錬金術の知識に関してはまんざらではない……、と言うわけでもなく、実は俺はなぜかぐえのときに見たテレッサ大百科の記憶を暗記している。
暗記というよりは、デジタルでペラペラめくれる電子書籍のように頭の中に入っているのだ。もちろん完ぺきな全ページが見れるテレッサ大百科ではなく、あくまでキッテが見ることができたテレッサ大百科だけど。
でもそれだけじゃこれほどの効果は出ない。AIさんの知識をもとに、俺のドラゴン(機械)素材を加えることで効果をアップし、常人以上の力を手に入れている。あれほど巨大な牛を倒すことができたのもその結果だ。
それだけではなく、このリヴニスの地特融の魔法道具であるクルムのおかげでもある。
少しの魔力で地面から浮かび上がるのがクルムの特徴だが、それをあのカリノスという少年が改良して武器に組み込んだのだ。
重い棍棒も長い槍も軽そうに見える剣だって、木の棒を振り回すようにはいかないものだ。
そんな武器にクルムの機能を加えることで、重さを無視することができる武器が完成した。もちろん俺のドラゴン(機械)素材金属をベースに使っていることも忘れてはいけないが、それ以上にクルムを小型化して組み込んだ知識には驚かされる。
250年の間に文明が衰退したといっていいこのリヴニスの地で、クルムの技術を守り続けてきたビエンゾーン家の知識は偉大だと思う。
「どうだ、ヘレン。俺の華麗な指揮を見ていたか?」
「ああ。さすがはカリノスだ。ねー、かみさま」
何故俺に同意を求めるのだキッテよ。
ほら、カリノス君が俺を睨みつけているじゃないか。
「こら、カリノス! かみさまを睨むなんて不敬だぞ! その根性叩き直してやろうか!」
「睨んでなどいない。ヘレンが上の方にいて太陽の光が目に入ったからそう見えただけだ」
「ならいいけど。ねー、かみさま」
あ、またそうやって猫なで声出す。
メンバーに対する態度と俺に対する態度がまったく違うんだよね。そんな声まで変わって! ていう感じ。
カリノス君はカリノス君でそれが気に入らないらしく、俺に敵意というか、嫉妬というかNTRというかそんな気持ちを持っているらしい。
そしてこのカリノス君、実はリィンザーのこの世界の姿なのだ。
反・魔法障壁派レグニアの首領、リィンザー。キッテの前に立ちふさがってマグナ・ヴィンエッタを破壊しようとした悪い奴なのだが、マグナ・ヴィンエッタが無い、いわゆる正しい歴史ではこうだったんだ、って分かる事例だ。
年齢だってキッテの方が年上で、彼は年下。以前は彼の方が年上だったんだけど、まあそういうこともあるよね。
俺的にはリィンザーとキッテを近づけたくはないんだが、今の二人にはそんなことは関係なくって。その事実は俺だけの心の中に秘めている。
「じゃあ、カリノス、いつも通りにかみさまの治療薬を使ってみんなの手当しといてね」
キッテがそう言うから俺は口からぷぷぷと傷薬を吐き出す。
「じゃあかみさま、水浴び行こう」
おいおい、朝も行っただろ。ったく、しかたないなぁ。
俺はキッテに甘々なのは言うまでもないが、今日はなんかそれに加えて、なおの事強く甘々なことを肯定したい。
「あ、おい、ヘレン! たまにはおまえも手伝え!」
飛び立った俺の後ろでカリノス君が悔しそうに建前を言っていた。
◆◆◆
「うーーん! いい天気」
キッテが腕を大きく上にあげて伸びをする。
どうやらこれはキッテのクセというか習慣というかそういうものらしく、結構な頻度でやっている。そのたびに成長した胸が揺れるので、カリノス君でなくても魅了されてしまうのは仕方がない――
「って、俺は何を考えてるんだーっ! キッテは相棒、キッテは相棒。ぶつぶつ」
俺は煩悩を払うべく、頭の中で除夜の鐘を108回付き始めた。
しかたがないとはいえ、どうして今回の俺は人間だった時の記憶を鮮明に持ってるんだ……。ぐえだった時にはほとんど記憶がなかったから、そんな感情抱かなかったのに……。
「ぶつぶつ言ってどうしたのかみさま?」
見上げてくるその姿すら俺のダメージになってしまう。
なんでもないとごまかしながら、体を地面に伏せてよそをむく。
これからキッテは日課の水浴び。
見ないように目を瞑りながら、除夜の鐘を突き続けよう。
あ、そうだ。種に水をやっておかないとな。
俺は大切な事を思い出すと体を起こし、湖へと尻尾を漬ける。
ざばっと尻尾を湖から引き揚げて、滴る水滴をキッテが植えた種のある場所へとたらす。
「あ、お水、かみさまありがと! 芽出てる?」
そう言うと、たったったとキッテが種を植えた場所にかけてくるのだが――
「キッテ、駄目駄目!」
俺は急いで視界をシャットアウトする。
「何が?」
「年頃の娘が裸で人の前にでちゃいけません!」
「あはは、かみさまは人じゃないから大丈夫だよ」
「だめっ! 俺も人カウントしてください!」
そんなことよりも、たねー、たねー、と植えた種の部分を笑顔(予想)で見ているもんだから、俺は煩悩を払うために水の中へと体を沈めたのだった。
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